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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 石の都の花祭り

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175/244

175 王の帰城(中)

 先触れの騎士となったグランに、丸テーブルの側の椅子で寛いでもらいながら、侍女らの助けを借りて茶をふるまう。


 ――香り高い、質の良い紅茶だった。


 ウィズルは、あまり豊かではない印象をずっと抱えていたが、訪れてみればウィラークのように森や緑があり、物資が豊富で水源が確保されている都市もいくつかあった。

 『大多数の貧民と、ごく一部の富裕層』という図式は、相変わらず拭い難いが。


(……問題は、やっぱり水よね。ひび割れて涸れるほどの地域にも村があって、人々が暮らしてる。砂漠のジールならば、良い知恵があるかしら。それか、河川の少ないオルトリハス東部)


 黙々と考えに耽る少女に、グランは青い花模様の茶器をひょい、と掲げ、呆れたように話しかけた。


「エルゥ、ここ。眉間に()()寄りそうだぜ? ま~た何か、難しいこと考えてるだろ」


 上目遣いに、とん、と自らの眉間を叩いて見せる。

 エウルナリアは心外そうに目を丸くした。


「『また』……、ってことはないわ。難しいことじゃない。どうしたらこの国がもっと豊かになるか、考えてただけ」


「それ、充分難問だし……」




「もっともだな」


(!)

 ざっ、と部屋の空気が動いた。居住まいを正し、壁際に移る女官達。グランも茶器を卓上に戻して起立した。


「ディレ……、陛下。お戻りなさいませ。ようこそお越しくださいました」


 思わず口をついて出た(ファーストネーム)に、エウルナリアは慌てて尊称で言い直す。

 ぎょっとした女官や侍女らの視線が一斉に突き刺さったが、綺麗さっぱり無視した。


 部屋の中央に立ち、完璧なる淑女の礼で出迎える少女と、傍らで騎士の礼をとる少年。


 ディレイは、わずかだが目を細めた。

 ……微笑に見えなくもない。

 ひらひらと、手のひらを下に向けてぞんざいな仕草で振っている。


「別に、言い直さずとも良い。これくらい、非公式の場なら、かえって気が休まるほどだ」


「左様ですか」


 片方の侍女が、明らかにプルプルとしつつ頬を赤らめている。口。口が、緩んでいるのはどういうことですか。

 もう片方の侍女は一見したところ表情に変わりはなく、眼鏡の女官はどことなく()()()()していた。


 あぁ、また、噂千里を駆けてしまう――


 諦めのため息をこぼしたエウルナリアは、苦笑いでディレイに席をすすめた。


「お掛けになります? しばらく、お時間はいただけるのでしょうか」


「時間はたっぷりある。元々今日は、夜までレガートの接待を予定していた。それが丸ごと賊の討伐に代わり、釣りが出るほど手早く済んだんだ。何なら」


 ふ、と視線を流される。


「部屋を(たが)えて、いくらでも?」


「……おそれ多いことですわ、陛下。二人きりで、という意味ならばもちろん、ご遠慮申し上げます」


「つまらんな」


 令嬢のすかさずの返答も折り込み済みのように、ディレイは部屋の奥へと足を向けた。寝台の枕元に備えてあった椅子に腰掛ける。


  ギィッ


 木製の肘置きが軽く(きし)んだ。伏せるレインと合わせて見ると、体躯の差は歴然としている。


 さっきまで、女性治療師やエウルナリアが座っていた場所だ。身に余るように感じていた深い赤の布張りの椅子が、今はちょうどよい大きさに見えた。



「従者の具合は? エウルナリア」


「! おかげさまで。悪くはありません。サングリードの治療師様は、処置が早かったことを安堵しておいででした。痛みはあるようですが」


 唐突に振られ、反射で答える。

 「そうか」と一言。ディレイは瞳から緊張の名残を解き、心持ち表情を和らげた。


「よく、持ちこたえた。お前の主が無事なのは、お前の機転や尽力によるところが大きい。――礼を言う。レイン・ダーニク」


「…………こちらこそ。我が主を迅速に助けていただき、お礼申し上げます。ディレイ王」



(言った!)

(名前、とうとう……!!)

(つうか、なんで律儀に家名(ファミリーネーム)まで覚えてんだよ、おっさん!?)



 レガートの三名がそれぞれ、内心での驚きをこっそりと処理した頃――わずか五秒あまりのことだったが。

 さも長居した、と言わんばかりに国王は立ち上がった。振り向き、控えていた女官達や随従の騎士に声をかける。


「茶はいい。レガートの皇女殿下のところでたらふく馳走になった。セネル、お前も休め。明日の会議まで務めはない。今夜は、公式の宴をひらくほどでもないが――」


 ちらり、とエウルナリアを見る。


「?」


 小首を傾げる美姫に、ディレイは口の端を上げ、緩く(かぶり)を振った。


「……食堂と中庭を解放する。長卓を出し、ありったけの膳を並べろ。明かりを灯せ。酒樽も好きなだけ開けていい。俺は顔を出さんが、下々の兵まで来れるものは招き、大いに(ねぎら)うといい。食堂には通達と、特別手当てを」


「!! はっ」

「畏まりました、直ちに」


 どことなく喜びに輝く、かれらの顔。去り行く背を見送り、ディレイは備え付けのソファーにどかっと腰を降ろした。天を仰ぎ、両腕を背凭(せもた)れに預けて深く嘆息する。


「ふー…………」


「お見事な『人払い』でしたね、ディレイ。お疲れさまです。……本当に、お茶はよろしいのですか? 新しく淹れ直しますし、私もご相伴(しょうばん)に預かりますが」


 すでにポットを構えたエウルナリアが、にこにこと問う。


(…………)

 これは断れない流れだな、と、ディレイは目を閉じた。


「お前の茶なら、飲もうか……まぁ掛けろ。積もる話になる。

 言っておくが、ゼノサーラ殿に話した内容とは異なるぞ。全員、それだけは胸に留め置け」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い流れですね~ 途中、微笑ましかった?のは気のせいでしょうか。 それにしても、 「皇女殿に話した内容とは少し異なる」話とは…? 気になる引きです。 続き楽しみにしています(^^)
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