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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 帰還

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101/244

101 歌姫に捧げる剣と盾(前)

 久しぶりに会ったエウルナリアは、休学の旨を伝えたあの日から何も変わらないように見えて、その実とても変わっていた。


 瞳の青さも揺れる黒髪も。精霊のような存在感も(たえ)なる声音も何も変わらない。ただ、たおやかさの向こう側、スッと通る真芯に(つよ)さのようなものが透けて見える。


 ――何か。

 とても重大な出来事があったのではないかと察せられた。可憐なだけではない、歌姫の変貌を。

 それは、隣に立つ従者の少年から滲む秘められた(つよ)さにも言えた。

 変わらず性差のわかりにくい容貌。しかし、灰色の瞳に宿る光の鋭さに、思わず目が引き付けられる。


 レガートに夏の嵐が本格的に訪れる前に東へと発ち、目的を遂げたかれらが帰国したのは九月の半ばすぎ。二週間ほど前だ。

 明日から十月。

 例の、ウィズル建国祭は(きた)る十一月初旬。使者の道行きを考えれば今週中に“答え”を出さねばならない。


 すなわち折れるか。はね退()けるか。


 (はね退ける、一択だろ)

 瞳をすがめ、じっと少女を眺める。

 ……微笑んでいる。


 一切の気負いなく自然体らしいエウルナリアに、グランはだからこそ、一つの覚悟を決めた。


 ごく静かに切り出す。声のトーンを落として。

 そうすると、思いのほか低音に掠れが混じり、予想だにしなかったあやうい色彩(いろ)を空気にまとわせた。


「――で? 聞かせてくれよ。俺の昇進を待つ間にできたこと。北と東と南はどんな感じ? 俺の、使い道はある??」


 エウルナリアの物理的な盾となり、剣となる。その見せ場はあるのかと直線的(ストレート)に、グランは問うた。




   *   *   *




 (変わらない……けど、やっぱり変わったかな)

 しみじみと、相対する赤髪の幼馴染みを見つめる。


 夏期休暇の間に戻っては来れなかったが、この際一番の成果は無事に帰れたこと。そして各国の為政者と直接(よしみ)を通じられたことだった。


 “使い道”と述べた。その徹底した立ち位置への自負に、エウルナリアはほんのりと頬を緩める。

 繊細で、ずっと進む道への迷いに苛まれていたのだろうグラン。惜しいことに音楽への道では独奏者(ソリスト)にまで中々至れず。

 想いも。決して返すことはできないと、はっきりと伝えてしまった。

 大切で、大事なひと。


 ――どんな形でもいい。かれが、かれらしく道を見いだせたならこれ以上嬉しいことはない。

 自分も責任をもって在り続けようと思う。


 揺るがず。返せずとも、親愛とともに受け止められるように。かれが望む限り、居場所となれるように。



「そうだね……どこから話そうか。まずは北。白夜(びゃくや)は大丈夫」


「ユシッド様が行ったんだろ?」


 それまで足を組み、背を(もた)れさせていたグランが機敏に身を乗り出した。

 ぐ、と近くなる声音にエウルナリアもつられて若干前傾となる。声をひそめた。

 ――確かに、あまり大っぴらに話せることでもない。


 少女はちらりと従者である恋人を見上げた。

 こくり、と僅かに頷いたレインが素早い足運びで扉へと歩み去る。未婚の令嬢と騎士を二人っきりにするわけにもいかないので、通路側の気配を察知できるよう、ダークブラウンの一枚扉を背に再び不動の姿勢となった。


 (相っ変わらず通じ合ってんな。この主従……)


 グランの諦めはもはや悟りの境地に近い。

 今このとき、最も必要なことを瞬時のやり取りで実行に移せる二人の絆に素直に舌を巻く。

 とはいえ、心の呟きが皮肉っぽくなるのはもうどうしようもない。感心の裏返しでもあった。


 そうとも知らず、誠実一色の青の双眸に光を置いたエウルナリアは淡々と報告を続ける。


「うん。元々レガート(うち)のご贔屓筋の王家だし、皇妃様のお父君はご高齢でもお元気で現役。広い国土を盤石に治めていらっしゃるわ。留学中の第一皇子殿下にもすべてお話しくださったみたい」


「へぇ……ま、そうだよな。動いてくださるって?」


「えぇ。――実は、ノエル(第一皇子)殿下は、幼いときからロゼルと文通なさってたのですって」


「!! へ、まじで……?! あ。いや、キーラ家の……跡取りだもんなあいつ。なくはないんだけど。じゃ、今回のゴタゴタはもう伝わってたってこと?」


「そう。あらかた。ユシッド様も驚いておられたわ。『意外なところで、強い面々が繋がっていたと発覚しまして』って。笑っておいでだった」


 くすくす、と第二皇子でもある気心知れた司祭の君を思い出し、表情を和ませるエウルナリア。

 これにはなぜか、ちょっとばかり唇を尖らせてしまうグランだった。


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