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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 石の都の花祭り

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186/244

186 騒がしい曲目会議

「アルム……! 一体、いつぶりなの? 貴方ときたら、もうっ」


「お久しぶりです、サーラ様。相変わらずお元気そうで…………っ、とと」


「えっ」

「!」


 視界を、薄紅色の衣装の裾が(ひるがえ)る。

 勢いよく扉を開け放した皇女は、つややかな銀の髪を流星のように閃かせ、臣下の礼をとるアルムの腰に抱き付いた。


 当の本人は落ち着き払ってその肩を抱く――わけにも行かず、両手を中途半端な位置に挙げて止めている。いわゆる『降参』の姿勢だ。若干、苦笑している。


 エウルナリアもさすがに驚いた。

 彼女が、幼い頃からずぅぅ……っっっっと、(アルム)を想い続けていたことを知らなければ、正直、さらにショックだったろう。聞くだけでは知り得なかった未曾有の衝撃がある。

 グランも、ぽかんと口を開けていた。


(すごい、熱烈……。年の差いくつだっけ? お父様がもうすぐ四十一、サーラが年明けに十八。うーん……、そっか)


 ――悩ましい。互いの身分や境遇を考えると、皇王マルセルが許すはずもない。一見しただけで悟れた、父の揺るぎない意思も。

 どうにもできずに固まっていると、颯爽と長身の救い主が現れた。


「やめなさいサーラ。歌長が困ってるだろう? まったく、しょうのない子だね」


 アルユシッドは、出来うる最速の皇族らしい歩速で部屋を横切ると、遠慮なく妹姫の両肩に手を置いた。そのままぺりっと引き剥がし、難なく距離をとらせる。


「兄様……っ!」


「すみませんねアルム。いつも」


「いいえ。殿下もご健勝そうで何より。此度はお疲れ様でした。……地下の、大粛清についても。()()()レインを助けていただき、私からも感謝申し上げます。喜捨は」


「構わないよ。それが務めだし、かれの喪失は皇国の痛手だ。――いろんな意味でね。喜捨なら、もうエルゥから貰ったよ」


 ちらり、と柘榴石(ガーネット)の色のまなざしがエウルナリアに注がれる。

 そこは否定できなかったので、少女は困ったように微笑み、父に倣い、(うやうや)しく臣下の礼をとった。




   *   *   *




 その昔、この地が“ウィズル”という名を冠するよりも以前。大理石の豊かな産出量を誇る霧降(きりふり)山脈の裾野(すその)と周辺の荒野一帯は“レガート”と呼ばれていた。

 いまは大陸中央部のうつくしい湖に浮かぶ菱形の島。それのみを慎ましやかな国土とする小皇国の前身がここにある。


 ゆえに、ウィズルにもレガートにも共通する民話や古謡(バラッド)(たぐ)いは多い。最たる違いは。


「……かたや、多神教を土着の神々と繋げて発展させたウィズル。かたや無神論……いや、汎神論(はんしんろん)に近い宗教観を構築したレガート。サングリード発祥の地というのは伊達ではないよ。レガートでの祭祀の目的は極論、日々の感謝を周囲の人びとに還元することにあるから」


「そうですね」


 こっくりと、エウルナリアが頷く。

 アルユシッドは、片腕をゼノサーラに捕らわれたままのアルムを申し訳なさそうに眺めた。


「明後日の祭典では『創国の調べ』を――と、仰いましたか。これは、“古レガートの英雄の物語”として?」


「うん。発案はエルゥだけど。どう思う? 司祭としてのきみの了見を伺いたい。選曲に問題はあるかな」


「問題……ですか」


 問いを受け、瞑目したアルユシッドは、つらつらと所見を語りだした。


「特に、ないんじゃないでしょうか。ディレイ殿と雑談を交わす機会は数度ありましたが、この辺りでは、大レガート帝国の初代皇帝は人気が高いそうです。ほぼ神格化されていると言ってもいい。兵法、戦略の面でも、かれが残した記録は規範とされることが多いとか。

 それらを(かんが)みれば、『創国の調べ』は受け入れられるでしょうね。当代のディレイ殿も、“稀代の英雄王”と呼ばれて民に慕われていますし。かえって喜ばれるかと」


「なるほど」


 じゃあ、と結論づけようとすると、アルムの体がかくん、と(かし)いだ。期待に瞳を輝かせたゼノサーラが、腕を引っ張ったせいだ。


「ね、歌ってよアルム。対価は、最終的に貴方をこっちに寄越した父上に請求しましょう? エルゥと共演なんて、公じゃあ初めてじゃない」


「こら、サーラ。それじゃレガート(うち)の国庫に大打撃だろう? 本末転倒だ」


「はぁい」


 すかさず(たしな)める兄皇子に、ゼノサーラがしょんぼりと肩を落とす。

 アルムを挟んで反対側に座ったエウルナリアは、「まぁまぁ」と宥めた。


「大丈夫ですよ。多分、()()()()()話せばわかってくださいます。

 お父様、今回は増援の楽士も手配してくださったのでしょう? そのことも含めて、今日はお願いしてこなければ」


「ふぅん」


 ――一国の王を。

 あまつさえ、一時(いっとき)はギリギリまで自らを(さいな)んだはずの男に対し、ひどく気を許した様子の娘に。アルムは口の端を上げて、にこりと問うた。


「そう? ()()()()()、ちゃんと言うこと聞かせられる?」


「例えが不穏ですけど……経緯はどうあれ、今のかれは大事な友人です。お願いに上がるのは、私だけでも平気ですよ?

 あ、でもお父様のご挨拶は必要ですね。一緒に参りましょうか」


「「「…………」」」


 兄妹と、今は扉近くに控えるグランはあくまでも生ぬるい笑顔で二人を見守った。

 その、心の声は。


(アルムって、時々こわいわよね……。他国の王族は皆、そういう扱いなわけ? それとも、相手がディレイ王だからかしら)

(『友人』……、まぁいいか)

(こっえ)ぇよ。お互い噛み合ってねぇにも程があんだろうよ……って。何? これで成立してんの? まじで???)


 ――などなど。

 主観により多少のズレは生じたが、概ね“触れずにおこう”で合致した。




 めぐる明後日(みょうごじつ)

 式典は迫る。




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