164 くもりなき水晶のビーズ
石壁と床の材質は同じで、つるりとした濃い灰色。大きさは大小ランダムに組まれ、または敷き詰められている。
一体いつの世に造られたのか。経年効果で表面はほぼ平らか。ゆえに天然の洞窟とは明らかに違う。
雲母を含むものではなかった。結局はそれが幸いしたのかもしれない。
――人が複数、忽然と消えるなどあり得ない。必ず抜け道が存在する。各自、それのみ探れ――
きっぱりと述べられた王の言葉は何の情も挟まぬ、ひどくシンプルなものだった。
抜け道があるとすれば。
構造上、さらなる地下二層へと続く階段等は考えづらい。『ウィラークの地下迷宮』とも呼ばれる石窟群の完成度はおそろしく高く、先住し、滅んだと見られる民の技術力を押し伝えていたが。
他のごちゃごちゃと細い地下路地が入り乱れる区画――公然の末端貧民窟ですら、二層はない。あんなに一見、無作為に掘られているのに。
おそらくは広く、地下深くを流れる水脈があるのだと察せられた。
集められた騎士と兵は五名ずつ、十の小隊に振り分けられた。既存の地図で確認する限り、マップ上はそれだけあれば事足りる、と。
そう判断した王の指示に従い、かれらはくまなく通路を調べる。
壁の担当者は、腰より上と下に分かれて片面ずつ。両側合わせて計四名。床の担当者はランタンを左右に動かし、ひたすら床だけを。
――――何か、ないか? 微細でもいい。手掛かりを。
その一念にみな、極度に集中していた。
* * *
「ん……?」
床に視線を走らせていた兵は突如、目をすがめた。
視力には自信がある。
最初は何か、別のものに見えた。砕けた硝子の破片? いや、そのわりには……と、疑問のまま首を傾げる。
左側にゆるく弧を描く、薄暗がりの通路。
かれはその物体を見失わぬよう瞳を凝らし、手にしたランタンで照らしつつ脇に逸れた。「すまん、ちょっと」と同僚に立ち止まってもらい、澄んだ光を弾く『それ』を手にとる。
(!)
ぎょっとした。
破片じゃない。小石でもない。――これは。
「どうした。何か見つけたか」
異変を察知した男性が右側から歩み寄った。
手袋を外し、ずっと壁をなぞっていたので素手だ。その分厚い手のひらに、件のものをそっと託す。万が一、落としたりしないように。
「隊長、これを。……もしや?」
「!!」
隊長、と呼ばれた壮年の騎士は目を丸くした。
神妙な顔をした部下によって手渡されたのは色のない小粒の玉。
明らかに人の手で磨きあげられている。純度の高い透明度。――曇りのない、水晶にしか見えない。
騎士はとたんに訝しい顔つきとなり、独り言めいた声量でこぼした。
これにより導かれる予想。然るべき事実は。
「……おれは、詳しくはないが……まちがいなく装身具の一部だろう。大した傷もないし、汚れてもいない。綺麗だ。糸を通す穴もある。誰か」
左手に捧げ持ったランタンをかざし、角度を変えては右の手のひらに光を当てる。そのつど、玉はしずかに光を透した。小さいがうつくしい。
食い入るように見つめていたまなざしを外す。確信を込めて顔を上げた。
「笛を。陛下にお知らせしろ、大至急だ」
「はいっ!!」
第一発見者でもある若い兵は、胸の前に垂らした細い一本の筒状の金属を摘まむと、流れるような仕草で口の前に構えた。目を閉じ、思いきり息を吸う。
…………ピイィーーーーーーーィィーー…………
「!」
「来たか」
「高音、一つ音の長伸ばし抑揚つき。一番隊です」
「どこだ」
「最初に潜りましたからね。劇場までの最短ルート……ここです」
「よし、向かう。各員、置いてきたランタンは回収せよ」
「ははっ」
ディレイが持っていたものよりは格段に簡略化された小サイズの地図を畳み、腰のポーチに収めた騎士は、周囲の配下へと素早く目配せをした。
本来ならば客分であるグランもこだわりなく頷き、先頭をゆく王の後ろへと続く。離れるな、という厳命を無意識に遵守する。
「……」
きつめの紺色の目が、すぅっと細くなる。複雑な内心を映し、口許は困ったように歪められた。
(おっさん流石だ。いつも以上に気配がやばくて無駄がない。下手に近づいたら真っ二つにされそうなのに、自陣の司令官と思えば安心感が半端なくて……これが歴戦の『将』ってやつかよ、こんちくょう)
とはいえ現状に安心できる要素は何一つない。それでも必ず、希求する手掛かりはあるはずだ、と。
前を闊歩するディレイに倣い、より無駄を省いて運ぶ足さばき。体重移動の滑らかさを意識する。
グランの胸裡もつとめて冷静たらんと凪ぎつつ、こればかりは抑えようがなかった。笛の鳴った場所までの距離がもどかしい。
どきん、どきんと心臓が早鐘を打つ。
鼓動は大いに暴れて逸った。




