表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 石の都の花祭り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

180/244

180 天翔る二羽の鷹

 晴天。大きなアーチ型の城門の影が差す閲兵場に、一人の少女が走り寄る。

 たたっ……、と乾いた石畳を軽やかに駆けた少女は、真っ直ぐに兵を率いる王の元に向かった。


「陛下」


 走りやすいよう、裾の長い衣装を少しだけ手で持ち上げている。馬上のかれが自分を認めたことを確認し、ぴたりと停止。

 ぱっと裾を下ろし、それまでのお転婆をかき消すように優雅な淑女の礼をとった。


 ほぅ……と、どこからともなく複数のため息が聞こえる。

 王――ディレイだけではない。整列する兵は百名を下らないだろう。その眼前でもあるのだ。


 が、エウルナリアは憶さなかった。

 青いまなざしが。白い花の(かんばせ)が朝日のなかでいっそう輝くのを、ディレイは目を細めて眺めている。


「何だ。見送りか? そんなこともあるまいが」


 泰然自若。余裕の笑み。

 どんな想定外の出来事にも相手の言動にも、このひと、対応できるのでは……と、ちらりと考えさせられる。

(よく、戦を回避できたわよね。私達)


 改めてかれの底知れなさを実感し、エウルナリアは口をひらいた。


 ――――お願いがあるのですが、と。




   *   *   *




「……鷹を?」


「はい。早急に飛ばしていただけませんか? レガートとアマリナに。それから専属の鷹使いを皇宮まで派遣してください。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 理想としては常時、マルセル皇王陛下や歌長(うたおさ)の父と連絡を取れるのが望ましいです」


「大きく出たな」


 ブルルッ……と、駿馬が(いなな)く。乗り手に似て、気性の荒そうな青毛の馬だった。側に立つエウルナリアを警戒するように(ひづめ)を鳴らし、距離を取ろうとしている。


 周囲に整列するのは、昨日の“後処理”に向かうための兵達だ。

 およそ二十名で一列をなす小隊が、合わせて五列。かれらを束ねる中背の騎士がディレイよりやや離れて待機しており、騎乗はしていない。


 ウィラーク城前。

 緩やかに坂を下る石畳の向こう、空堀があり、橋がある。それを背景に突如現れた薬師装束の少女に、一同の視線は集中していた。


 物怖じせず、黒馬の王と対等に渡り合うエウルナリアのうつくしさも、ほっそりとした肢体も、波打つ豊かな黒髪も青い瞳も、全てが鮮烈な印象を残し、幾人かの騎士を含む男達を魅了している。


 ディレイ一人、「高くつくぞ」と声に凄味を乗せて言い放った。言葉のわりに、茶褐色の瞳には面白がるような光が宿っている。

 少女は、む、と眉をひそめた。


「……あまりな無茶には応じられませんが」


 胸の前に手を組んだ姿勢のまま、睨んでいる。

 両者の放つ存在感は妙な艶があり、どことなく甘い。この時点で()()()若い兵は頬を赤らめていた。


「よかろう。……エリオット、鷹の(たくみ)に伝達を。彼女の言うように」


「は」


 上背はさほどでもないが、頑健そうな体躯、誠実そうな顔立ちの穏やかな騎士が目礼し、側付きの若い騎士に耳打ちした。

 こくり、と頷いた青年がすぐさま(きびす)を返し、城内へと戻る。それを見つめ、少女は安堵の息をもらした。


「ありがとうございます、陛下」


「構わん。いわゆる“平和的な活用”とやらで結構なことだ。あれは元々、戦向きにしか(もち)いんのだが」


「これからは、こういった用向きが増えますわ」


「たとえば恋文にも……か?」


「は?」


 にやり、と。

 どうしても悪そうな笑みで王が問う。驚いたエウルナリアは素で訊き返した。


「どなたか、お送りしたいお相手が?」


「阿呆か、お前」


 はぁぁ、と心底重々しいため息をつき、王が馬から降りる。背を覆うマントがするりと追いかけ、束の間、二人をふわりと隠した。

 流れるような仕草で少女を引き寄せると、ちょっとだけ考えたあと小さな(おとがい)に手を添えて、上向かせる。


 堂々と。

 たっぷり見つめること十数秒。


「あ、あの……?」


 滅茶苦茶、見られてるんですけど――? との問いはかぼそく上擦(うわず)り、頬が徐々に火照ってゆく。口許はわななき、目が泳いできた。


 そこで。



「……用が済めば、さっさと帰国する腹づもりのお前しか居らんだろう馬鹿め。今度そんなことを言ってみろ。誓いも反古にして閉じ込めて、たっぷり噛みついてやる」


「!!!」


 ぼそり、と、物騒な呟きを落とされた。





 ――――――


 わずか一時間後。

 伝書を携えた二羽の鷹がウィラークの空を発ち、はるか東方へと(あま)がけた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 顎クイ⁈ 顎クイですか…⁉︎ あっまーい!!! 美味しかったです。 ありがとうございます。 今朝もご飯がいけました! やっぱりディレイ。しゅき。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ