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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 石の都の花祭り

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183/244

183 騎士の迷い(前)

 ぱたん。


 そろそろ歩き慣れたウィラーク城の北の棟。時代に応じて建て増しされたらしいこの城の特色として、ここは木材と石材を用いた古い一角。一階から三階まで、ほぼ城づとめの者達の居住棟だ。

 目当ての薬室は一階にあった。


“ご苦労様。大変だね、騎士どの”


 入室の際にかけられた言葉は、サングリード聖教会から派遣された治療師の、(いたわ)りに満ちた笑みと深さを含んでいた。


 『騎士どの』――そぐわないな、と思う。


(このままじゃ所詮は()()()()だろ。俺は、ちっともエルゥを守れていない)


 悲観も卑下もなく、さりとて完全なる自己肯定は難しい。

 それなりに役には立っているが、果たして支えられているだろうか。肝心なときに、側には居られなかったし。

 地下においてはディレイ王の配慮もあり、剣を振るう機会すら与えられなかった。



 学院を休学して。

 死に物狂いで手にした『歌姫(エウルナリア)の専任騎士』という立場は、捨てられなかった己の気持ちを貫くための指標だ。

 単なる婚約者候補では得られない、彼女との信頼関係を築くために。居場所を得るために最善を尽くすと決めた。なのに。


(トランペット……吹いてねぇなぁ、そう言えば)


 今、腰に下げているのはエウルナリアに捧げた誓いの剣。蓋を付けたゴブレットの中身は、()()()への薬湯。


 ――――嫉妬? なくなるわけがない。

 あいつの無事を、心から願った。生きてて良かった。それでも。


「たまには……って、思っちまうんだよな。くそっ」


 こういう時、無性に彼女に触れて、めちゃくちゃに自分の痕を刻みたくなったり。任務中に楽器を恋しく思うのは、まだまだ思い切れてない証なんだろうか――と。


 だから。

 わざと大きめに(かかと)を鳴らし、間を空けてからノックした。


  かちゃっ。


「おーい。入るぞー」



 無遠慮に声をかけると、はた、と気がついたらしい少女がうるわしい顔をこちらに向けて、花が綻ぶように笑う。


「グラン」


 つい、と身を離した相手は、まだ寝台に腰掛けたまま。

 彼女に思うまま触れていたのだろう手が、行き場を失って宙を滑り落ちる。灰色のまなざしが、名残惜しそうに彼女を追っていた。


 ――――まじ勘弁。明らかに漂う『二人』で過ごした甘い余韻に当てられる。


(これで、全くバレてないと思ってるエルゥ(こいつ)が凄ぇわ……)


 ほとほと感心し、歩み寄ってきた彼女に手つきだけは優しく、薬湯の杯を渡した。


「ほら。たんと飲ませろ。あとさ、裸見んのも(さわ)んのもいいけど、服は着せてやれよ」


「えっ……、あ?! ごめん、忘れてた! ちょ、ちょっと待っててね。すぐに着せるから」



 ――――はいはい。

 相手が半裸でも関係ないくらい、いったい何に夢中だったんだか。


 冷静を装いたい突っ込みは、自分のためにも慎んでおいた。




   *   *   *




「……だからってなぁ?」


 頭を抱え込む。

 信頼……? されてるってことでいいんだろうか。頼む、この期に及んで俺の気持ちを忘れてたなんて言わないでくれ。その、花びらみたいな唇で。



 長椅子で、エウルナリアが寝入ってしまった。

 レインの看病のあと、与えられた客室に戻った彼女が眠そうなことには気付いてた。ゆえに、朝食の時間まではあえて続きの間で二人、どうでもいいことを話していたのだが。


 ――複数のこじんまりとした寝室が、一つの応接間に繋がっている。ちなみに、三つある寝室の一つはレガートの随行員である外交官が使用していた。


「参ったな……」


 すると、隣接する扉がひらいて清潔感のある外交官が顔を出した。グランと目が合い、互いに朝の挨拶を交わす。そのあと。


「お喋り中に寝入られましたか」


 ちょっぴり苦笑の男性外交官。深窓の令嬢にあるまじき無邪気さなので、少し戸惑いもあるらしい。


「はい。すみません。朝からうるさくしてて。寝させるつもりはなかったんですけど」


「いいや? 大丈夫。どうせ起きる時間だったし。でも」


 ちらっとエウルナリアを眺める視線には、グラン同様『困ったね』が溢れていた。

 が、そこは場数を踏んだ大人の男。ぽん、と手を打ち、にこにこと紳士らしく提案する。


「そうだ。僕は、これから食堂に行くけど。良かったら二人分、軽食を包んでもらうよ。ちょっと待っててもらうけど、いい?」


「え? いいんですか?」


「いいよ。連日大変だろ? きみも、ちょっとは休みなさい。お目付け役が大変ってことは、わかるから」


 ぱちん、と片目を瞑られたのは、ゼノサーラ皇女の道中でのお転婆を指すんだろうか――と、微笑みを誘われた。


 確かに、紛いなりにもレガートを発ってからこっち、警護として気は抜けなかった。

 ふと肩が降りる。無自覚に常時、気を張っていたのかも。


「じゃあ……お言葉に甘えます。セバスさんも、ゆっくり食べてきてくださいよ」


「了解」



 ()くして。騎士は、姫君と留守番の運びとなった。





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