119 寝台の上で。穏和な話し合いを(前)※
どうしよう。どうしよう、どうして――?
頭のなかを疑問符が埋め尽くす。四肢はまだ重い。押さえられずとも、そんなに機敏には動かせない気がした。
……ハッ、と気づく。
「お茶……私しか飲んでませんでしたよね。何か入ってました?」
ディレイの表情が少し曇った。「どうも、そうらしいな」と珍しく歯切れが悪い。黙って更なる釈明を視線で求めると、ほどなく話し始めた。甚だ不本意、と顔に書いてある。据わったまなざしが少々怖い。
「……気を、利かされたらしい。女官どもに。俺が懸想する相手だとヨシュアがほくほくの体で触れ回ったらしくてな」
(ヨシュア、さんっ……!!)
自然と、とばっちりで目の前のディレイを見つめるまなざしが冷えに冷えきった。
「一服盛らせてしまったことに関しては、すまん」
「まったくです……ご無体はなさらないと、約してくださったのではないんですか」
「? 一応、加減はしたつもりだが? ……反応から察するに、もう少し攻めても良さそうだ。試してみるか」
「!! いえ、結構です!」
「だろうな。残念だ」
言葉とは裏腹に、ちっとも残念そうに見えない笑顔が近づく。避けようもなくエウルナリアは頤に指をかけられ、再び深く口づけられた。衣装が捲られたままで脚が剥き出しなのも気になる。おそらく、見た目からしてとても危うい。
(っ……も、やだ。このひと……、なんで話を聞いてくれないの……!?)
眉根を寄せ、きつく瞼を閉じると目尻に涙が浮かんだ。
潤む青い瞳が真っ直ぐにディレイを捉えたが、かえって逆効果のようだった。
「……や。いや……です。お願い、ディレイ王っ……!」
「ディレイと」
「?」
つかの間、自由となった肺に空気を送りつつ、喘ぎながら見つめると恐ろしいまでに艶やかに微笑まれた。
「名を。敬称も尊称も要らん。お前にはそのままで呼ばれたい。――ずっと。意地でも呼ばんと言うなら、このまま続けるが」
「! わ、分かりましたから! 『ディレイ』っ!!」
自棄になり、早々に名を呼ぶと途端に嬉しそうに口許を綻ばせた。「よし」と、謎の上機嫌でさっさと身を離す。
(?? わけが、わかんない……)
気合いで身体を起こすと、くらりと眼裡に星が散った。目眩だ。
そのまま瞑目し、ディレイの胸元に倒れ込んでしまう。
つややかな黒髪が動きに沿って流れる。ディレイは当たり前のように異国の歌姫を抱き止めた。
「すみま、せん。自由が……きかなくて。ぼうっとします。まだ」
悔しいが事実をありのまま告げる。
そう、それに。
エウルナリアは苦心して顔を上げた。肩を抱くディレイの腕に遠慮なく凭れ、こと、と側頭部をかれの鎖骨の辺りに預ける。
これだけで息があがる。無理に動こうとすれば手足が震える。不覚にも安定感が半端ないのが、余計に口惜しさに拍車をかけた。
「なぜ……来たんです? わざわざ、襲いに来たわけじゃないんでしょう?」
ディレイは一瞬目を丸くし、瞳をすがめた。
やたらと優しい仕草で細い肩を抱き、少女が倒れぬよう密着して支え直す。
大人の自制心というやつだろうか。先ほどとは打って違い、手を出す気配がない。エウルナリアは、じっ……とかれの顔を覗き込み、「ディレイ」と付け加えた。
「ん」
「本当は、答えは出ているのでしょう? なぜ私達を足止めしました。ひょっとして――もう、海向こうの国と何かしらの約束を交わしましたか? そもそも私がいれば、他のどこも攻めないと貴方は仰った。ならば……本当は、どこも滅ぼす必要はないのでは?」
今度は、こちらの番。
懸命に頭のなかの紗を払い、エウルナリアは囁くように切り込んだ。




