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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(三)

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149 レガートの結晶

 最初に訪れたときは徒歩だった。

 その石畳の坂道を、今はきらびやかな馬車で通る。ゆるやかに流れる車窓の風景に、エウルナリアは細く嘆息した。


(凄いな……、やっぱり。ウィズルの兵は士気が高い。たぶん質も人数も。国力のわりには優れているし、多いはず)



 ―――― 

 歩道と車道の区別のない横幅の広い街路で、かれらは民が不用意に馬車に近づかぬよう警備している。

 みごとな等間隔。

 長槍の穂先をぴしりと天に向けて立つウィズル正規兵らが、えんえん城まで並んでいる。


 一言でいうと圧巻だった。見物人達も、務めの最中のかれらを邪魔することはない。注意されぬよう、やや離れた場所から物見に興じている。

 うずうずと飛び出そうな子どもを諭す若い母親の姿があった。

 その微笑ましさに一顧だにせず、不動の構え。――堂に入っている。



 戦ではなく外国の賓客を迎える典礼のためか鎧兜はない。代わりに見映えよく仕立てられた黒の制服に白いズボン。なめした皮の長靴(ちょうか)を履いている。

 騎士とはまた違う。軍略に正しく従い前線でも臆すことのない。徹底した訓練が施されているのを感じた。

 すると。


「――よく鍛えられてるね。流石は“大陸一の軍事国家”」


「ユシッドさま」


 車窓とは反対側、左耳におだやかな声が掛かった。

 振り返ると、隣に座るアルユシッドの顔が存外に近い。驚いたエウルナリアは、向き直るふりで慌てて距離をとった。

 皇子は、ふ、と微笑む。


「隣国のアルトナは農業やそれにちなんだ地学。我が国は芸術。それぞれに秀でた面がある。元をたどれば私達(レガート)の先祖もこの辺り出身なんだけど。住む場所を変えれば気質は変わるもの――なのかな」


「! そう言えば。私とレイン、グランを見つけて声をかけてくださった方が、ディレイ王の側仕えの方だったんですが。その方には、すぐにレガートの人間とばれました。……外見はあまり変わらないのに。言葉遣いでしょうか?」


「大陸公用語、ね。それもあるだろうけど」


 言葉を切った皇子はやや身を離し、まじまじと彼女を見つめた。それこそ頭の天辺から腰の辺りまで。

 不躾と言って差し支えない視線だ。普段紳士の代名詞のようなかれとしては、非常に珍しい。

 黒髪の少女は「……あの?」と、不安そうに尋ねた。アルユシッドはにっこりと笑う。


「きみは、なんとも優美だもの。何かの間違いで現世に降り立った精霊みたいに。

 肌の色や言葉の抑揚でも勿論(もちろん)わかると思う。けど、いちばんレガートをレガートたらしめているのは、その存在の稀有さだ。他に類を見ないほど小さく、うつくしく豊か。――そういう国を目指して作られた。きみは、まさにその結晶じみた風貌だから」


「は、はぁ……」


 さすがに褒められ(?)過ぎな気がした。

 戸惑いを隠せずにいると、ひょい、とゼノサーラが兄皇子の背後から顔を出す。

 にまにまと悪戯っ子のような表情。この場合は助け船を出してくれるのだろう。

 エウルナリアは、ほっと息を吐いた。ことさら期待を込めて皇女を眺める。


「お兄様って、本当に詩人。回りくどいったらありゃしないわ。すっぱり言えばいいじゃない。エルゥ以外、視界に入らないって。べた惚れなんだから」


「サーラ」


 嗜める兄の声は、変わらずおだやか。

 しかし、ほんの少し低められただけでひやりとさせるものがある。

 ゼノサーラは全く意に介さないが、同じ顔のシュナーゼンならば(たちま)ち首をすくめたろう。こういうところが、彼女と双子の兄皇子の最たる違いかも……と、詮ないことを考えてしまう。

 エウルナリアは頬を緩めた。


「ユシッドさ……いえ、殿下。そろそろ入城です。()()()()()(したた)かな方ですよ。戯れにどんな挑発をなさるか、わかったものではありません。気を引き締めてかかりましょう」


「それは……何とも。実感に満ちた言葉だね。さんざん挑発された?」


 いとしい姫君が『ディレイ』と、異国の王を呼び捨てた。そのことに若干の驚きをにじませつつ、アルユシッドは問う。

 見ない間に、また少し成長したらしい少女は、おっとりと口許をほころばせた。


 (あで)やかに。

 澄んだ水面を思わせる清らかさも(うち)に湛えながら。


「――さぁ、どうでしょう。もう敵ではないと信じていますが」


 和やかに語り合う賓客を乗せ、馬車は門をくぐった。



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