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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 錯綜する思惑

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206/244

206 ファーストダンス(前)

 ――あれがレガートの……

 ――なんと、うつくしい。

 ――わたくし昼間、聴いたわ! 歌を……



 などなど。


 かなり聞き取りやすい(さえず)りの波が、さぁぁっと左右に別れた。通路もホールも明るさに大差はない。

 とにかく人が多い。埋められている。


 通常時はウィラーク城の中央棟手前、一・二階部分の大半を占める巨大な空間だった。そこが、重厚感あふれる貴族の面々で、ちょうど良い広間と化している。


 レガートと違い、男性は燕尾服ではなかった。それぞれの勲章を胸に飾る、古式ゆかしい騎士装束が基調(ベース)らしい。

 女性のドレスはその点自由で、形はさまざまだった。

 ただし胸元は半分から四分の三、強調するように(じか)に見えている。――この場合は()()()()()、と述べたほうが正しいのだろう。ウィズル女性の永遠の定番(スタンダード)と言えた。


 唯一、男女に共通するドレスコードは“花を飾る”ことのみ。

 男性は胸に一輪。女性は主に髪飾りとして。

 見渡す限りの豪奢な花園だった。絢爛たる宮廷びとの、年に一夜(ひとよ)の気圧されるような華やぎがある。



 向かう先、花蔦(はなつた)に飾られた大階段を、黒づくめのディレイが降り来ていた。


 かれの声は特徴があり、よく通る。移動中の通路でも耳が勝手に拾ってしまった。

 ――――あのひとは。


(多分、大局的には私のことも口実に過ぎなかった。闇雲(やみくも)に戦を起こしたいわけでもなかった。……守りたかったんだわ。この国のひと達を。死なせないために早急に、他国の(とみ)を)


 どうせなら覇道を、と。

 ほんの少し、手にしてしまった王位に対し、自棄(ヤケ)も混じっていたかもしれない。

 それも、度重なる『出来事』や会話、協議で収められたと信じたい。


 ……僅かなりとも尽力ができたろうか。どうしようもない孤独を抱える『かれ』に。この国の民のために、と。思わず眉がひそむ。

(おそらくは焼き出されるように居場所を追われてしまった、()()()()()にも。どうか届きますように。なるべく、早く)


 国境で出会った、アルトナに雪崩(なだ)れ込もうとしていた人びと。「難民」と一括りにされた、かれらに。


 気がつくと、両手を胸の前で組んでいた。



「――エルゥ、手」


「ん」


 なかなか動かない少女に焦れて、グランが左手を差し出した。やや半身を傾け、囁く。

 互いに唇だけの動き。まなざし。それだけで通じる。


 信頼する騎士どのに右手を預け、ほほえみを(たずさ)えて。エウルナリアは、まずは一歩。

 ホールを満たす光と、貴族らの視線の前へと進み出た。




   *   *   *




 エウルナリアの元に、王その人が歩み寄った。ホールの奥側。アルユシッドとゼノサーラも並び立っている。


 儀典官の奏上は続いている。次々に訪れる賓客らを係の者が誘導し、順次、上座へと移動していった。

 ふと、緩やかな四拍子が三拍子(ワルツ)へと転じる。その瞬間。


「そう言えば、踊るのは初めてか。一曲、お相手願えるか。エウルナリア?」


 すでに何度も触れた、将軍を務めあげた大きな手。躊躇(ためら)いはなかった。


「喜んで」


 放される、グランの手。見送る三対の瞳に見守られ、エウルナリアはディレイの腕に委ねられた。




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