121 視察※
その石切場は、ウィラークの街を出て馬車で小一時間。街の北部に連なる山脈の裾野に突如として現れた。
「う、わ……」
あんぐりと口を開けて見入る客人三名を、ディレイとガザックが振り返る。
「足元に気を付けろ。急な段差が多い」
「あ、はい」
ディレイからの注意を受けて、エウルナリアはぼんやりと返事をした。
レインが手を差し出してくれたので、躊躇なく右手を重ねる。どう見ても奇跡のように真っ白な石塊が、極小の礫から拳大ほどのものまで、ごろごろと転がっている。地面も白。赤っぽい土の色はほんのわずか。
見渡す。見上げる。それは人工的に削られた段々畑のようだった。
広大な窪地。その段の途中に佇んでいる。
現在、主に削り取られているのは更なる奥地。山の中腹らしい。
「しかし――つくづく変わった女だな? うちの特産に興味があるにしても、城下の有名どころや工房なんかに案内をせがまれると思ったんだが」
「一度、見てみたかったんです。ウィズルの白大理石を切り出すところ。レガートの皇宮や主だった建築のすべては、ここから運ばれたと教わったので」
「あぁ……初代皇帝か。レガティアの都市建設は二代皇帝の治世がもっとも盛んだったらしいな」
「ご存じだったのですか?」
傍らを、巨石を積んだ荷車を曳く牛が何頭も通りすぎる。小山のような真四角の石の上に人夫らが座り、一仕事終えたあとの休息を兼ねていた。
誰もこちらに注意を払わない。完全なる無通達での視察だ。一行は目深に外套を被り、顔を隠している。よくある買い付けの商人か――と見なされているようだった。
外套は揃いの灰色。
衣服は今朝、『どこが見たい?』と問われたので『石切場を』と答えると即座に用意された一式を身に付けている。
動きやすい庶民的なリネンのシャツ、紺色の毛織物のチュニック、細身の生成り色のズボン、膝下までの黒い編み上げブーツ。驚くべきことに寸法がぴったりだった。
着替え終わって、城の前で待ち合わせた際の騒動はひどいものだったが。
『よく、私の寸法がわかりましたね……?』
『脚も腰も、胸も一通り触ったからな。靴を脱がせたのも俺だし』
『!!』
――と。
赤面する姫君と、しれっとする王の会話をグランとレインが聞き逃すはずもなく今に至る。
つまり、完全無表情かつ無言の二人に挟まれた状態。
(きつい……)
およそ、みずからの不用心が招いた事態であり、幸いにも行為に及ばれたわけじゃない。誓ってそれ以上はなかった、と訴えても出来上がった氷の壁はなかなか融けなかった。
ちら、と右側の少年の横顔を窺う。
視線は前方と足元に向けられ、言葉をかけられることもない。
ため息とともに、エウルナリアも歩くことに専念した。
ディレイが用意した服は、言ってみれば男物――小柄な少年用だ。動きやすさの面から言えばこの上なく快適だった。
* * *
ボウッ……と、ランタンに灯りが点る。
あちこちで松明が焚かれているが、石が切り出された空間すべてを照らすには心許ない。
一体、どれほどの時間をかけて削り出されたのか。ところどころにマーブル模様の浮かぶ岩肌の巨大空洞が、延々奥へと続いている。
想像をはるかに越える労力と年月を偲び、しばし途方に暮れた。
ガザックがランタンを手に一行を先導し、ディレイ、エウルナリア、レイン、グランと続く。
『――貸せ。不慣れな者には無理だ』
と。エウルナリアの手は現在ディレイに委ねられている。
たしかに危うげない足運びだった。要所要所で声もかけてくれるし、石の品質や種類に関しても尋ねれば教えてくれる。
自分の迂闊さのせいとはいえ、レガートから同行してくれた二人に対して悲しく、冷えてゆく気持ちと、以前ほどは目の前の男を怖く思えないことに戸惑った。
その、戸惑いのままに話しかける。昨夜途中だったことに関して。
「ディレイ。私、あれから東を廻りました。草原も砂漠も、貴方の思い通りにはならない。
海向こうの介入も当初から想定済みです。南海のジュード陛下は、すでに備えておいでだわ。アルトナも。元から警戒していたと」
「ほう」
まるで、それこそ予想通りと言わんばかりに相槌を打つ。余裕の根拠がわからず、不可解さが募った。
「侵攻は失敗すると思いません?」
「はて。どうかな」
「ディレイ……!」
詰め寄り、至近距離から高い位置にある顔を覗き込むと、とつぜん腰に手を回されてぴたりと抱き寄せられた。
足元でカララ……と、小石の崩れる音がする。見ると、そこだけぽっかりと穴が空いていた。どうやら落ちそうになっていたらしい。
「! どうも……すみません」
「構わん。場所によってはそういう穴があちこちにある。お前らも気を付けろ。助けんぞ」
「……言われずとも」
レインが不機嫌に答える。グランは声も発しない。険悪、ここに極まれりだった。
(どうしよう……)
何度めかの嘆息。その愁えた表情を無言で見下ろし、ディレイはつかの間、何かの考えに耽るように目を細めた。




