21 父として、義父として
「……お客様? 私に、ですか?」
「そう。親睦を主旨とする来賓で、一応サングリード聖教会を国教と定める上でのモデル国家に最適だからと、観光街のレガート支部庁舎周辺も見て回りたいらしい。……その案内人にエルゥを、と。堂々と望んできたんだ。向こうが」
アルムは、どこか苦さを纏う声で淡々と述べた。エウルナリアは、ふぅん…と思案する。
――今日は休息日。
結局主従は、週に一度はバード邸に帰省することになった。問題のわだかまりは既になく、そのことに忌憚はない。むしろ父や使用人の皆と会うための喜ばしい切欠になったとすら言える。
休息日の前日に帰宅して一泊。学院の寮に戻るのは休息日の夕方。そう取り決められた。
今は、父娘水入らずの朝食中。
エウルナリアはひよこ豆とニンジンの温サラダを行儀よく口に含んでいる。
……嚥下した。
カチャ、とフォークを皿に置く。完食。
膝のナプキンでそっと口許を拭いながら問い返した。しかし言葉の後半で心なし、顔を強ばらせる。
「向こう、ですか。何やら招かれざる客人のようですけど……え、まさか?」
「そう。まさかのウィズルの新王だ。びっくりだよね。本当に形振り構わない。あの手この手だよ」
「! 他にも打診があったんですか?」
アルムの目前に置かれた白磁の器には、いつも通りの珈琲が淹れてある。今日はまだ、それに触れてもいない。―――珍しいことだった。
黒髪の歌長は、組んだ指を膝の上に置いたまま椅子の背凭れに体重と後頭部を預けると、ふぅーーー……、とゆるく長い息をついた。
「うん。まずは正式な求婚が王室伝に一件。それから歌い手としての単身の招聘。単身がだめならとオーケストラ付きで一件。あと、変化球としては半年後、ウィズルの建国祭における客人としての招待。これは一貴族令嬢としてだった。
……計四件。あちらの“鷹便”を使用して僅か一月で、だよ。執心のほどが窺える」
「……」
エウルナリアは忽ち困り果てた顔になり、縮こまった。
「すみません…王室の皆様や外交府の方々、並びに楽士団にまでご迷惑を……」
ささやくような声音は、pp。申し訳なさすぎてそのまま小人になってしまいたい…と恥じ入る少女の耳は見事に赤かった。
黒く豊かに波打つ髪に、白い花のような顔。伏せられた青い目にかかる睫毛はながく、影は優雅に揺れて濃い。うっすらと染められた頬は滑らかで、かつ触れたくなるほど清らか。
―――形容の枚挙に暇がないほど、我が娘は魅力的だな…と、アルムは深く頷いた。異論は認めない。
「仕方ないよ、エルゥなんだから。敵の趣味がめちゃくちゃ良くて手強いだけ。レガートとしても楽士伯家としても、これくらいは想定内だから安心して」
「ですが……」
「いいから」
カタン、とアルムは席を立った。
もう行ってしまうのかな――…そう案じた少女の元に、父である歌長はそっと近づく。そのまま、椅子ごと彼女を抱き締めた。
「お、父様……っ!??」
唐突な抱擁に、エウルナリアはあわあわと居ずまいを崩す。アルムはそんな娘に、ふ、と吐息のような笑いを溢した。
「まだまだだね、可愛いエルゥ―――折角の実家だ。離れでレインにピアノでも弾いてもらうといい。………ほどほどにね」
「~~―――っ…!!」
涙目で赤面するエウルナリアは咄嗟に言葉を紡げず、ただ、はくはくと口を動かすのみ。
(危険だなぁ)
その様子に、終始機嫌よくのんびりと視線を落とす歌長は。
(まぁ…レインのほうに釘を刺しておけば大丈夫か)と、ことを簡単に片付けた。
――――娘の真の婚約者に、上司兼未来の義父の笑顔を添えて、丸投げしたともいう。




