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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(二)

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141/244

141 一つ目に宣誓、二つ目に宣戦

 扉は内側から開けられた。内侍官ヨシュアに「ようこそ」と招かれ、そっと部屋に入る。

 天蓋の(とばり)をひらいた寝台では、ディレイが上体を起こして待っていた。

 思ったより顔色がいい。自力で姿勢を維持できる程度には回復したらしい。


「来たか」


 低く、よく通るいつもの声。いつものまなざし。本調子に戻るのももうすぐだな、と、素人目にも明らかだった。


「呼んだのは貴方でしょう?」


 若干、呆れを滲ませる。

 その通りだな、と答えた王は、彼女の後ろへと視線を流した。ふっと微笑(わら)う。

 グランは表情を凪いだまま。レインはわずかに剣呑な光を瞳に宿した。


「そんなに警戒せずとも。この(なり)では取って食えん――……と、いうより。やはり()()連れてきたか。エウルナリア」


「? 『供を一人に』と、仰る意味がわかりませんでしたから」


 小首を傾げる少女に、王は頬を緩ませる。


「べつに。深い意味はない。お前が栗毛を特別視しているのは知っている。――なら、赤毛はどの程度か、とな。いちど信頼の度合いを計ってみたかった」


「馬じゃないんですが……」

「いい加減名前覚えろよ」


 今度は、両者ともしかめ面。

 ディレイは清々しく破顔した。


「覚えてはいる。呼ぶに値しない」


「! ッンの……むかつくおっさんだな、大概!」

「あぁあ、待ってグラン。喧嘩しに来たわけじゃないでしょう? す……すみませんヨシュアさん」


 わかりやすい挑発に、大変素直に応じるグランを(いさ)め、懸命になだめるエウルナリア。

 王の傍らで待機していた青年ヨシュアは「気にしてませんよ」と微笑んだ。目が怖い。

 然るに、場は混沌の一途を辿るかに思えたが。




「――で?」


 ぴたり、と空気が止まる。

 表情を無にしたレインが、声音にのみ氷点下のつめたさを忍ばせた。


「そろそろ聞かせていただけませんか。わざわざ、こんな夜中に()()()()()()()()呼びつけた理由を」


「……あぁ」


 ディレイの片眉が面白そうに跳ね上がる。

 かれらが、普段彼女を愛称呼びすることは知っていた。

 それを、あえて本名呼びをしたところに少年(レイン)の譲れぬ意地――矜持のようなものを感じとる。

 現状、よほど目の敵にされているようだが、激情では目的を見失わない(つよ)さがある。こういう男は嫌いじゃない。


(口答えはするが動じない。そこそこ肝も据わっている。……なるほどな)


 じっと、灰色の双眸を見つめた。

 それから視線と顎の動きで、寝台横の椅子を差し示す。さんざん(いじ)り倒したが、(あらかじ)め席は三つ用意させていた。


「まぁ、楽にしろ。昼間ガザックが来たと思うが。あいつは、お前らに何を伝えた?」


「?」


 ちょっとばかり、ねじれた気配がする。

 三名は揃って目をみひらいた。




   *   *   *




「なるほど」


 経緯を聞いたディレイの反応は簡潔だった。ヨシュアも腕を組み、手を口許に添えて思案している。

 エウルナリアは、おそるおそる尋ねた。


「貴方の指示では、なかったんですか?」


「ないな」


 あっけらかんとした物言いだが、内容としては(すこぶ)る問題だ。

 姫君の頭で際限なく廻り始めた思考は、ディレイ自身の言葉でせき止められた。


「まぁ、ガザック(やつ)の場合は裏切りととれるほどの独断でもないが……二つ、追加補正しておく。

 お前には命を助けられた。俺ではなくウィズルの。比喩でなく、今俺が(たお)れてはこの国は瓦解する。内乱に逆戻りだ。どうせ死ぬなら――と、委ねる部分もあったが、幸か不幸か拾われた。無駄にはせん。

 ゆえに東方への侵攻案は棄却する。まず、これが一つ」


「……二つ目は?」


(――――やった。やった!!!)

 快哉(かいさい)を叫ぶ心の奥。

 足元から沸き立つほどの歓喜に打ち震えながら、エウルナリアは問うた。

 よかった。これで戦は回避できる……、と。


 なので、差し出されたかれの左手に、深く考えずに己の右手を預けた。握られる。

 「あ」

 隣からレインの呟きが漏れた。が、遅かった。



「鷹の技術提供も、見返り次第によっては善処する。サングリードの各地における活動も、資金の()()がつけば、慈善事業と併せてすみやかに推奨しよう。明日、お前達が迎賓館に向かう際も、厳重に護衛を付ける。ただし」


「! きゃ……っ?!」


 引き寄せられる。

 腰を浮かせて手繰(たぐ)られたエウルナリアの白い指先に、ディレイの乾いた唇が触れた。

 触れたまま、目線だけで彼女の青い瞳を捉える。


「まだ、産まれもしない子孫の余命や血筋なんかは、後々のものが判断すればいい。俺は、正式に貴国(レガート)を通じ、お前の求婚者の一人として名乗りを挙げる。

 ――――安心しろ。見込みのある奴を養子として引き取る手段もある。むしろ、かつての俺がそうだった。引き継いだのは将軍職だったが」


「……え……」



 不敵な微笑みに右手を。視線を奪われたまま。どきん、どきんと動悸が収まらぬ胸を左手で押さえながら。


 エウルナリアは震えて、茫然と立ちすくんだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] >大まかな行き先は決めてあるのですが、これでウィズル編が終わってもディレイに出番ができてしまう……  おそろしい。とても恐ろしいですね、登場人物の暴走! ディレイに出番が出来ることは、とて…
[良い点] きゃあ~~~(//▽//)!! 美味しいっ 美味しい展開だわ! やはり、一筋縄では諦めないディレイさま! 内政・外政も含め、今後の展開を楽しみにしています^^
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