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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 選ぶのは

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196/244

196 花選び。たそがれるまで(3)※

(髪結いもお願いできるんだ……)


 まずは丁寧に(くしけず)られた。女性の指が機敏に動き、エウルナリアの左側の髪をリズミカルに編んでゆく。


 時おり手が止まる。左手が編み目を押さえ、右手がスッと離れる。

 そのたび、大粒の飴玉――あるいは苺ほどの大きさの「千日紅(センニチコウ)」の花(かんざし)が差し込まれる。


 茎は短く整えられ、切り口に接着した油紙がかさり、と音を立てた。

 淡い翡翠色の葉が付いたものもある。それもランダムに使われる。


 白、ピンク、淡紅色――――またピンク。色を変えては行きつ戻りつ、まるで音階のように。

 長い、長い三つ編みはやがて、エウルナリアの腰まで到達した。


 ぽわわん、とした真ん丸い花の階段。優しい色調のグラデーションは、それだけでとてもうつくしい。


(花の形、打楽器のマレットみたい。コロン、としてて可愛い)


 どきどきと毛先を眺めていると、女性が立ち位置を変えた。

 エウルナリアの右側へ回り込むと、今度は残りの髪を全て胸の前へと垂らす。

 (あらわ)になった(うなじ)がひんやりと空気に触れた。


 そこからは、さらに早かった。

 元々の(ウェーブ)が生きるよう緩く(ねじ)った髪を、先ほどの三つ編みで巻いて、束ねてゆく。すると――


「わ……ぁ……っ」


 少し、大人っぽいかもしれない。あまりしたことのない左右非対称(アシンメトリー)な結い髪が完成した。

 「はい出来上がり」と、達成感に溢れた奥方が相好を崩す。


「ありがとうございます」


 エウルナリアは礼を述べ、背(もた)れのない木の椅子から立ち上がった。店先ではない。カウンターの内側だ。


 姿見はないが、今着ている、街娘がちょっと()()()()したようなドレスワンピースに、その髪型はとても合っていた。(くるぶし)よりもやや上丈の裾をひらりと(ひるがえ)し、(すね)半ばまでのブーツが見えるほどの軽快さでくるり、と一回転すると、花房と化した髪もちゃんとついて来る。

 見た目よりもきちんと結わえられており、崩れない。予想以上の快適さに思わず笑みこぼれた。


「すごい。素敵です……! これならたくさん歩けそう。夜までだって」


「そう? そりゃ光栄だ。あ、でも」


「?」


 ちょいちょい、と、上向けた人差し指で招かれた。耳を寄せると、内緒話のようにコソコソ囁かれる。


「(夜ってさ、宴だろ? 女官がたも相当気合い入ってるだろうし、そこは好きにさせてやんな。お姫さん)」


「はい」  


 クスクス、と女性陣が打ち解ける間に、ディレイは店主に支払いを済ませてしまった。あちらはあちらで何か話し込んでいる。


 そのことに気づき、ハッと色をなす少女に、一同は不思議そうな顔をした。

 が、店主の男性はただ一人、納得の表情を浮かべる。


「あぁ、お嬢さん外国のひとだね? いいんだよ。祭りの『花飾り』は普通、男から好きな女性に贈るもんだから」


「!! でも」


 まだ食い下がろうとする少女に、ディレイはつまらなさそうな半眼となった。


「……そこまで気に病むなら代わりに、俺にも何か見繕えばいい」


「え」


 エウルナリアは固まった。


 ――――見繕う。

 花? 花飾りをこのひとに??

 いや、無縁とか似合わなさそう、では断じてなく。何やら非常な無理難題を申しつけられている気がした。


(それ。いかにも本当の恋人同士がやりそうなことなんですけど……)

 ちらちらと目の前を窺う。

 複雑な胸の(うち)を知ってか知らずか、青年は一転、くつりと喉を震わせた。


「難しく考える必要はない。揃いの花にする必要もない。互いに贈り合えば、後腐れなく()()()だ。そう思わんか?」


「ううぅ」


 唸る。うまく乗せられた気もするが、たしかに申し出自体は理に(かな)っている。


 少女は不承不承、頷いた。




   *   *   *




挿絵(By みてみん)


 結局、返礼は出来合いの品から選ぶことにした。(ロウ)で固められた花弁は柔らかさこそ失うものの、散ることはない。


 最初に目についたのは青紫の竜胆(リンドウ)。ディレイが羽織る長衣に映えそうだったが、花言葉は確か“寂しい愛”。

 ……さすがにダメかな、と却下した。


 気を取り直し、「では」と隣の花を手に取る。


「ご店主、これを。このひとの襟元に、こう……あしらっていただけます?」


「え? お嬢さん手ずから差しあげないんで?」


(……)

 エウルナリアは小首を傾げた。困りきった表情(かお)で言いにくそうに、いくつかの本心を打ち明ける。


「あのう……。かれ、すごく上背があるでしょう? 私は背が足りませんし、とびきり不器用です。間違えて肌を刺したりしたら、()()無茶を吹っ掛けられそうだわ。滞在の延期とか」


「妙案か。よし、刺していいぞ」


「よくありません。絶対に嫌です」


 わざわざ身を屈め、ぐっと顔を寄せて悪乗りする青年に、間髪入れず釘を刺す。

 左頬に『あらあら』と、店側夫妻による生暖かい視線を感じた。忙しい。


 ――――そこ? お願いですから仲睦まじい新婚を見るように、見ないでいただけますか、と。


 エウルナリアは寸でのところで赤面し、辛うじて言い募ることだけは回避した。





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