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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(三)

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143/244

143 抱擁の主※

 ずっと荒野のイメージを抱いていたウィズルは、その古都ウィラークのみ石と森の都といえた。

 樹の匂い。水の気配。すぐ北側に山肌の白い峻嶺。

 雪ではない。剥き出しの岩が白いのだと聞いた。たとえ何百年、何千年とひとが切り出したとしても尽きることのない。それは、この地で言うところの“神々の贈り物”だろう。


 奪うことはない。すでに、与えられている。

 そう実感はできるものの。


(難しいところよね。都から遠ざかるごとに草木も生えない荒れ地が広がってる。ウィズルは国土が広いし……、旧東ウィズルは河川に近い分、細々と灌漑(かんがい)もできてたけど小規模すぎ。賢王や良い領主に恵まれた時代の遺物だろうから――)


 当面の脅威だった戦は避けられた。

 これからは、ウィズル自身に()()()()()()()()()()()策を練らなければならない。



 レインに手を預け、馬車から降りる。

 護衛をつとめてくれた騎士らの視線を一身に浴びつつ、エウルナリアはひたすら思考の海に埋没した。


 それでも、かれらに礼を述べねばと思い立ち、振り返る。さりげなく淑女の礼をとった。


「わざわざの護衛、ありがとうございます」


「いえ……、光栄に存じます」


 けぶる青い瞳。聴くものの心を鷲掴みにする音楽的な声。奇跡のような愛らしさと透明感。

 総じて清らかな色気を(たた)える美姫に、代表の騎士は、ぼうっと夢見心地で答えた。


「……じゃあ。参りましょうか、エウルナリア様」


「はい」


挿絵(By みてみん)


 苦笑ぎみのグランに伴われ、玄関扉へと向かう。二人とも完全なる猫被りだ。

 何となくふわふわとする心を、エウルナリアは気合いを入れて、ぎゅっと引き締めた。




   *   *   *




 入り口のエントランスも何もかも、迎賓館の建築様式は大陸中央部を思わせた。

 漆喰の壁。随所に用いられたステンドグラス。三名はどことなく郷愁に駆られる。


 入ってすぐ、声をかけられた。


「ようこそ、エウルナリア・バード様。御国の方々は、今朝早くのご到着でした。現在は居間でお寛ぎいただいております。ご案内いたしましょう」


「ありがとう。よろしくお願いします」



 柔和そうだが凛とした、丁寧な物腰の初老の男性だった。

 短く整えられた白髪混じりの髪と口髭。名乗りはなかったが、おそらく館の管理者だろう。



 ――『御国の方々』。

 常ならば、外交府の担当職員が回されるはずだが。

(かれらが持参するのは、本来なら自国(レガート)にいるはずの私の、式典出席に関する書状だものね……)



 (あらかじ)め“出席”としたそれをバード邸の自室に置いたまま、一か八かの賭けで先に潜入に来てしまった。


 不可抗力で、一部にばれてしまった以外は無断だ。

 そう考えると、出国の際にアルムと会えたのは良かったのかもしれない。結果論でしかないが無駄を減らし、最善の道をもぎ取れたのだと信じたかった。


(……さて。どなたかな)

 予想が正しければ。

 エウルナリアは、ある種の確信を胸に、案内された居間へと歩を進めた。


 すると。




「あぁっ! エルゥ久しぶり! もうやだ、何も言わないで行っちゃうんだもの。私がどれだけ、心配で心配で胸、が――」


 ……潰れそうになったのか。

 続く言葉は、ふっつりと途切れた。



「サーラ?! なぜ、ここに」


 エウルナリアは瞠目した。

 まず、目に飛び込んだのは怒りに近い驚愕の表情だった。紅色の双眸は爛々として、燃えたつ夕陽(ゆうひ)のよう。

 東への旅も記憶に新しい。邂逅したのは、友人でもあるレガートの第一皇女、ゼノサーラだった。


「…………」


 無言。

 皇女の視線はエウルナリアの胸の辺りで止まっている。

 ――超絶に気まずい。

 エウルナリアは焦った。とにかく弁解をしなければ、と、おろおろしつつ歩み寄る。


「え、えぇと。申し訳ありませんサーラ、黙って出てしまって。……あの?」


「何なのこれ。すごく綺麗。おまけに意外と大きい……じゃなくって!」


「?」


 空耳だろうか。不適当なことを呟かれた。

 が、察するに皇女殿下はたいそうご立腹だ。繰り出される()()(まぬが)れ得ないだろう。間違いない。

(来るっ! 頭、ぐりぐりするやつ……!)


 ぱっ、と覚悟が閃いて目を瞑るも、なかなか衝撃は訪れなかった。逆に、音もなく近づいた誰かに、ふわりと抱擁される。

 どこかで嗅いだ、柑橘系の薬品めいた(すが)しい香り。背に回される紳士的な手のひら。


 ――――このひとは。




「……ユシッド、様……?」


 エウルナリアは瞳をひらき、そっと呼びかけた。腕のなかで身じろぎして顔を上げる。


 見上げるほどの長身。

 案の定、抱擁の主はレガート第二皇子アルユシッドだった。柘榴石(ガーネット)のまなざしは深く、どこまでも優しい。

 皇子は、にこりと笑んだ。


「久しぶりだね、見違えたよエルゥ。そのドレス、ディレイ王の見立てかな? 似合ってる。とても」


「!」


 一瞬、痛みを抑えるような翳りが見えた。秀麗な顔が近づく。うなじから肩口にかけて、おろした髪越しに触れるほど口許を(うず)められる。

 びく、と肩が跳ねた。


 今ならわかる。

 いとおしさの発露。相手に()()()()()()()()()ときの抱きしめ方だ。


 けれど、本格的な警戒心を呼び覚まされる前に離される。

 アルユシッドは空気を塗り替えるように、つとめて明るく語りだした。


「その様子だと、噂は本当? アルトナ辺りで耳に挟んだよ。最初は“ウィズル王の寵を受ける薬師”で、近づくたびに呼称が変わった。面白かったな」


「まぁ……」


 おっとりと、他人事のように驚く少女の傍ら。

 グランとレインは互いに目配せを交わした。


((噂、千里を駆けるってこれか……))


 揃って、微苦笑した。



馬車から降りた三人のラフはこちら。


挿絵(By みてみん)



エルゥ達が入室したときの兄妹図ラフはこちら。


挿絵(By みてみん)


(ほんとに簡単なイメージですみません。描き直せたら差し換えたいです……)



※5/18、グランとエルゥの挿し絵を追加しました。正ヒーローが消えてしまったのはわざとではありません……

(不憫なので、ラフはこのまま残しますね。レインさん)



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