表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(三)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

147/244

147 おやすみのキス

 迎賓館を出た馬車が襲われた、と報せが届いたのは夜。贅を凝らした夕食を終え、各自部屋に退出したあとだった。


「そんな……! 被害は? 私達の代わりとなった方々も。騎士様方も。大丈夫だったの?」


 エウルナリアは館から提供を受けた、ゆったりとした薄桃色の衣装を身につけている。口許を両手で押さえたとき、絹の長い袖が涼やかな音をたてて肘まで流れ落ちた。


 情報の運び手となったレインは主を安心させるように頷く。


「はい。そちらの被害はなかったそうです。賊も尋問用に数名生かした以外はその場で討伐したそうですし。で、首謀者なんですが」


「もうわかったの?」


 黒髪の美姫の隣で腕を組み、隙なく佇んでいた銀の皇女が囁く。レインは同じ鋭さで声を落とし、囁き返した。


「行方を追っていた旧神殿の一派に間違いないと。賊の出自も似たり寄ったりで、ウィラークの貧民窟(スラム)や下町を根城にするならず者達でした」


「じゃあ明日の謁見と会談は予定通り?」


「行います」


 なるほど……と、ゼノサーラは熟考の体勢となった。

 エウルナリアは「じゃ」と従者の少年に近寄る。ぱち、と瞳を瞬いたレインの手をとり、室内へと引っ張った。


 レインは軽く狼狽した。

 時間からして、夜。皇女も同席していることだし淑女(レディ)の部屋に立ち入るのは――と、扉越しの廊下でいっそう声を低める。


「だめです、エルゥ様」


「え、そう? ロゼルの手紙、一緒に読みたくない?」


「手紙……? あぁ、はい。手紙ですね。でも」


 ちら、とゼノサーラを窺い見る。整った(おもて)にはありありと『だめよ』の意が浮かんでいた。

 よって、自分の手を握る少女の指を握り返し、力が緩んだ瞬間に引き抜いて、逆にそっと捧げ持った。目線の高さまで。


「あ」


 漏れ聞こえる呟き。

 瞼を伏せ、柔らかな手を引き寄せて、桜貝の色の爪で飾られた指先に唇を落とす。視線を上げて、鋼鉄の意思でにこりと笑んだ。


「……お誘いはありがたいですし、とっても残念ですが。明日、朝食後。会談前の最後の擦り合わせのときに教えてくださいね。今は、皇女殿下にお譲りします。でないと殺されそうです」


「わかってるじゃない」


 ふふん、と威勢よく皇女は言い放った。軽やかに主従に歩みより、力業で引き離す。


「もうあとは寝るだけだもの。一晩くらいエルゥを貸しなさい。おやすみレイン」


「えぇ。明日、とびっきり怖い兄殿下から叱られないようになさってくださいね。サーラ様」


「ふぅぅん……?」


 交わる紅色と灰色の視線。ばちばちと火花がはぜるような錯覚に、エウルナリアは不謹慎だが微笑んだ。

 ぽんぽん、とみずからを抱き締める皇女の腕を叩いて拘束を緩めさせる。「すみませんサーラ。ちょっとだけ」と、扉を閉める直前だったレインに駆け寄った。


「――っ!?」


 ふわり、と黒髪から花の香りが立ち(のぼ)る。頬に柔らかな口づけを受けたレインはほんのり頬を染めて、主の少女を見つめ返した。ぱくぱく、と口を開閉する。


「エル」

「おやすみレイン。……また明日」


「…………おやすみなさい」


 固まる従者の少年の目の前で、同じように染まった笑顔の主を見納めに、扉はしずかに閉められた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あああ。 良いですね!おやすみのキス…! > ふわり、と黒髪から花の香りが立ち上のぼる。 この描写から情景が目に浮かぶようでした。 [一言] 前話の、ディレイさまのイラストも凛々しく凄…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ