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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(三)

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152/244

152 牙は笑みに。小刀は花の下に(前)

 ――真に、両国が求めているのは和平のはず。

 エウルナリアはそう考えている。




   *   *   *




 会議室と思わしき南棟の一角では、ウィズルとレガート、双方の代表らが相対して掛けている。片側に四名ずつ。総勢八名だ。


 長卓の中央には、平らな花器。

 青い釉薬で彩られた器には、形の異なる秋の白い花々が楚々と盛り飾られていた。

 花や茶を癒しのよすがに、会談はそれなりに和やかに進んでいる。現在は――


 エウルナリアは、ちらっと手元の資料に視線を落とした。ウィズル側から提示された主張は、たったの二つ。


 一つ。王妃として迎え入れるため、王が正式にレガートのバード楽士伯家令嬢に求婚する旨。

 一つ。前王朝の負の遺産である国内の民の窮乏を救うため、諸国からも各種支援を募る旨。


 前者は協議にかける前に、謁見の間で堂々と宣言されてしまった。表だって事を荒立てる気がない上、長く懇意にしているセフュラのジュード王と並べられては、さすがのアルユシッド皇子も無下(むげ)にできない。


(うまく、やられちゃったな)


 ディレイとは是非、今後も国家ぐるみで穏やかな関係を続けたいと願うエウルナリアにとっては、かれ自身はあくまで求婚者の一人。国も歌も、全て(なげう)って簡単に選びとっていい相手ではない。


 なんだかんだ言って、十歳から約七年間、二十四歳上のジュード王から求婚を受ける身だ。こういったやり取りには慣れてしまったし、『求婚者』という存在には今さら動じない自分がいる。(主に手紙攻撃のジュードには、毎回丁重に断りの文言を入れた返事をしたためているが)

 よって、一つ目の主張に危機感はあまりなかった。

 問題は二つ目だ。


レガート連合(こちら)の意を、あちらはどこまで飲めるかな)

 香り高い茶を口にすることなく、青い瞳をすぅっと伏せる。耳を含む身体(からだ)の神経は余すことなく、卓上で交わされる会話に向けられていた。




「もちろん、我らの総意は大陸の安寧にある。貴国の申し出――鷹便の技術提供を受けられるのなら、現在静観の位置にある国々も進んで態度を変えるでしょう」


「具体的には?」


 涼しい顔のアルユシッドに、ごく真面目な態度のディレイが問う。これに答えたのは、随伴したレガート側の外交官だった。


「主な食料支援はアルトナ、セフュラ。金銭面では白夜(びゃくや)。慈善活動および戦災孤児の救済、教育についてはレガートのサングリード聖教会から積極的に人材を派遣する手筈になっております。

 東のオルトリハスやアマリナ、ジールについては……支援というより、技術を購入する方向で動くでしょうね。結果、それが金銭面での援助になるかと」


「『購入』か。安くはないぞ。――ガザック、見積もりを」


「は」


 側で控えていた口髭の中年文官が、ウィズル側に積まれていた資料から一冊を抜き取り、なかから一枚の紙を取り出した。「失礼します」と一言添え、レガート側へと渡す。


 正面から受け取った外交官は顔色を変えることなく、それを上手側にまわした。

 つまり、皇子と皇女。エウルナリアの方へ。


 三名が顔を寄せ合うように一枚の紙片に見入るのを、ディレイは無言で見つめた。


「法外、とまでは言いませんが。吹っ掛けていらっしゃる? これでは、東端の城郭都市群には荷が重いわ。人の住む場所が(まば)らな、かの地でこそ必要とされる技術でしょうに」


 紅の瞳をきらめかせ、憮然と言い放つ皇女に、ディレイが、おや、と眉を上げる。


「我らにとってはそれだけの価値がある。長く秘伝として来たのには、それなりの理由があるのですよ、ゼノサーラ姫」


「まぁ」


 あっけらかん、と強気の姿勢を崩さない王に、ゼノサーラが目を丸くした。場には、これくらいの軽口なら許容されるような空気がある。

 それは。


(やっぱり、戦を水面下で回避できたのがつよいんだわ。お互い、それぞれ戦支度を進めてたなんて欠片も出してない)


 ――笑顔の下に牙を。小刀を。

 一見和やかな場でも、会談では常に緊張を強いられる。それをおくびにも出さないのが礼儀(マナー)だし、常套手段なのだ。


 ふと。ディレイと目が合い、瞳をすがめられた。


「エウルナリア。お前はどう思う? 高いか。安いと見るか」


 卓上の花を挟んで、斜めに対角線。エウルナリアは綻ぶように微笑んで見せた。

 はっ……と惹きつけられた全員の視線が集中する。


「富めるものには微々たるもの。貧しいものには……ですよね? 今日明日の糧に困り、身売りをせねばならぬ者がいると、浅慮にも私は()()()()()()初めて学びました。懸命に生きるかれらの姿を、陛下はずっと目に焼き付けていらっしゃったはず。妥当な金子(きんす)など、私よりよほど熟知しておいででしょう。

 ――富める国と、貧しい国。むりに平らに(なら)すのは稀代の覇王でなくては叶いません。陛下は、その道は選びませんでした。

 ……その上で。代々受け継がれた稀少な技術を、十把一絡(じっぱひとから)げで他人に明け渡すわけがありませんわ。これは、『純粋な金子として表すならば』……なのでしょう? 相手次第で、手心はあるかと存じますわ。とても慈悲深き方ですもの」


「……」


 にこり。

 およそ、外見からは無縁そうな内容をすらすらと吐いてみせる美姫に、場の空気が変わる。ぴん、と張り詰める。

 移りつつあった主導権を、そっとレガート(こちら)側にたぐり寄せるように。

 エウルナリアは付け加えた。


「おいおいの協議でも、宜しいのではないでしょうか。次回大陸会議を早める方向などで」




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