135 腹心会議
――協定を、と。
最初に提案したのは少年だった。
* * *
『貴方がたがエルゥ様を自国の妃に。つまりディレイ王の伴侶に、と望む気持ちはよくわかります。我が主は非常にすばらしい女性なので』
すらすら、すらすら。
真顔で息をするように主を誉め称えるかれは、微笑ましいほどの一途さだった。
(まさに従者の鑑だな)
つい頬が緩む。誤魔化すようにヨシュアはにこり、と笑んだ。
『わかってくれて嬉しいよレイン君。陛下は昔から好みにうるさくてね。戯れの恋すらなさらない。
娼館にはたまに行かれるけど、大陸会議のあとは自室に女性を連れ込まなくなった。きみのご主人に関しては保証してもいい。かなり本気なんだと思う』
『いや、その……今回は、結果として素性を伏せた僕達が先に招かれていただけで』
決して、連れ込まれたわけでは。
顔を赤らめ、わずかに視線を逸らせる美少年に、今度はかれの正面に座るガザックが優しく畳み掛けた。
『そうだね。今回のお二人の邂逅にはいくつもの偶然がかさなった。もともと招くつもりはあったにせよ、エウルナリア嬢を迎えてからの陛下の変貌は喜ばしいことばかりだ。是非、我らが王妃として大々的にお迎えしたい』
『いや、ですからっ……! 早まらないでください。貴方がたは、エルゥ様の意思は確認されたんですか? ディレイ王は何と?』
『……』
『してないね。陛下も一々細かいことは仰らない。でも、それが?』
丁々発止の腹心会議。
王の寝室、続きの間。
扉の向こう側では、今も昏睡中のディレイとエウルナリアが二人きりだ。
(……こんなこと、悠長に話してる場合じゃないのに!)
レインは内心、ぎりりと歯噛みした。もちろん表面上では、ほんの少し眉をひそめただけ。
これ以上、外堀を埋められたくはない。
手段を選ばぬかれらのことだ。やり口としては強引な既成事実や、先走った婚約発表も考えられる。それだけは何としても避けたかった。
――よって、重々しく口をひらく。
『協定を、結びましょう。双方に益はあります。それぞれの主に忠実に仕える者として。
一つ、決して横やりは入れない。
二つ、唆しや、妙な根回しはしない。
三つ、媚薬はなし。
特に最後のは徹底していただきたい。代わりに』
レインは一旦言葉を区切った。視線を落とし、細く息を吐いている。
波立つ気持ちを必死に抑えているのだろう。膝に置いた拳を固く、ぎゅっと握り直している。やがて意を決したのか、硬質な色合いのまなざしを前へと向けた。
『今夜は。今夜だけは、何があろうと文句は言いません。主が貴方がたの王を一晩看たいと言うのなら、極力不干渉を貫きます。僕もグランも』
『なるほど……道理はあるね。でも、我々の見返りは一夜限りの機会だけ? ちょっと見合わないな』
『だけ、と言われても。心外ですね、充分でしょう。条件を飲んでいただけないのなら、主を連れて帰国します。そろそろ到着するはずの自国の使者殿の言葉なら、エルゥ様も従わざるを得ない。僕は、そういう働きかけが得意なので』
『あぁ、うん。そうなると、陛下も戦へと傾くな……』
ふむふむ、と伸びてしまった無精髭を撫でつつガザックは呟いた。――そういうことなら。
王の腹心二人は、ちらりと目配せし合った。了承の合図だ。
とりあえず王の容態次第ではあるものの、彼女の滞在中、連れの少年らに大人しくなってもらえるなら、それはそれで有りがたかった。
今後のウィズルの展望と、王自身の幸福のために。
ディレイには何としても彼女を口説き落としてもらいたい。出来れば穏便に――戦略ではなく、真心と手練手管をもって。
『では。協定成立ということで』
ガザックとヨシュアは立ち上がり、それぞれレインと握手を交わした。場は、一見したところ和やかにまとまっている。
ほとほとと扉が叩かれ、赤髪の少年がマリオと入れ違いに「戻った」と告げに来たのは、そんなときだった。




