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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(一)

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117/244

117 会談(中)

「なんと……見違えましたが。レガートのエウルナリア嬢ですか? まさか」


「えぇ。ご無沙汰しております書記官様。申し訳ありません、どうしても、貴方の王に一言申しあげたくて」


 カチャ、と眼前に置かれた茶器を一礼して手にとる。変わった水色(すいしょく)だった。

 少し赤の色味がつよい。顔を寄せると独特な、甘い何かの実と爽やかなハーブの香りがした。

 両の指先で支えるように器を持つと、温もりが手のひらを通して身体に(つた)う。思わず、ほぅ……、と吐息した。

 残念ながら熱くてまだ飲めない。香りだけを味わい、伏し目がちにコトリ、と卓の受け皿へと戻した。


 顔を上げる。

 にこりともしない真剣なまなざし。

 話しかけてくれた右側の書記官ではなく、やや左側――砂色の髪の男ディレイを一心に。恋うように見つめた。



「――――忍んで、参りました」


「「…………」」

「!? あっ……つぅ! (あつ)っ!??」


「身に余る光栄だな姫。実に喜ばしい。期日の前倒しで、しかも自分から来てくれたのだ。――……期待しても、良いのだろう?」


「陛下が一体何を期待して、何を進めておいでなのか。こちらも聞きとうございますわ」


 足を組み、斜に構えてにこやかに笑む王。

 ふふ、とつられたように微笑を湛える姫君。

 苦い顔で押し黙る二人の少年。

 楚々とした姫君の思いがけぬ大胆発言に度肝を抜かされ、あわや火傷を負いそうになった哀れな書記官。


 不可視の刃を机上で交わすのは、笑顔で向き合う王と姫なのだと一目瞭然だった。





「――で、希望的観測はさておき。お前が相も変わらず、折れるつもりは更々ないことは理解した。では、何をしに来た?」


「もちろん、貴方を止めに」


 成り行き上『婚約したい』とレインを紹介した手前、話は早い。エウルナリアは背筋を伸ばし、凛とした声音で宣言する。

 ディレイは、ふ、と微笑(わら)った。


「言ったろう? 国ごと盗ると。無駄なことだ。あぁ、だが――」


 ちら、とレインに視線を流す。


「救国の策、と先ほどその者が言ったな。興味はある。バード楽士伯……誉れ高き“レガートの歌長(うたおさ)”からの提言か。何と言っていた? ()()()


(また、変なあだ名付けてる……)

 自分の悪癖を棚に上げ、エウルナリアは非常に奇妙なものを見るように危険な青年王を眺めた。

 当のレインは気にした様子もなく、しれっと告げる。


「『無いものは融通せよ』――レガートの格言です。我が国は、無い物のほうが多いので」


「だろうな。それで?」


「貴国に、資源がもうほとんど無いのは調べがついています。地盤の弱い箇所を無理に採掘して崩落事故が相次ぎ、亡くなる者が多いと聞きました。それでも危険を省みず無許可で掘る者があとを絶たないとも。

 ……さて。決して融通できぬものに『民の命』があります。陛下とて、いたずらに失いたくはないでしょう。欲しいのは主に食料。それにサングリードの救護力ですね。加えて――前勢力。旧王族は絶やせても、多神教の高位神官はそこそこ残っているのでしょう?」


「――……呆れたな。よく調べている。流石、と言うべきか」


「お褒めの言葉、ありがたく。然るに、今こそ貴国が独自に保有する『鷹便』の技術を各国に提供しては、と言付かりました。……我が歌長より」


 突きつける怒濤の奔流。逃げ場を断つ物言い。まさにアルム直伝の話術にエウルナリアも圧倒される。


 きらり、と光る刃のように。

 レインの瞳はひととき、(つよ)くきらめいた。

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