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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 西国の地下迷宮

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161 黒か、灰色か※

 薄れてゆく意識の向こう側。

 大柄な男の肩に担ぎ上げられながら、エウルナリアは必死に耳を澄ませた。


(だめ……、寝ちゃだめ……!)


 瞼はとっくに落ちている。ガザックに突きつけられた小瓶の液体は、嗅いだことのない匂いだった。結果、瞬く間に凄まじい眠気に襲われている。


 このまま眠るわけにはいかない。寝てしまったあとももちろん恐ろしいが、せめてもう少し()()

 あとで、状況を打開できるような情報を。


 エウルナリアは、遠ざかる(うつ)つの気配に糸を巡らせるよう、なるべく緩やかに注意を払った。男の手がどこに触れているのかなど、この際どうでもいい。




  ギィィイ……、ガコンッ


 重々しい音を立てて()()が填まる。「やべぇな」「ぎりぎりだった」など、ひそひそと交わされる会話。

 カシャンカシャン……と、鎧と剣の鞘がぶつかり、擦れる音が聞こえた。

 騎士達だ。迎えに来てくれていた。

 なのに!



(音が遠い。閉められた……かくし、扉……?)


 心の呟きも芒洋として表情筋も動かせない。限界だった。


 それでも、全身全霊で叫びたかった。荷袋よろしく頭から振り落とされたとしても精一杯。今、このときこそ。


 紗幕の掛かる心の深奥(しんおう)、火で(あぶ)られたような焦りが内側からざりざりと胸元をかきむしる。



 ここに。

 ここにいるの。お願い、助けて――――と。




   *   *   *




「……ううぅっ……」


 夢の余韻も何もない、意識の急浮上。

 みずからの呻き声ではっきりと覚醒したエウルナリアは、体を起こそうとして愕然とした。

 腕を自由に動かせない。後ろ手にきつく縛られている。


 落ち着くために、吐息を一つ。


 頭をもたげ、周囲に視線を巡らせても真っ暗で何も見えなかった。

 どこかの部屋だろうか?

 石畳の感触から察するに、まだあの地下のどこかのような気はするが。


(隠し扉……ってことは、当然よからぬ秘密の通路よね。あの騎士様がた、仕掛けには気づいていなかった。じゃあ、ここは)


 ――すでに、旧神殿跡地の()()()である可能性が高い。

 あれからどれほど時間が経ってしまったのか。数時間か一晩か。それすら不明だった。


 とはいえ、衣服に乱れはないようだし、体に痛みや違和感の(たぐ)いはない。そのことに秒で安堵しつつ、自分と同じように、強制的に目の前で眠らされた従者の少年を思う。

 気づくと、不安はそのまま声になっていた。


「レイン……どうしよう。違うところに閉じ込められちゃったのかしら……」



「いますよ、ここに」


「えっ!? うそ、どこ。何処(どこ)に?」


此処(ここ)です」


「……」


 何というか。

 怒りすぎて感情の起伏を忘れ、一周回ったあとのような声だった。

 それを頼りに腹筋を使い、「んんんっ……!」と、気合いで身を起こす。ドレスは動きにくいことこの上なかったが、辛うじて立ち上がった。



  カツン、カツン……


 小さな(ヒール)の音が微かに響く。

 なおもゆっくり歩を進めると「――ストップ、エルゥ様。それ以上は僕が踏まれます」と、声がかかった。足元だ。


「わ、ごめん!」


 驚いて謝り、その場で瞬時にしゃがみ込む。

 じぃ……っと視線を凝らすと、たしかに頭部と肩、背中の稜線(シルエット)がわかった。腰より下は、暗闇のなか沈んで遠い。


 レインだ。うつ伏せに寝転がされている。

 エウルナリアは思わず項垂(うなだ)れた。


「大丈夫……、じゃないよね。ごめんなさい」


「? なぜ謝るんです?? 捕まったのはエルゥ様のせいじゃないでしょう。それを言い出したら、貴女をお守り出来なかった僕はどうすれば良いんです。このままじゃ、正気を手放したアルム様を筆頭に、終始責められての公開処刑ですよ。骨も残りません」


 滔々と、ごく冷静に(まく)し立てる従者に、やや引き気味となる主。

 エウルナリアは口許を引き吊らせつつ、なんとか(アルム)のフォローをできないか試みた。


「えぇと……いくらお父様でも、そこまでは」


「いいえ、やります。絶対にやられます。エルゥ様はご存じないんですよ。お父君のご気性の真の恐ろしさを」


「……左様ですか……」


 何となく丁寧語になったところで、互いにふっつりと言葉が途切れた。

 はっきり言って、それどころではない。二人とも痛いほどわかっている。


「捕まりましたね」


「だね……」


「ガザックさんは『黒』でしょうか」


「わかんない。『灰色』かも」


「なぜ?」


 間髪入れずに問われ、自信なさげに首を傾げる。数度瞬き、懸命に記憶から根拠を探した。


「あの時のガザックさん、『最後まで聞け』と言ってたわ。それに、あの方とってもディレイのことが好きなのよ」


「…………いや。まぁ、確かにそうは言ってましたが。

 後者はどうしてわかるんです? そんな、他人視点での曖昧なこと。『好き』だから裏切らないなんて保証はどこにもないんですよ?」


「レイン、世知辛い」


「激辛で結構です。僕は、貴女のぶんも世の中を疑ってかかろうと七年前から決めています」


「ひどい言い(ぐさ)ね」


「あのう…………これは、お二人の痴話喧嘩という解釈で宜しいですか?」


((!!!))



 主従は、ハッと目をみひらき、同時に固まった。

 今まさに当人について話し合っていたとは流石に言いにくい。ましてやガザックときたら、地味に足音を消すのが(うま)すぎる。本人(いわ)く妻子と公職持ちのくせに、妙に諜報職っぽいのだ。


「え、あああ、あの」


 エウルナリアがまごつく間に、かれは火打(ひうち)を用い、ボゥ! と、壁に掛けてあった木片に火を灯していった。


 パチッ……、と火のはぜる音。

 ようやく周囲が照らされる。それは厳密には通路側のもので、こちらは壁を隔てた小部屋だった。扉のない、大人が出入りできる縦長の穴を開けた(あなぐら)のような石室で、材質は旧神殿の地下と同じ。

 囚われた自分達以外は何もない。がらんとしている。


挿絵(By みてみん)


 明かりを背に、ガザックが主従を見下ろした。


「えーと……今更ですがね。ご説明、要ります?」


「是非」


 眩しさとしずかな怒りを込め、眉宇(びう)をひそめる。

 今度はエウルナリアが問う番だった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 「黒」じゃない…? 「灰色」……?? ガザックの真意は一体どこに??? …という緊迫したシーンで、エルゥちゃんとレインの「痴話喧嘩」は良かったですね^^; R15に抵触しない展開のような…
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