196 花選び。たそがれるまで(3)※
(髪結いもお願いできるんだ……)
まずは丁寧に櫛られた。女性の指が機敏に動き、エウルナリアの左側の髪をリズミカルに編んでゆく。
時おり手が止まる。左手が編み目を押さえ、右手がスッと離れる。
そのたび、大粒の飴玉――あるいは苺ほどの大きさの「千日紅」の花簪が差し込まれる。
茎は短く整えられ、切り口に接着した油紙がかさり、と音を立てた。
淡い翡翠色の葉が付いたものもある。それもランダムに使われる。
白、ピンク、淡紅色――――またピンク。色を変えては行きつ戻りつ、まるで音階のように。
長い、長い三つ編みはやがて、エウルナリアの腰まで到達した。
ぽわわん、とした真ん丸い花の階段。優しい色調のグラデーションは、それだけでとてもうつくしい。
(花の形、打楽器のマレットみたい。コロン、としてて可愛い)
どきどきと毛先を眺めていると、女性が立ち位置を変えた。
エウルナリアの右側へ回り込むと、今度は残りの髪を全て胸の前へと垂らす。
露になった項がひんやりと空気に触れた。
そこからは、さらに早かった。
元々の波が生きるよう緩く捻った髪を、先ほどの三つ編みで巻いて、束ねてゆく。すると――
「わ……ぁ……っ」
少し、大人っぽいかもしれない。あまりしたことのない左右非対称な結い髪が完成した。
「はい出来上がり」と、達成感に溢れた奥方が相好を崩す。
「ありがとうございます」
エウルナリアは礼を述べ、背凭れのない木の椅子から立ち上がった。店先ではない。カウンターの内側だ。
姿見はないが、今着ている、街娘がちょっとおめかししたようなドレスワンピースに、その髪型はとても合っていた。踝よりもやや上丈の裾をひらりと翻し、脛半ばまでのブーツが見えるほどの軽快さでくるり、と一回転すると、花房と化した髪もちゃんとついて来る。
見た目よりもきちんと結わえられており、崩れない。予想以上の快適さに思わず笑みこぼれた。
「すごい。素敵です……! これならたくさん歩けそう。夜までだって」
「そう? そりゃ光栄だ。あ、でも」
「?」
ちょいちょい、と、上向けた人差し指で招かれた。耳を寄せると、内緒話のようにコソコソ囁かれる。
「(夜ってさ、宴だろ? 女官がたも相当気合い入ってるだろうし、そこは好きにさせてやんな。お姫さん)」
「はい」
クスクス、と女性陣が打ち解ける間に、ディレイは店主に支払いを済ませてしまった。あちらはあちらで何か話し込んでいる。
そのことに気づき、ハッと色をなす少女に、一同は不思議そうな顔をした。
が、店主の男性はただ一人、納得の表情を浮かべる。
「あぁ、お嬢さん外国のひとだね? いいんだよ。祭りの『花飾り』は普通、男から好きな女性に贈るもんだから」
「!! でも」
まだ食い下がろうとする少女に、ディレイはつまらなさそうな半眼となった。
「……そこまで気に病むなら代わりに、俺にも何か見繕えばいい」
「え」
エウルナリアは固まった。
――――見繕う。
花? 花飾りをこのひとに??
いや、無縁とか似合わなさそう、では断じてなく。何やら非常な無理難題を申しつけられている気がした。
(それ。いかにも本当の恋人同士がやりそうなことなんですけど……)
ちらちらと目の前を窺う。
複雑な胸の裡を知ってか知らずか、青年は一転、くつりと喉を震わせた。
「難しく考える必要はない。揃いの花にする必要もない。互いに贈り合えば、後腐れなくチャラだ。そう思わんか?」
「ううぅ」
唸る。うまく乗せられた気もするが、たしかに申し出自体は理に適っている。
少女は不承不承、頷いた。
* * *
結局、返礼は出来合いの品から選ぶことにした。蝋で固められた花弁は柔らかさこそ失うものの、散ることはない。
最初に目についたのは青紫の竜胆。ディレイが羽織る長衣に映えそうだったが、花言葉は確か“寂しい愛”。
……さすがにダメかな、と却下した。
気を取り直し、「では」と隣の花を手に取る。
「ご店主、これを。このひとの襟元に、こう……あしらっていただけます?」
「え? お嬢さん手ずから差しあげないんで?」
(……)
エウルナリアは小首を傾げた。困りきった表情で言いにくそうに、いくつかの本心を打ち明ける。
「あのう……。かれ、すごく上背があるでしょう? 私は背が足りませんし、とびきり不器用です。間違えて肌を刺したりしたら、また無茶を吹っ掛けられそうだわ。滞在の延期とか」
「妙案か。よし、刺していいぞ」
「よくありません。絶対に嫌です」
わざわざ身を屈め、ぐっと顔を寄せて悪乗りする青年に、間髪入れず釘を刺す。
左頬に『あらあら』と、店側夫妻による生暖かい視線を感じた。忙しい。
――――そこ? お願いですから仲睦まじい新婚を見るように、見ないでいただけますか、と。
エウルナリアは寸でのところで赤面し、辛うじて言い募ることだけは回避した。




