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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 選ぶのは

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199/244

199 帰城後の応酬、花のいろ

「で、手籠(てご)めにもされず、楽しくデートしてきたと」


 居丈高(いたけだか)と書いて“ゼノサーラ”と読む。それほどの態度と物言いだった。

 やんごとない身分の少女はソファーに細い体を沈ませ、片側に体重をかけている。

 ふぅ、と吐息すると、ドレスの下で長い脚が組み替わった。光沢のある絹の生地がシャラリと鳴る。


 エウルナリアは、学院で教師に呼び出された生徒よろしく体の前で両手を組み、背筋を伸ばして立っていた。()ずもって『手籠め』の意味がわからず、キョトンとする。


(デートの定義はさておき。宿には行かなかったし、馬車も対面に座ったわ。問題接触は…………って、まさか具体的に襲われたほうが良かった?? いやいやいや)


 口許に指を当て、怒濤の勢いで思案に暮れる黒髪の娘に、ゼノサーラが再び投げやりな声をかける。


「良かったじゃない」


 はっきりジト目で睨まれた。

 拗ねているようにも見えるが、これは。


「待ってサーラ。あの。……何か怒ってます?」


 帰参早々、エウルナリアは皇女の怒りに(さら)された。




   *   *   *




 夕暮れ時、刻限に合わせた()()()()()帰城後。

 ディレイは襟元から小ぶりなアイボリーの薔薇のピンを抜き取り、自身のサイドポーチに納めた。 


「?」


 不思議そうな少女に、さらっと流し目をくれる。


「赤は情熱。白は純潔や捧げる愛。他にも色々あったか。『薔薇』とは、気持ちを伝えるのに便利なものだな。――だが、生憎(あいにく)()()を付けて城内を歩けるほど図太くできちゃいない」


「お気づきでしたか」


「知らいでか」


 傲岸不遜がよく似合うかれは、意外に繊細だったりもする。

 とはいえ、さほど傷ついたようにも見えず、エウルナリアはほんのり苦笑した。


「……『貴方は魅力的』。そんな意味もありますよ? 竜胆(リンドウ)よりは、と思ったのですけど。だめでした?」


「俺が欲しいのは偽りでもないが、単なる友情でも無害な真意でも、もちろん追従でもない。とりあえず」


「!」


 つい、と。

 ご丁寧にひとの顎を指でもたげると「次は盛装で。宴でな」と低くささやき、掠めるような口づけを頬に残して去っていった。方々(ほうぼう)からどよめきと黄色い歓声が上がる。


(やられた……)※本日二回目


 辻馬車は城の西門までの坂を登り、二人を降ろして行ってしまった。城門付近は平坦で隠れる場所もなく、人目につきやすい。


 エウルナリアは西日を受ける頬を押さえ、不覚にも真っ赤な顔で叫んだ。


「もうっ…………!!!」


 (なじ)ろうにも、夕映えを受ける武人そのものの背は遥か先。

 実に速いものだった。




   *   *   *




 ――――といった諸々(もろもろ)を省いた報告のために、南棟に訪れている。


 レガート皇族のために用意された区画は広い。浴室付きの主寝室が二つ。それに共用の部屋が二つに衣装部屋まである。

 殿下がたは持参の衣装で事足りているようだったが、急な貴人の来訪にも対応できる、行き届いた客室(ゲストルーム)だった。


 大きくとられた窓からは、暮れつつある秋の()が見えた。

 オレンジの光は付随する影もろとも長く伸び、眼下の景色を彩る。夜が近いことを報せる。


 とはいえ、今夜ばかりは『絶対に寝ないぞ……!』と言い張る幼子のような気合いが街中あふれていた。

 つまり、雰囲気だけでも華やいで楽しい。なのに。


(ええと、やっぱりすごく怒ってる。……襲われ云々は置いておいて、何に??? ひょっとして、サーラも街に行きたかったのかな)


 悶々と考えても答えはわからない。

 ちなみに、()()()()()()が半分正解なのを、黒髪の少女は知る由もない。


「うぅぅ」


 いたたまれず、助けを求めるように皇女の隣を窺うと、アルユシッドと目が合った。


 こちらは準備万端。宴に向けた身支度万全。

 濃紺に銀糸で刺繍を施した膝丈の夜会服は、男性仕様であってもひどく優美だ。

 国内の公式行事では司祭服姿が多いかれだが、装い一つでがらりと変わる。いまは、どこからどう見ても皇子。


 アルユシッドは(およ)そ邪気の感じられない顔で、にこっと微笑んだ。



「お帰りエルゥ。無事で何より。花飾り、綺麗だね。こっちに来て、よく見せて?」





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― 新着の感想 ―
[良い点] > 「で、手籠てごめにもされず、楽しくデートしてきたと」 > 居丈高いたけだかと書いて“ゼノサーラ”と読む。それほどの態度と物言いだった。 最高の冒頭でした(≧∇≦)
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