112 ウィズルの主従
「――薬。俺に?」
「えぇ。常備薬と申しますか。滞在先で毒を盛られることもまだ考えられるでしょう」
「なくはないな」
「……」
困った。
あくまで冗談のつもりだったのに、あっさりと肯定されてしまった。砂色の髪の青年の顔つきはごくごく真面目で、嘘偽りない本音のようだ。
あまりに想定外な反応に、ヨシュアはつい口をつぐむ。
珍しく、今日は一日ディレイが都にいる。そのことは城内の誰もを活気づかせた。自分がその最たるものだという覚えも、僭越ながら勿論ある。
ヨシュアはこほん、と咳払いをし、できるだけ明るい声を心がけた。
「えぇと。今日は公式市場で薬市をひらきに来たサングリードの一団を見つけたんですが。手際のよさそうな見習い薬師殿を三名ほどお借りして来ました。うちの薬室の在庫確認もそろそろ必要でしたし。補充目録を作ってもらおうかと」
「まめだなお前。相変わらず」
「お褒めに預かり光栄です」
クスクスと笑う内侍官に、ディレイも口許をほころばせる。
「で? 俺もついでに診察を受けろと? 必要ない。どこも悪くないし時間の無駄だ」
「うーん…………陛下には、診察というより少々気分転換をしていただきたく。少年二人に少女が一人。レガートの出身らしいです。三人組の年若い聖職者なんですが」
ぴく、とディレイの書類をしたためる手が止まり、眉于がわずかに上がった。そっと、羽ペンをインク壺に戻す。
「……レガート?」
えぇ、と頷き、ヨシュアは手元の作業を続ける。
午後の執務の合間に――と、みずから焼き菓子と紅茶を持参しての世間話だ。
やや上辺の飲み口が広がった優雅なデザインの茶器に砂時計できっかり四分。茶葉を蒸らしたポットを傾け、しずかに注ぐ。
オレンジがかった茶褐色。その澄んだ水色の面からは、けぶる霧のような湯気が漂った。香りが良い。
(――こいつ、女なら本当に嫁にくれという輩が引く手あまたなのにな……)
こればっかりは、本人も気にしていそうなので言うに言えない。ディレイは青年の細やかさを傷つける物言いを意図的に避けた。
器をとる。
ふ、と湯気を飛ばしながら一考。
「……つまり、面白そうな奴等なんだな?」
「御意」
「正直者め」
苦笑をこぼし、時計を見る。律儀なほどの午後三時。
やがて紅茶を飲み干し、答えた。
「いいだろう。執務内容を変更する。本日はこれより散歩がてらの城内視察だ。薬室は……北棟だったな。そいつらはその場に留め置くように」
「は」
恭しく礼をとる内侍の青年の頭を、ディレイはわざと、くしゃりと撫でた。




