表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 選ぶのは

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

200/244

200 アルユシッドの告白

「お帰りエルゥ。無事で何より。花飾り、綺麗だね。こっちに来て、よく見せて?」


「はい」


 お小言を貰うかのような緊張感から解放され、ほっと一息。エウルナリアは「失礼します」と断り、皇女の前を素通り。皇子の元へと歩んだ。


「手にとってご覧になります? 街で……花市(はないち)で結っていただきました。すごく上手なひとで」


「だろうね」


 アルユシッドの長く、器用そうな指が黒髪に触れる。ソファーに腰掛ける皇子に対し、エウルナリアはやや中腰の姿勢だ。

 髪の編み目まで見えやすいよう、前傾となっている。万が一倒れ込んだりせぬよう、自前の筋力のみで頑張っているらしい。


 その構図に。


(エルゥ、毒……。それ、すっごい目の毒。ひょっとしてこの子、わかってないの? 自分の体型でウィズル風の衣装は、大概()()()ってこと)


 多分に呆れを含んだ半眼となり、皇女ゼノサーラは深々とため息をついた。

 兄が紳士なのは鉄板で、もはや一ミリも動かぬ事実。ゆえに、女性の胸元がどれほど魅惑的でも視線を固定したりなどしない。たとえ、それがすぐ目の前にあろうとも。


 ――――が。くどいようだが、その構図は。


(……この気楽さで、よく無事に帰って来れたわね。ディレイ王から……)


 妹のまなざしを他所(よそ)に、アルユシッドとエウルナリアは至極大真面目な顔で、えんえん植物談義に興じていた。


 二人のそういう温度感は似通っている。

 ちなみに、自分がすすんでアルムの胸に飛び込むことについては棚上げしている。




   *   *   *




「えっ! じゃあこれ、花ではないんですか?」


「そう。実際の花は、この丸いもの――(ウロコ)の集合体みたいな(ほう)の一枚一枚の内側に、埋もれるように咲く。見たことないかな、黄色いの」


「あぁぁ……、あります。きちんと眺めたことはありませんでしたが、なるほど。花びらではなく『苞』というんですね? 本当の花の保護のためにあるんでしょうか。不思議ですが、納得です」


 うん、うん――と、感心しきりに頷く少女に、アルユシッドは柘榴(ざくろ)色の瞳を細めた。「じゃ、本題ね」と呟くと、珍しく悪戯(いたずら)じみた行為に及ぶ。


「きゃっ?」

「! あらら……」


 黒髪の花房を引かれ、姿勢を保てなくなった小柄な体がぐらりと(かし)いだ。

 体勢としては、大胆にもエウルナリアが皇子の膝の間に入り、身を委ねているように見える。

 小さな悲鳴はエウルナリアの。

 暢気(のんき)な感嘆の声はゼノサーラのものだった。


「殿下……ッ、お戯れですか? らしくないです。おやめください」


「『らしい』? 私が? おかしいな。きみはそこまで(だん)じられるほど、『私』を知っていたっけ」


「あ、…………う」


 身を(よじ)り、立とうとするエウルナリアをやんわりと押し留める腕は確かに()()()()()()()()、思わず声ならぬ声がもれる。


 妹姫は、しらり、と真顔で述べた。


「兄様。わたし、席を外しましょうか? 忘れてたけど、エルゥが義姉になったっていいんだわ。むしろ、そっちのが大歓迎」


「サーラっ!」


「いいや? そこに居ていいよ。特に何をするわけでもないから」


 ――――何って、なに?

 なんてこと。

 非難の呼びかけも虚しく、今まさに両者から(いじ)られる自分をそっちのけに、銀の兄妹の会話は成立していた。


 いやいやいやいや、と、全力で突っ込みたい。エウルナリアは慌てて(おもて)をあげた。互いの鼻先が触れそうなほどの至近距離から、妙に真摯なアルユシッドの顔を覗き込む。


「殿下、私は」


「きみが好きだよ。エウルナリア」


「!!」


 ぴたり、と腕のなかの抵抗が止まった。アルユシッドも余分な力を抜く。

 ほろり、と、甘くほどけるような微笑を湛えてがんじがらめに。捕らえるように、ただ見つめて。


「よくよく考えたら、言ってなかったでしょう? ……好きだよ、エルゥ。きみを妻にしたい。アルムの思惑通り、将来的にはバード家の婿養子になってもいい。きっと、歌うきみの枷にはならない。より高らかに、今以上にのびのびと歌わせられるだろう。私なら」


「あ」


 花房の、いちばん下の留め具に指を差し込まれた。

 音もなく紐が落ちる。

 するり、と三つ編みが解けて黒髪が広がった。右肩から胸元に、ゆるやかな扇状に。

 豊かに波打つそれらを幸せそうに眺めながら、アルユシッドは『らしくない』と姫君に評された悪戯の手を緩めなかった。


 ――それはもう、悪戯でも何でもなくなっていたのだけど。

 左手で彼女の腰を。右手の指で彼女の自由になった髪をひとすじ、絡めながら。


 エウルナリアは、自身に口づけされるような錯覚でそれを眺めていた。

 “有無を云わさぬ優美さ”というものがこの世にあるのを初めて知った。


 長い、銀色にけぶる睫毛がわずかに上げられる。

 容赦なく見つめられ、不覚にも震えた。


「花言葉。千日紅(センニチコウ)は『色褪せぬ愛』だけど。どうかな。私ならきみに、真っ白な薔薇や香り高い百合を贈りたい」


「…………殿下」


 さらり、と指から髪が逃れた。

 もとい、かれの唇から離された。


「それね。『殿下』呼び、本当はずっと、好きじゃなかった。でも、いいよ。もういい、許そう。きみは、素のときはつい、私をそう呼んでしまうみたいだから」


 ふふっ、と小さく笑われた。

 そのまま耳許に唇を寄せられる。


「……呼び方は何だっていい。気がついたんだ。その声で。そのときの気持ちに応じて、素直に求めてくれるなら。私はいつも、全身全霊できみを求めてる。

 愛してるよエルゥ。私は、()()()()()





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まだ、読み途中ですがとっても面白いです! エルゥが、可愛すぎる… そして、正直ユシッドが好みのタイプ過ぎて辛いです〜(T ^ T) 紳士でちょっと腹黒そうなとこがたまりません…
[良い点] 追伸!です。 200話到達おめでとうございます! よくここまで書いてきましたよね。 後何話くらい続くんでしょうか? エルゥちゃん結婚後のお話はあるんでしょうか? 楽しみにしています(^^)…
[良い点] あああ…。 香月二押しのユシッド殿下が~~~ 今話はとりわけめっちゃ!美味しかったです!! 描写が汐の音さまは本当に優れています。 どうやったら、ああいう表現が出来るのか。 本当に香月好み…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ