149 レガートの結晶
最初に訪れたときは徒歩だった。
その石畳の坂道を、今はきらびやかな馬車で通る。ゆるやかに流れる車窓の風景に、エウルナリアは細く嘆息した。
(凄いな……、やっぱり。ウィズルの兵は士気が高い。たぶん質も人数も。国力のわりには優れているし、多いはず)
――――
歩道と車道の区別のない横幅の広い街路で、かれらは民が不用意に馬車に近づかぬよう警備している。
みごとな等間隔。
長槍の穂先をぴしりと天に向けて立つウィズル正規兵らが、えんえん城まで並んでいる。
一言でいうと圧巻だった。見物人達も、務めの最中のかれらを邪魔することはない。注意されぬよう、やや離れた場所から物見に興じている。
うずうずと飛び出そうな子どもを諭す若い母親の姿があった。
その微笑ましさに一顧だにせず、不動の構え。――堂に入っている。
戦ではなく外国の賓客を迎える典礼のためか鎧兜はない。代わりに見映えよく仕立てられた黒の制服に白いズボン。なめした皮の長靴を履いている。
騎士とはまた違う。軍略に正しく従い前線でも臆すことのない。徹底した訓練が施されているのを感じた。
すると。
「――よく鍛えられてるね。流石は“大陸一の軍事国家”」
「ユシッドさま」
車窓とは反対側、左耳におだやかな声が掛かった。
振り返ると、隣に座るアルユシッドの顔が存外に近い。驚いたエウルナリアは、向き直るふりで慌てて距離をとった。
皇子は、ふ、と微笑む。
「隣国のアルトナは農業やそれにちなんだ地学。我が国は芸術。それぞれに秀でた面がある。元をたどれば私達の先祖もこの辺り出身なんだけど。住む場所を変えれば気質は変わるもの――なのかな」
「! そう言えば。私とレイン、グランを見つけて声をかけてくださった方が、ディレイ王の側仕えの方だったんですが。その方には、すぐにレガートの人間とばれました。……外見はあまり変わらないのに。言葉遣いでしょうか?」
「大陸公用語、ね。それもあるだろうけど」
言葉を切った皇子はやや身を離し、まじまじと彼女を見つめた。それこそ頭の天辺から腰の辺りまで。
不躾と言って差し支えない視線だ。普段紳士の代名詞のようなかれとしては、非常に珍しい。
黒髪の少女は「……あの?」と、不安そうに尋ねた。アルユシッドはにっこりと笑う。
「きみは、なんとも優美だもの。何かの間違いで現世に降り立った精霊みたいに。
肌の色や言葉の抑揚でも勿論わかると思う。けど、いちばんレガートをレガートたらしめているのは、その存在の稀有さだ。他に類を見ないほど小さく、うつくしく豊か。――そういう国を目指して作られた。きみは、まさにその結晶じみた風貌だから」
「は、はぁ……」
さすがに褒められ(?)過ぎな気がした。
戸惑いを隠せずにいると、ひょい、とゼノサーラが兄皇子の背後から顔を出す。
にまにまと悪戯っ子のような表情。この場合は助け船を出してくれるのだろう。
エウルナリアは、ほっと息を吐いた。ことさら期待を込めて皇女を眺める。
「お兄様って、本当に詩人。回りくどいったらありゃしないわ。すっぱり言えばいいじゃない。エルゥ以外、視界に入らないって。べた惚れなんだから」
「サーラ」
嗜める兄の声は、変わらずおだやか。
しかし、ほんの少し低められただけでひやりとさせるものがある。
ゼノサーラは全く意に介さないが、同じ顔のシュナーゼンならば忽ち首をすくめたろう。こういうところが、彼女と双子の兄皇子の最たる違いかも……と、詮ないことを考えてしまう。
エウルナリアは頬を緩めた。
「ユシッドさ……いえ、殿下。そろそろ入城です。ディレイは強かな方ですよ。戯れにどんな挑発をなさるか、わかったものではありません。気を引き締めてかかりましょう」
「それは……何とも。実感に満ちた言葉だね。さんざん挑発された?」
いとしい姫君が『ディレイ』と、異国の王を呼び捨てた。そのことに若干の驚きをにじませつつ、アルユシッドは問う。
見ない間に、また少し成長したらしい少女は、おっとりと口許をほころばせた。
艶やかに。
澄んだ水面を思わせる清らかさも裡に湛えながら。
「――さぁ、どうでしょう。もう敵ではないと信じていますが」
和やかに語り合う賓客を乗せ、馬車は門をくぐった。




