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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
プロローグ

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1 宴のはじまり

~初めましての方へ~


 こちらは、シリーズ最初の作品『楽士伯の姫君は、歌わずにいられない』https://book1.adouzi.eu.org/n5817ff/

 の、完結直後からのお話。つまり続篇となっております。

 が、本篇未読の方でも大丈夫なようです。


 主人公が10~16歳▶本篇(全年齢対象)

 主人公が16歳~▶続篇(R15)


 拙い作品ですが、しばらく試し読みなどしていただけると幸いです。


 ワアァァァ……と、厚みのある大きな樫の木の扉越しに轟く歓声が聞こえる。オーケストラの演奏が終わった合図だ。


 扉はまだ開けない。

 先ほどようやく積年の想いが報われた栗色の髪の従者は、周囲に余人がいないことを素早く確認すると、そっと主の耳元に顔を寄せた。


「……ではエルゥ。またあとで」


 大好きな少年から、囁き声で愛称をそのまま呼ばれた黒髪の少女は、クスクスと若干くすぐったそうに、嬉しそうに頷いた。


「ん、いってらっしゃい。レインはもうしばらく、弾きっぱなしかな? がんばって」


 ことあとは、ダンスと晩餐を兼ねた国家の代表らの、懇親のための宴のはず。皇国楽士団はその(かん)ずっと演奏を余儀なくされる。それは、本分なのだけど――


 エウルナリアは、ほんの少し眉尻を下げた。

 レインは、にこりと微笑む。


「はい。僕は弾きっぱなしは平気です。エルゥ様と離れるほうが、いやですけど……がんばって来ますね」


「! え……あ、……はい…」


 内心を言い当てられたようで、動揺した少女は目を泳がせつつ、敬語になった。

 レインはそんな彼女にほんのりと温かい眼差しを向けてから、キィ、と僅かに軋む音とともに扉を開ける。


 (たちま)ち、会場から漏れる光と華やかな空気。やまぬ歓声と大きな拍手が耳を打つ。礼を返すのは、指揮をしていたアルム、それにフルートの女性独奏者(ソリスト)


 会場は色とりどりの衣装に身を包んだ各国の代表らに溢れ、しかし整然としている。

 ホールの最奥を楽士団、中央は広く開けて、聴客であるかれらは周辺に配置された卓の椅子に腰かけているからだろう。今は総勢、立ち上がっての(スタンディング)拍手(オベーション)の真っ最中だが。


 たくさんの蜜蝋の、あたたかな灯り。壁と天井を等間隔に飾る、銀の燭台とクリスタルのシャンデリア。

 ――ここは、楽士達の仕事場であり戦場だ。

 同時に楽しい、心躍る時間を得られる場所でもある。


 そして、拍手も少し収まった頃……


 ゆるやかに流れてきた舞踏のワルツに、人びとはさざめきながらホール中央へと流れ始めた。

 レインはホールの端を、左から遠回りで演奏席のグランドピアノまで戻ってゆく。エウルナリアは――――


「姫、ここにいたか」


 ふと、思ったより近い場所から声をかけられた。

 耳に届いたのは、低く豊かなバリトン。大切な年の離れた友人でもある、かれの声を聴き間違うはずがない。少女は、ぱあぁ……っ! と顔を喜色で輝かせた。青い瞳に光が宿る。


「ジュード様!」


 人垣のなかに、プラチナ色の髪が頭ひとつ突き抜けて()ぐに見つかる。少女はドレスの裾を踏まぬよう、品位を崩さぬ程度に、大理石の床を滑るように駆け寄った。


 うつくしい、妖精の王女さながらのエウルナリア。


 そんな彼女が、最も輝くのは心のままに振る舞うときと知る南国の王は、ふっと満足そうな笑みを口許に浮かべる。


「嬉しそうだな。私に会えて……と、言いたいところだが、違うか。

 まずは初舞台の成功おめでとう、姫。そろそろ、惚れ直してくれてもいいんだぞ?」


 差し出されたのは、大きな左手。

 エウルナリアはみずからの右手を重ねる――ダンスのために、と解釈して。


「ふふっ……! とっくに大好きですわ、ジュード様。さ、折角ですもの。踊ってくださいますね?」


 小首を傾げる黒髪の歌姫は、柔らかな笑顔のなかにも凛とした意思を、ちらりと覗かせる。それが心強くも、未だ残念とも感じさせるのだが……


 南の大国セフュラの王は内心をおくびにも出さず、すべてを蟲惑的な笑みに封じた。深い紫の眼差しで、じっと成人となった少女を見つめる。


「喜んで。――しかし姫、誘う側が逆だ」


 大陸中の賓客がひしめくホールの片隅で、銀のチャイムが風に揺れて鳴るような笑い声が、木漏れ日のようにきらきらと響いた。


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