139 内紛の芽、もろもろの議案
城の食堂は昼時、活気に満ちている。大人数がそれぞれの仕事の合間に訪れては食事を摂るため、ひとの出入りも激しい。
それでも三名は、場に現れるだけでそれとなく注目を浴びた。
(あの、真ん中の黒髪の……)
(陛下を)
(レガートの貴族らしいが)
さわさわ、ぼそぼそと囁き交わされる会話は断片で耳に入る。なぜなら三名ともとても耳が良い。
それをまるっと聞き流し、赤髪の青年が連れの二人に笑いかけた。
「どっか、席とっとけよ。適当に取り分けられそうなもの、もらってくる」
「うん」
答えるのはエウルナリア。レインは首肯しただけだった。めぼしい席を探して辺りを見渡す。すると。
「――食事ですか、お三方。どうです、ご一緒しませんか」
「ガザックさん」
ぽんぽん、とレインが肩を叩かれた。
にこやかな笑み、丁寧だが人懐こい口調。
苦労性なことを差し引けば、見た目よりもう少し若いのかもしれない。王の補佐官ガザックの姿があった。
「お一人ですか?」
意外そうにエウルナリアが尋ねると、ガザックは肩をすくめた。ため息混じりに答える。
「もてませんから。ちなみに妻子はいます」
「それは……おもてにならないほうが、奥様は心穏やかでいらっしゃいますね。良いことです」
ふふふ、と少女が屈託なく笑む。
二十人は座れそうな長テーブル席が連なるスペースの端。入り口に近い下座側。
採光窓付近ということもあり、彼女の周囲では光がきらきらと乱反射するように感じられた。
――食堂の、ほとんどの人間が注視していたわけだが。
「では、あちらは……空いてるかな? 参りましょうガザックさん。僕達でよろしければ、いくらでも」
少女の背に手を当て、隙のない物腰でレインが飾り窓の真下の席を指し示す。その辺りは厨房から最も遠く、ぽつんと取り残されたように誰もいなかった。
「お話が、あるのでは?」
レインのすばやい詰問口調に、ガザックの唇は苦笑めいた形になった。
まぁ、そうなんだけど……と、ぶつぶつこぼす。
「きみ、綺麗だけど可愛いげがないって言われない?」
「言われます」
ぬけぬけと、栗色の髪の少年は微笑んだ。
「……早馬が?」
「そう」
ざわざわ、カチャリ。
賑わいと食器の音を取り戻した食堂の隅で、四名は会話する。
手は止めない。立ち上がり、細長い卓上に置かれた大皿料理――大理石で漬け込んで独特の風味を醸したという豚肉を調理したものを、ガザックは手慣れた様子で切り分けて行く。
「使節団の到着は、早ければ明朝。遅くとも昼と。かれらには敷地内の迎賓館で休んでいただいて、翌日謁見に臨んでいただきます」
「でしょうね。それで?」
根菜のスープは鶏肉や骨でエキスを抽出したのか、澄んだ金色の照りがうつくしく、美味しそうな匂いが食欲をそそる。ほかほかと温かな湯気に、取り分けるレインの手元が見え隠れする。
カチャ、とカトラリーを配るエウルナリアの手が止まった。
「――私達に、何か先に通しておいてほしい議題でも?」
「流石ですね」
「それは。一応」
(ひととおり、学んでますので)との言葉は飲み込み、少女は腰を下ろした。
「……鷹の件ですか?」
「それもありますが。あ、まだ保留中なんですが。どの程度の国が、我々の技術を求めているのか具体的に知りたいですし」
誰からともなく、食事を始める。グランが大きな堅パンを千切り、ぽいっと口に放り込んだ。あっという間に咀嚼してしまう。傍らの薄めたワインを飲み干すと、しれっと本題に切り込んだ。
「まさかと思うけど。エルゥへの再度の婚姻申し込みとか? サングリードに関しちゃ、ディレイ王から直接の私財での喜捨ってことで、支部建設の話も本決まりって言うし」
「えぇ。エウルナリア嬢の件も、サングリードの件も仰る通りですが」
ふぅ……と。
気苦労の多そうな補佐官どのは、食事の進まぬ様子で吐息した。
『仰る通りなのかよ』という、グランの突っ込みは黙殺された。
「……先日の襲撃者は旧神殿および、人身売買を生業とするならず者の仕業と調べがついています。奴らは、王がレガートと誼を通じるのを良しとしない。何らかの妨害があると見ています。あれから捕縛に向かったのですが、容疑者が全員雲隠れしてまして」
「国際問題ですね?」
「頭が痛いことです」
ごくごく、真面目な様子でレインとガザックが視線を交わす。ガザックはグランに。それからエウルナリアにまなざしを移した。
「もちろん、我々も全力で警護いたしますが。くれぐれもご注意くださるよう、使節どのにお伝えください。貴女がたに何かあっては、せっかくここまで進んだウィズルの復興が、総崩れを起こしてしまう」
――――どうか、先の三点も併せて、と申し訳なさそうに目を伏せて、ガザックは目立たぬように頭を下げた。




