199 帰城後の応酬、花のいろ
「で、手籠めにもされず、楽しくデートしてきたと」
居丈高と書いて“ゼノサーラ”と読む。それほどの態度と物言いだった。
やんごとない身分の少女はソファーに細い体を沈ませ、片側に体重をかけている。
ふぅ、と吐息すると、ドレスの下で長い脚が組み替わった。光沢のある絹の生地がシャラリと鳴る。
エウルナリアは、学院で教師に呼び出された生徒よろしく体の前で両手を組み、背筋を伸ばして立っていた。先ずもって『手籠め』の意味がわからず、キョトンとする。
(デートの定義はさておき。宿には行かなかったし、馬車も対面に座ったわ。問題接触は…………って、まさか具体的に襲われたほうが良かった?? いやいやいや)
口許に指を当て、怒濤の勢いで思案に暮れる黒髪の娘に、ゼノサーラが再び投げやりな声をかける。
「良かったじゃない」
はっきりジト目で睨まれた。
拗ねているようにも見えるが、これは。
「待ってサーラ。あの。……何か怒ってます?」
帰参早々、エウルナリアは皇女の怒りに晒された。
* * *
夕暮れ時、刻限に合わせたそつのない帰城後。
ディレイは襟元から小ぶりなアイボリーの薔薇のピンを抜き取り、自身のサイドポーチに納めた。
「?」
不思議そうな少女に、さらっと流し目をくれる。
「赤は情熱。白は純潔や捧げる愛。他にも色々あったか。『薔薇』とは、気持ちを伝えるのに便利なものだな。――だが、生憎とこれを付けて城内を歩けるほど図太くできちゃいない」
「お気づきでしたか」
「知らいでか」
傲岸不遜がよく似合うかれは、意外に繊細だったりもする。
とはいえ、さほど傷ついたようにも見えず、エウルナリアはほんのり苦笑した。
「……『貴方は魅力的』。そんな意味もありますよ? 竜胆よりは、と思ったのですけど。だめでした?」
「俺が欲しいのは偽りでもないが、単なる友情でも無害な真意でも、もちろん追従でもない。とりあえず」
「!」
つい、と。
ご丁寧にひとの顎を指でもたげると「次は盛装で。宴でな」と低くささやき、掠めるような口づけを頬に残して去っていった。方々からどよめきと黄色い歓声が上がる。
(やられた……)※本日二回目
辻馬車は城の西門までの坂を登り、二人を降ろして行ってしまった。城門付近は平坦で隠れる場所もなく、人目につきやすい。
エウルナリアは西日を受ける頬を押さえ、不覚にも真っ赤な顔で叫んだ。
「もうっ…………!!!」
詰ろうにも、夕映えを受ける武人そのものの背は遥か先。
実に速いものだった。
* * *
――――といった諸々を省いた報告のために、南棟に訪れている。
レガート皇族のために用意された区画は広い。浴室付きの主寝室が二つ。それに共用の部屋が二つに衣装部屋まである。
殿下がたは持参の衣装で事足りているようだったが、急な貴人の来訪にも対応できる、行き届いた客室だった。
大きくとられた窓からは、暮れつつある秋の陽が見えた。
オレンジの光は付随する影もろとも長く伸び、眼下の景色を彩る。夜が近いことを報せる。
とはいえ、今夜ばかりは『絶対に寝ないぞ……!』と言い張る幼子のような気合いが街中あふれていた。
つまり、雰囲気だけでも華やいで楽しい。なのに。
(ええと、やっぱりすごく怒ってる。……襲われ云々は置いておいて、何に??? ひょっとして、サーラも街に行きたかったのかな)
悶々と考えても答えはわからない。
ちなみに、あてずっぽうが半分正解なのを、黒髪の少女は知る由もない。
「うぅぅ」
いたたまれず、助けを求めるように皇女の隣を窺うと、アルユシッドと目が合った。
こちらは準備万端。宴に向けた身支度万全。
濃紺に銀糸で刺繍を施した膝丈の夜会服は、男性仕様であってもひどく優美だ。
国内の公式行事では司祭服姿が多いかれだが、装い一つでがらりと変わる。いまは、どこからどう見ても皇子。
アルユシッドは凡そ邪気の感じられない顔で、にこっと微笑んだ。
「お帰りエルゥ。無事で何より。花飾り、綺麗だね。こっちに来て、よく見せて?」




