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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(三)

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157/244

157 歌姫の歌試し※

 音を乗せる。「場」を塗り替える。

 ただの発声音だったそれは幾重にも広がり、歌うエウルナリアの頭上へと降りてきた。

 反響はある。ありすぎるほどだ。けど、時差もある。


(すごい残響率……アカペラ向きかな。当たりのつよい管や打楽器はだめ、音が割れちゃう。弦……やわらかいチェロならいいのかも。それでも、()()()()()()()()()()()()に不協和音にされたら、もったいないし……)



 目を閉じ、今度は試すように何曲も歌う。

 「花祭り」の二つ名にふさわしい調べは――華やかな高音域。オペラ仕立てのアリア? それとも、低音を交えた大地への讃歌だろうか。

 場所柄、聖歌との相性は良さそうだが、ウィズル(ここ)は長く続いた神殿勢力をきっぱりと否定した国だ。宗教色のつよいものは、あまりそぐわない。


 なので。

 ゆるやかな旋律。後半にかけて波のように寄せる、語りかける。家を出た子を思う母の歌を無心に歌ってみた。


 ――合う。悪くない。



挿絵(By みてみん)



 が、本来の楽譜では寂しい終わり方になってしまう。すかさず二番は転調させて華やかに。終盤がより晴れやかに響くようアレンジし、みずからを楽器に変える。即興の旋律のみ歌い上げる。


 加速感、高揚感。音階を調節して――

 未来に希望を持てるよう。人びとの心に添えるよう。祝祭に花吹雪が舞うイメージをかさね合わせながら。


 ……気がつくと、歌い終えていた。





 そっと瞼を押し上げると、最初に視界に映ったのは、目をみはって驚愕の表情を浮かべる騎士達。ほか、見知った面々は満足げににこり、と微笑んでくれる。

 勝手知ったるかれらは、歌声の余韻が消えるとすぐ、手を打ち鳴らしてくれた。


 あたたかな拍手だった。

 伝播するそれらは軽い熱狂も交えつつ客席からドームの天井へと吸い込まれ、やがて数倍の豊かさで返って来る。降り注ぐ。一種の柔らかささえまとう(さま)はまるで。


(きれい……、雨の音みたい)


 つい聴き入ってしまったエウルナリアは、ちょっとだけ()()()()、胸に手を当てて周囲を見渡した。


 客席には、警備よりも随従の意味合いが濃かったウィズル騎士、レガートからの一行。およびディレイ王に座ってもらっている。

 全体的に散ってもらったため、音の散布状況が把握しやすい。特に高い位置からの「はね返り」は速かった。


 なるほど……と、記憶に(とど)め、視線を正面に戻すとまだ拍手に至っていなかったディレイと目が合う。


 ――ようやく気づかれた。



 瞬間。

 夢から醒めた面持ちのかれの手から、パン、パン…………と、低く豊かな音色(おんしょく)の打音がゆっくりと鳴り響く。


 一つ一つ空気を含む、深い音。

 手指と肩の力が抜けている。元々の手の大きさもあるだろうが、おそらくは歌を聴いて忘我に達したあと、極度にリラックスした(からだ)だからだ。


(――――よし!)

 会心の微笑み。汗をかくほどには歌っていない。


 それでも手応えはあったし、依頼者本人の耳を絡めとれたことには快哉(かいさい)を叫びたかった。

 春の宴では全然動かせなかった。歌にはまるで興味がなさそうだったディレイ(かれ)の心を一時(いっとき)奪えたことに、言いようのない悦びを覚える。



 にっこり、と花が綻ぶように。

 見る者すべてを魅了する笑みを浮かべて。


 初々しい薬師の少女ではない。令嬢でもない。事実、王の恋人ですらない。

 ただ一人の歌い手に他ならないことを徹底的に知らしめたエウルナリアは、ふわりと(おもて)を伏せ、じつに優雅な奏者の礼を客席に向けて送った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] >(――――よし!)  会心の微笑み。汗をかくほどには歌ってはいない。 歌姫のガッツポーズ!?Σ(゜д゜lll) エルゥちゃんのドヤ顔( ̄∇ ̄)…見えるようです。笑 >春の宴では全然動…
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