144 面目躍如
「根も葉もありません」
「いや。そんなことないでしょう」
「エルゥ、認めとこうぜ」
「ぅぐっ……」
いつぞやの従者と同じ言い回しをする姫君。ばっさりと切り捨てる従者。残念そうにため息を漏らす騎士。
味方を得られなかったエウルナリアは、喉から変な声を出した。
それを、生暖かく見守る兄妹がいる。
――――込み入った話になるな、と察した迎賓館の担当男性の配慮により、一同はテーブルを囲み、一見したところ歓談の体となった。
見事なマーブル模様を描く大理石のテーブルは、細長い楕円形。文字どおりの一枚板で表面の研磨も材質も一級品。
それぞれ、布張りのソファーに腰を落ち着けている。紅茶の給仕も受けた。
あまり優れない様子のエウルナリアは、幼馴染みの少年二人を軽く睨みつける。
「……私に、そのつもりはないもの」
「どういうこと?」
優しく。
あくまで紳士的にアルユシッドが尋ねた。難しい顔の少女が口をひらく前にと、グランが投げ遣りに答える。
「潜入の成果はあったよ。戦禍は避けられた。ディレイ王は『侵攻しない』と明言したし、おまけにエルゥはこのとおり、ぴんぴんしてる。手込めにされたわけでもない」
「グランっ!」
ソファーの肘置きに凭れ、片肘をつき、しゃあしゃあと言ってのける赤髪の騎士をエウルナリアは叱りつけた。
が、効果は今一つだった。
すぅっと宵闇色の視線を流される。
「俺は、間違ったことは話してない。それとも何? 実はやられてる?」
「やら……」
否定のため、うっかり復唱しそうになった令嬢は、みるみるうちに赤面した。
何とも言えない雰囲気が満ちるなか、まぁまぁ、と、したり顔のレインが助け船を出す。
「やられてません」
「なんで、お前が断言すんだよ」
「僕だからです。――とにかく、良かった点はグランが話したとおりですね。しかも、結果として得られたエルゥ様個人へのディレイ王の恩義は深い。今後、彼女への無理強いはないでしょう。しかし『正式に求婚者の一人として名乗りを挙げる』と」
ぴく、と反応したアルユシッドは目を据わらせた。
「待って。……恩義? それは、先の襲撃事件のことかな」
「はい」
さすがに、それも民草の間では噂になっていたか――と。
レインは手短に、ここ三~四日の出来事を説明した。
* * *
「……なるほど。まずはお手柄だったね。本当に、結果としては最善だったと思う。周辺国にとってもエルゥにとっても、万々歳だ」
この場にいない弟皇子から、こっそり『穏やかの権化』と揶揄されるアルユシッドは、珍しく明らかな安堵の気配を滲ませた。
横合いからは、妹姫がちゃっかり口を挟む。
「求婚者は増えちゃったけどね」
「今さら一人増えたところで、大して違わない。要は、エルゥに選ばれさえすればそれでいい」
「自信?」
首を傾げるゼノサーラ。
妹の無邪気な突っ込みに、兄は苦笑した。
「事実だ。……楽観してるわけじゃないよ。ディレイが強力な候補者になってしまったことは否めないし」
「正直ねぇ」
くすくす、と、ゼノサーラは皇女然とした居ずまいで笑った。話す内容はお転婆そのものだが、外見は優雅の一言に尽きる。
(なんか……和む……)
自覚はなかったが、それなりに張り詰めていたらしい。エウルナリアは心の底から、レガートからの使者がかれらで良かった、と吐息した。
ふと気づく。
「あの。ユシッド様とサーラが来られたということは、それだけウィズルが懸念事項だったということですよね。
諸国の情勢は? 誼を通じた東との連携や、北の白夜。南のセフュラは今回の和議にどう出るでしょう。
私達が出国したあと、何か変化はありました? ウィズルからは『主に食料面での援助を見返りに、鷹便の技術提供を考えている』との言質も引き出せたのですけど。
――あ、レインのおかげです。この件では、私は全く関与していません」
「へぇ、レインが」
少し目をみはったアルユシッドが、少女の左隣に座る少年を見つめた。
レインは瞳を伏せて答える。
「僕は、アルム様からの事前情報をもとに、はったり混じりで吹っかけただけです。最初は、眼中にすら入れていただけなかったので」
「あぁ……うん。かれは、そういうひとだね。エルゥ一直線だったろう?」
「まさに」
まざまざと思い出したのだろう。レインとグランは揃って渋面となった。エウルナリアも眉尻を下げる。
「お父様はあのあと、またアマリナに?」
「うん。あそこは稀少な薬草の産地で、サングリードとしても密な関係を保ってるけど。一部の闇商人にまでは、なかなか手が回らない。
――“死者の香水”が使われたんだろう? 一歩対応を誤れば、被害はもっと深刻だった。暗殺の手段としては、かなり切羽詰まった連中が伝統的に用いる超高級品だよ。
売る側にしても、そういう芽は富裕層に潜んでるからね。歌長には、そっちを探ってもらう」
「はぁ……、大変ですね。お父様も」
ただ、請われるままに歌うだけではない。
小国レガートの命運を左右してきた特殊職、“歌長”の過酷さをしみじみと感じる。
が、それでも歌うときは朗々と、聴客を魅了してやまないのだろう。
その場面を想像して、エウルナリアは微笑った。
慎ましやかに。
白い花弁が、柔らかくほころぶように。
「私も。……負けてはいられません」
銀の皇女同様、それは外見の優美さを大きく裏切る、きっぱりとした物言いだった。




