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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 西国の地下迷宮

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162 蝙蝠と戦神

「まず、最初にお伝えしますが」


 ガザックは扉のない出入り口に寄り掛かり、二人を見下ろしたまま語り始めた。逆光のせいか表情がわかりづらい。声も平淡だ。


 あからさまに距離をとられている。

 互いに害することも、助けることも叶わぬ距離はまるで、今のかれとの関係性をそのまま表すようで。


(やっぱり……『黒』なのかな)


 はっきりとした落胆の予感。抑えようのない不安で、胸下がちくちくする。

 エウルナリアは気落ちを悟られぬよう、できるだけ(まなじり)をきつくした。

 ガザックは、さも困ったように苦笑する。


「私は、ディレイ様を好ましく思っていますよ。ですが、現在はあの方の意思と関係なく動いている」


「つまり、独断で(さら)ったんですか」


「はい」


 ――――確定だった。


 くらり、と目の前が遠くなる。

 軽く天を仰ぐ主の隙を埋めるべく、レインは凍えた声で間に入った。


「あの男達は、どうしました。()()()()()()()()()()()()()()()?」


 未だに薬効が残っているのか、うつ伏せで倒れたままだ。たまにだが、苦しげな息をもらしている。

 それでも喋りながら身をひねり、辛うじて横向きになった。


 言葉の棘に気づかぬわけもなかろうに、ガザックはおどけた仕草でひょい、と肩をすくめて見せる。


「おかげさまで。それぞれ出掛けてるね。でかいのは貧民窟(スラム)の、非合法の娼館経営者の総元締めのところ。猫背の奴は逃亡中の前神官長のところに」


「……娼、館……? って、待て。それは――まさか、エルゥ様の身柄を!!?」


 並べられたうち、前者の勢力にレインの耳は過剰反応した。ガザックはけろりとしている。


「えぇ、由々しいことにね。我が国では慣習として、娘が奉納金がわりとなることが多かった。……と、もうご存知ですね?。そういう経路が国中、すっかり確立されてるんです。

 この部屋にしてもそう。彼女らを秘密裏に運び出すために造られた中継点の一つですよ。なかには搬出途中で手込めにされるうつくしい娘や、収集家(コレクター)を自称する貴族に横流しされる少女もいたとか」


「! ばかな。最低な、ことを……っ!!」


 ぎり、と砂を噛むように、苦さに引きずられた掠れ声。灰色の瞳は嫌悪で歪められ、今また主を対象に繰り返されかねない蛮行の例えに、蔑みが炎となって全身から立ち上るようだった。



 ――――が。


「……ここが、隠し通路の途中なのはわかっていました。他国で浚われる、というのが危険に直結しているのは熟知しています。職業柄。

 ですが……一体、どうしたいんです? 私達を怒らせたい? 怖がらせたいの?

 私が訊きたいのは『理由』です、ガザックさん。仮にも長くディレイの片腕をつとめたはずの貴方が、なぜこんなこと……本当に『裏切り』なんですか??」


 激昂するレインとは対照的に、エウルナリアは冷水そのものの言葉をこんこんと浴びせかけた。

 静けさを湛えた深青の瞳は、通路からの明かりを受けて不思議な色合いを帯びていた。ウィズルにはない、夕映えにかがやく湖のように。


 ガザックは束の間それに見惚れてしまい――数拍遅れで、ハッと気づく。いかにも決まり悪そうに頭を掻きつつ、嘆息した。


「裏切り云々は置いておいて……お二方の、命だけは助けて差し上げたいと願っていますよ。このままじゃ、特に貴女はひどい扱いを受けることになる」


「?! どういうことです。僕ならいざ知らず、なぜエルゥ様が、命を……っ」


 心底不可解、と青ざめた顔に貼り付かせ、従者の少年が問う。ガザックは事もなしに答えた。



「逆恨みですよ。連中、陛下があんまり強くて害せないからと、()()()()()()()()()()鬱憤を晴らそうとしてるんです」




   *   *   *




 その時。

 探査の第一陣だった騎士二人組からの報告と王の勅命を受け、それぞれが忙しく動き始めた旧神殿跡地では。


「おい、連れ去ったのってガザックのおっさん本人じゃねぇの?」


 周囲のウィズル騎士にもれ聞こえぬよう、王に小声でひそひそと耳打ちするグランの姿があった。

 ゼノサーラと外交官はすでに発った。アルユシッドも、とうにいない。しぜん、グランはディレイ付きの小姓よろしく側に控えている。地下に潜る隊を編成している、その待ち時間だった。


 気が急くあまり、口調の乱れを直す気もないらしい赤髪の青年に、ディレイは無表情で答えた。


「だろうな」


「だろうな、て。あんた」


 呆気なく認められ、思わず脱力する。それは。


「……やばいんじゃねぇの? こっちの内実、筒抜けじゃん。案外こないだの襲撃だって」


「かも知れん」


(あ)

 グランは瞠目した。ここに来て、ディレイが初めて考える素振りを見せている。


 若干苦悩の形をとる眉。瞑目し、顎に指を添え、ふぅ、とため息をつきさえした。


「ガザックは、先代将軍だった養父(おやじ)どのの代から仕えていた男だ。腕っぷしよりは、間諜としての能力のほうが高い。先の内乱でもコウモリよろしくあっちの陣営、こっちの派閥と忙しかった。そのくせ、最終的には俺の利に叶うよう動いていたからな……だが」


 まぶたが上がる。茶褐色の瞳がひらく。

 つめたい光を宿す王者の視線に、ぎらりと物騒な感情が閃いた。


「! ……っ……」


 グランは、つい、その無駄なく整った横顔に呑まれる。何と言うことはない。戦神と化しそうなディレイの気迫に間接的に当てられた。とばっちりだ。



「もしも、エウルナリア(あいつ)に何かあれば。どこに居ようと見つけ出して必ず殺す。絡んだ勢力はどいつもこいつも、全員根こそぎ絶やしてやる。なんとしても、だ」



 ――ごくり。

 青年は、自分が唾を嚥下した喉の音をやたらと大きく感じた。


 およそ、周囲の空気が一段と冷えて透明度を増したような感覚。まとう気配を、極北に(そび)えるという千年氷の如く澄ませ、ディレイは真逆の禍言(まがごと)をさらりと吐いた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] (ああっ…!出遅れました。 更新に気付いていませんでした) サブタイが良いですね。 今話の内容を端的に表しています。 ガザックが蝙蝠というのも、ディレイが戦神というのも言いえて妙。 特に…
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