204 和やかな前哨戦※
日が落ちても、城のなかはきらきらと輝きに満ちていた。
蝋燭をふんだんに立てた金のシャンデリア。吊り下げられたクリスタルは無垢な光を弾いて散らし、通路を賑やかに照らしている。
どこもかしこも掃き清められ、南門の入り口から舞踏用のホールまでは一直線に赤い絨毯が敷かれていた。
ご婦人がたの香水ではなく、きよらかな香りが風に混じり、届く。そこかしこに生花が飾られている。
――コスモス、ケイトウ、早咲きの水仙にネリネ、リコリス。そして見事な大輪の薔薇の数々。
『花祭り』の異名にふさわしく、今日のこの日だけは砦じみたウィラークも格別の装いだった。
* * *
「まぁ、うちにとっては、新年の祝いを兼ねるような催しだから」
「そこまで?」
豪奢な天鵞絨の座面と背凭れの椅子に腰かけ、エウルナリアは驚きながら問うた。
普通、暦があらたまる新年の祝いは各国で盛大に行われるものとばかり思っていた。レガートの建国祭――『星祭り』は年の暮れだ。
レガティアに暮らす貴族はおおむね、大晦日は皇宮の大宴に出席し、夜通し踊ってそのまま「新年おめでとう」の運びとなる。
片側に立つディレイは、こくり、と首肯した。
「『そこまで』だ。ウィズルの冬は厳しい。春から秋までは滅多に降らないかわりに、雪だけは多い。季節風の都合でちょくちょく吹雪くし。街道も埋もれるから、人や物資の行き来は最小限だ。大抵は、それまでに蓄えたものを家族単位で食いつなぐ」
「過酷なんですね……」
「だから、この季節なんだ」
「なるほど」
「――では、蓄えがないものは? 政情不安で、サングリード聖教会がウィズルから撤退して久しい。あのときも、ろくな援助の手は王政から差しのべられなかった、と記録にありますが」
「ユシッド様」
おだやかに二人の時間を構築していた王と少女の間に、毅然とアルユシッド皇子が加わった。こちらは妹姫とともに長椅子に掛けている。
装束こそ、レガート皇族にふさわしい濃紺を基調とした正装だったが、身にまとう空気はサングリードの白銀の司祭そのものだった。
追及を受け、一呼吸おいたディレイが片頬を緩める。にやり、としか形容のしようがない、凡そひとの悪い笑みだった。
「撤退……、本当に? アルユシッド殿。民の間では定期的に“薬市”がひらかれていたようだが」
「そりゃあ、ひらきますよ。ディレイ殿。聖教会は助けを必要とするものが居れば、どこにでも足を伸ばす。薬の材料を仕入れるためにもね。ただ、宗教上そりの合わない国や争いの多い国では、安全を確保できないから根を張れないだけで」
「ほう?」
バチバチ、と、つめたい火花の幻影が見えた。目の前に結ばれた、二人の刺々しい視線の交錯点から貰い火をしそうな気がして、エウルナリアは、そぅっと首を竦める。
相変わらずねぇ……と、怖いもの知らずな皇女が呟いた。
――祝宴前の、待機時間。
主催者である王は、並みいる国内貴族が集まったのを儀典省長官が確認したのち、呼ばれてホールに移動する。
主賓であるレガート勢の入場はそれから。
ほか、東の農業国アルトナや北の白夜の王族、薬都アマリナの大使らも招待を受けているという。
普通、王は他国の控え室で寛がないものだが。
堂々たる黒豹の毛皮のマント。襟元に宝石をあしらった黒衣のディレイは、ふと睨み合いをやめると、けろりと答えた。
「冬季の救貧に関しては、俺が潰した神殿が担っていた。駆け込んだ民を最低限生かす代わりに労働者として雇い入れたり、他所に派遣したり。推して知るべし、だな。実態は真っ黒だろう」
「……左様ですか」
一応の納得を見せたアルユシッドが瞼を伏せて嘆息する。「ご回答、どうも」と礼を述べたところで、官吏らしい男性が遠慮がちに王を喚びに来た。




