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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 錯綜する思惑

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210/244

210 王を想うもの

 夜の庭園はセレドナの言う通り、不思議と心奪われるものだった。目線の高さには適度な距離をあけて篝火が。足元に近い場所や、めぼしい花の咲く場所には灯籠(とうろう)がある。


 彩色された硝子越し。やさしい色あいの光がいくつも、かすかな風にあわせて揺れていた。


「綺麗ですね……」


 斜め後ろにグランの頼もしい気配を感じながら、前をゆく小柄な令嬢に声をかける。

 そもそもが吐息混じりの囁き声。独り言に近かったが。


「でしょう?」


 セレドナは得意気に、ふふっと笑う。

 幼さの残るいたずらな蟲惑さ。彼女独自の笑い方のようだった。

 エウルナリアは、歌い始めのように意識して息を吸う。(今かな)と、機を読み()()()()


「リュミナーク家は。此度のレガートからの接近をいかがお考えで?」


「…………驚いた。直球? (から)め手も前振りも、何もないのね。外交国レガートの歌姫なのに」


 およそ数拍分の空隙(くうげき)

 つんのめるように立ち止まったセレドナは、“信じられない”と顔に書いて振り返った。

 エウルナリアは、ただ柔らかく瞳を細める。


「性分なので」


「はぁ……」


 セレドナは呆れたように嘆息した。

 やがて、やれやれと(かぶり)を振り、諦めたように会話の糸口を受け入れたが、質問には答えなかった。


「だからこその、ご寵愛なのかしら。エウルナリア様。陛下の求愛にはお応えになりませんの?」


「どこまで、貴族の方々(あなたがた)に周知されたか存じ上げないのですが……。そもそも、ディレイ陛下にアルトナへの挙兵の気があったからこその、我々(レガート)の派遣です。

 民のための戦を。富を欲していたのだと今は理解していますが、頷けるものではありますまい」


「そうね。わかるわ。うちの父も協定を破ってまでの侵攻は、乗り気ではなかったもの」


(あらあら)

 すっかり話題に夢中になってしまったのか、敬語が疎かになり始めた少女に笑んでしまう。

 ――確か、昔は私もそうだった。


 “今もですよ”と、彼女をよく知る従者の少年がいれば、即座に指摘したろうけど。



「反戦派……が、リュミナーク家の。大多数の貴族の総意とみて差し支えありません?」


 セレドナは、こくり、と年相応の仕草で頷いた。


「えぇ。西は。東は……どうかしら。すぐ隣の河向こうに穀倉地帯(アルトナ)があって。先日、陛下が『地下の大掃除』をなさったでしょう? 同じ穴の(むじな)なんて、そこかしこよ。イタチごっこと言うべきかしら。……とにかく」


 こほん、と咳払い。

 セレドナは脱線を恥じらうように、上目遣いにエウルナリアを見上げた。


「我がリュミナーク家は、穏健派の代表と見ていただいて構いません。けれど、東の一派は未だに狢やらイタチとの癒着が甚だしいわ。一部の奴らは私腹を肥やすのにも長けていて、一筋縄では参りません。

 ――サングリード聖教会の正式な導入。レガートの接近に此度の粛清。この上さらに、ゼノサーラ皇女との婚姻話まで持ち上がれば、かれらに要らぬ警戒心を抱かせてしまいます。()()暗殺の憂き目に()われれば、どうすれば良いのか。今、我らは陛下を失うわけにはいかないのに……!」


 内乱はもう()()りだと、少女はこぼした。その、しょんぼりとした様子に。


「……陛下のこと、本当に大切にお想いなのですね。民のことも」


「あ! いえ、そのぅ……」


 ついつい、熱く語ってしまったと悟った少女は、篝火の明かりだけでもわかるほど真っ赤になった。目が泳ぎ、口をぱくぱくとさせている。可愛い。


(わかりやすいな)

 エウルナリアは目許を和らげた。思いがけずに得られた安堵で、自然と口の端が上がる。


 ――――よかった。

 ディレイには、ちゃんと味方がいる。

 面倒な貴族の手綱取りも筆頭家臣のリュミナーク卿が。また、その盟友が。次代(つぎ)の芽となる後継者らが、なにくれとなく気を配るだろう。

 今この時、セレドナが体当たりで自分を捕まえ、かき口説いたように。



 ふわり、と、心からの笑顔を。

 駆け引きでも何でもなく、エウルナリアは浮かべた。

 歌わずとも、“豊かさの象徴“とまでディレイに言わしめた微笑み。

 あの時は、皮肉にも歌声を奪われたけれど。


「――!」


 セレドナは再び息を飲んだ。

 ただただ、目の前の美姫の深い、湖を思わせる瞳に見とれてのことだった。オレンジの篝火。あかあかと踊る(ほむら)の光を受けてなお。


「私も。立場は違えど貴女がたの王を支えたいと思っています。事情があって、妃にはなれないと陛下には申し上げたばかりですが――友として。生涯、あのかたのお幸せを」



 つきん。


 なぜだろう。心が痛んだ。でも、振りきった。


 ――祈っています。この国の安寧も。

 そのための助力は惜しまない、と。


 エウルナリアは最後まで、みずからの声で、語るべき言葉を(しぼ)りとり、紡ぎきった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] > ――友として。生涯、あのかたのお幸せを」 >つきん。 なぜだろう。心が痛んだ。でも、振りきった。 あああ。 良い展開ですね〜〜 こうして、エルゥとディレイの関係は結していくのでしょう…
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