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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 錯綜する思惑

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208/244

208 突撃の姫※

「ね、エウルナリア様。今宵は、歌ってはいただけませんの?」


「え、と……」


 どちら様? と問いそうになり、エウルナリアは慌てて口をつぐんだ。

 重たげでつややかな、ベルベットの深緑のドレス。結い上げた亜麻色の髪にはケイトウの一種だろうか。ちいさな槍の穂先に似た花と細い茎が(かんざし)のようにあしらわれている。瞳と同じ、赤みを帯びた紫。一見してとてもチャーミングな少女だと感じた。


「あ、申し遅れました。わたくし、ウィラークに居を構える家の娘ですの。セレドナとお呼びください」


「――大変、申し訳ありません。セレドナ嬢」

「! グラン」


 にこにこと、断りなく手を握られそうになったエウルナリアの目前が、ふっと(かげ)った。

 白のハーフマントをあえて左肩だけに垂らし、長い腕を両者の間に差し入れる幼馴染みの騎士殿がいる。


「きゃっ」

 セレドナが反応し、ぴくっと歩を止めた隙を見計らい、グランは身体ごと移動して明確な盾となった。

 落ち着いた紺色のまなざし。きつい面差(おもざ)しを和らげるために、できるだけにこやかさを失わぬよう続ける。


「わが皇国楽士団の規律に、『長の許可なく、みだりに(がく)を披露してはならない』と定められているのです。我らが歌姫の声を所望していただけたのは、誠にありがたいのですが」


「まぁ」


 ケイトウのような、ふわふわと毛羽立つ扇子を口許に、セレドナはぱちり、と目を瞬かせた。「存じませんでしたわ。失礼を」と口早に囁く。

 その愛らしさに、無意識に張っていた警戒心が綻び、エウルナリアは、ふわっと笑んだ。


「いえ、特に周知していることでもありませんから。ウィラークにお住まいということは……古くからのお家なのですね。リュミナーク家?」


「! よくお分かりになりましたね」


「よかった。確か、前王朝の治世でディレイ様がウィズル南部に遠ざけられたとき、いち早く馳せて後援を申し出られた名家と。――お目にかかれて幸いです、セレドナ・リュミナーク嬢。レガートのバード楽士伯が娘、エウルナリアですわ」


「ご丁寧に」



 ――どうやら、穏便に済みそうだとホッとしたグランが脇に退く。

 二人の令嬢は向かい合い、改めて礼を交わした。


 セレドナは初見こそ猪突猛進な印象だったが、こうした振る舞いは貴族然としている。

 おまけに彼女の出現に併せてぱたり、と、他の貴族が近寄らなくなった。


(言ってることは本当っぽいな。周りが『様子見』に転じた)


 赤髪に黒衣。凛とした装いのグランが胸に手を当て、きびきびとエウルナリアに提言する。


「……エウルナリア嬢。場所を移されては? セレドナ嬢、よろしければ飲み物などご用意を」


「いいのよ。そんなにお時間をいただいては、あちらでご歓談中の陛下と父に睨まれてしまいますわ。今、(ウィラーク)きっての『時のひと』を独り占めするとは何事かと」


「……そんなことは、ないかと存じますよ? 式典では私の父も歌いましたし。楽士も」


「いえいえ、(それ)はもちろん、そうなのですが」


 こそっと声を潜め、セレドナは最初の時のように悪戯(いたずら)な笑みを浮かべた。

 扇子で口許を隠したまま、「失礼」とエウルナリアに近寄る。


 着飾った少女二人が、きらびやかなホールの片隅でないしょ話。絵面はとても可愛らしいものだったが。

 次の瞬間、大人びた色あいの紅を差した唇からは、なかなか切羽詰まった心情が吐露された。


「んもう、鈍いかた。お分かりにならない? 皆、興味津々なのよ。わたくし、父から派遣されましたの。貴女をお守りしろと」


「リュミナーク卿から?」


挿絵(By みてみん)


 エウルナリアより、拳一つは小柄な姫だった。扇子の内側からぱちん! と片目を瞑られ、呆気にとられる。その人懐こさも、言葉の中身も。


(古株の、ディレイにとっては信用できる大貴族。偽りも無さそうだし。……そうね、乗ってみようか。おそらく、お互い探りたい情報はあるはず)


 もの柔らかに決意したエウルナリアは、ちらりと視線を遠く、人垣の向こうに佇むディレイへと滑らせた。目は合わない。が、あえて見ないように――と、自分も漠然と考えていた。



 唐突に。

 ずっと、口許に指を添えていた。それが先ほど、かれから唇を落とされた箇所だとハッと気づいて。


「あっ」


「? エウルナリア様?」


 きょとん、と素の表情を晒すセレドナは、ひょっとしたら年下なのかもしれない。

 エウルナリアは極力、彼女から不審に思われぬよう反対の手で指を包みつつ、ちょっぴり提案をした。


「あの……。よろしければ、色々お伺いしたいですわ。私、()()()()()()()()()()()()()



 ――――お時間をいただけます? と、控えめに首を傾げた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] セレドナ嬢…なかなかの美姫と拝察しましたが、面白い展開になりそうですね! それにしても、「絵」になる光景だわあ。 こういう雰囲気大好き!です(^^)
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