195 花選び。たそがれるまで(2)
――花言葉、というものがある。
種類はもちろん、色や本数で意味が変わるものも。
好きだけど、だからこそ自分から選ぶわけにはいかない花があった。
* * *
(白薔薇……。好きだし、綺麗なんだけどな)
威勢よく飛び交う売り込みの声。目当ての品を見つけては移動する客足の気配。談笑。
がやがやとした活気を背中に感じつつ、エウルナリアは、じっと熟考の構えを解けずにいた。
晴天の花市には、たくさんの店舗が軒を連ねている。
とはいえ、早朝から建てられた急拵えの店ばかり。
見えない部分では、相当熾烈な場所取りや前哨戦が繰り広げられたのかもしれない。各々が勝ち得た区画には様々なテントが張られ、訪れた者の目をいっそう楽しませていた。
そんな店々を冷やかしがてらに覗き歩いて、渡った六軒目。
最初は、店頭に飾られた紅茶色の薔薇のコサージュが印象的だった。レガートでもあまり見ない。明らかに稀少種だ。細工を施していない一輪も鉢のまま、女性の後ろに隠れているのを見つけた。
が、目を奪われたのはその隣。同じほど大輪の白薔薇だった。
エウルナリアは束の間、逡巡した。
(どうしよう。あれ、一本でも二本でも三本でも、たいてい『あなただけを愛してる』って意味になっちゃうよね……?)
ざっくりとした解釈だが、本当に迷う。
現在の変装の主旨はあくまで「目立たぬこと」。
公式行事等の盛装ではないし、そんなに派手やかに身を飾るつもりもない。おまけに、ただの一つでもちょっぴり重い。
それを身に付けて城に戻った際、博識のアルユシッドや乙女なゼノサーラが一体どんな顔をするか――
「……サーラはだめね。間違いなく、超絶嬉しそうな顔で弄ってくる気がする……」
「なんだ。決まったか?」
「あ、いいえ」
いけない、いけない。
先ほど、迷う心のままに視線を結んでしまったせいだろうか。ずっと観察されていたらしい。
咄嗟に「決められません。たくさんあって」と呟くと、にやり、と唇を歪められた。
――あくどい。
悪戯を思いついた成人男性特有の、先が読めない困った笑みだ。思わず身構える。
「選んでやろうか」
「? えっ、わかるんですか? お花のことなんて」
「さほど詳しくはないが……それなりに。花を好む女とも、そこそこ会う機会はあったし」
「…………はい?」
花好きの女性。
そんな繊細なひとが親しい間柄にいたのか――と呆けていると、トトン! と、肩を叩かれた。店の奥方だ。
「ちょ、お嬢さん~~。そこは、がっつり焼きもち焼くとこでしょ? ほらぁ、言ってやんなさいよ。『どこの誰!?』って」
「?」
――――焼きもち。
つまり嫉妬。なぜに……?
放心も露に立ちすくむと、やれやれと苦笑された。同じ表情のまま、ディレイに流し目をくれている。
「こりゃ大変。驚いたわね、旦那。噂と全然違うじゃない?」
「どんな噂だ。あいにく、城下までは調べていない」
きっぱり王として答えるディレイにも驚かされるが、腰に手を当て、余裕の態度で『かれ』を接客する女性の胆力に舌を巻く。
(えっと、知己……?)
ぽやぽやと回らぬ頭で必死に考えようとすると突然、ぽん、と旋毛に手を乗せられた。
「すまんが、こいつの髪色に合う花飾りを……そうだな。そこの千日紅でいい。細工してくれ」
「!?」
不慣れな頭部の感触と、飛び出した花の名に思わずぎょっとする。ええと――……たしか。
「畏まりましたよ! 千日紅なら、生花のままでも大丈夫。乾燥には強いんで、茎の処理だけしときますね。今すぐ?」
「あぁ」
「~~……!???」
口を出す隙もない。あれよあれよと言う間に購入決定。
あたふたと異議を唱えようとした少女の黒髪を、頭上に乗せていた手がするりと伝った。
首筋から絡めとり、次いで両手で片側に寄せる。じろじろと、何やら真剣な面差しで顔と髪、全身を眺め回されてしまった。
「あ、あの…………?」
どぎまぎする。
ここまで至近距離で、真正面から値踏みされることは、そうそう無い。
問うように見つめたが、視線を定められたまま、スッパリと無視された。
「――ご内儀、色は任せる。ついでに髪結いも頼もうか」




