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『血浴の即位式』 急



 宮廷にて即位式が行われている頃、帝都には不穏な空気が流れていた。突如行われた全城門の封鎖。普段は賑わう『黒の広場』ですら、その日は静まり返っていた。


 まるで嵐の前の静けさ。そんな中、最初の異変は西方派教会の総本山とも言うべき大聖堂で起こった。


 聖一教西方派の本拠地とも言うべき大聖堂は、帝都建設と同時期に造られたもので、『黒の広場』に面する形で建っている。

 この日も、熱心な信者たちが礼拝に訪れていた。ところが突然、聖一教の聖職者『枢導卿』やさらに高位の『導輔』らが現れ、彼らは大聖堂から追い出されてしまった。

 それからしばらくして、この大聖堂の中から悲鳴や怒号が漏れ聞こえると、市民らは何か尋常ではないことが起きているのだと察した。それはちょうど、宮廷で即位式が始まった時刻であった。



 それからも沈黙は続いた。帝都の城門は堅く閉ざされ、普段は行き来できる旧市街(本来の『カーディナル』)と新市街(旧『セイディー市』や『ドゥデ市』)も封鎖されていた。しかし正午を過ぎてしばらく経った頃、突如新市街から100名ほどの市民が警備隊に護衛され、黒の広場へと連れて来られたのだ。


 さらに新たに即位した皇帝陛下が、大聖堂に姿を現すとの報せが伝えられた。そして、拝謁を望むものは広場へ集まるようにも伝えられた。

 この時には既に、宮廷での異変も市民らは察知しており、何か政変があったことは予想できていた。しかしそれがどのような物だったのか、それどころか即位した皇帝が誰なのかさえ知らされていなかった。もしや幼い皇帝は廃され、ラウル公かアキカール公のどちらかが即位したのでは、という噂すら流れた。


 多くの市民が、真実を知るべく広場へと詰めかけた。

 そして警備隊や近衛による厳重な警備の中、遂に皇帝の馬車は現れたのだった。


 その日、記録上では初めてカーマインが帝都市民に向け言葉を発した。この幼い皇帝の即位は、帝都市民に衝撃と歓喜を以て迎え入れられる。



***



「我が親愛なる帝都市民よ」

 皇帝専用の馬車……その守りは要塞に匹敵するとも言われる馬車から降りた人物は、まだ少年にしか見えなかった。彼は大聖堂へと入ると、すぐにバルコニーへと現れ、広場に集まった群衆に向け語り掛けた。


「余の愛する帝国の民よ。我が名はカーマイン・ドゥ・ラ・ガーデ=ブングダルト。ブングダルト帝国、第8代皇帝である」

 それは幼さの残る、子供の声だった。だからこそだろう。その少年特有の少し高い声は、黒の広場によく響き渡った。


「迫りくるワルン公の軍勢に、諸君らは不安な日々を送ったと思う。しかし、諸君らはもうこれを恐れる必要は無い。何故なら、彼らは反乱軍ではないからだ」

 多くの市民にとって、建国記念式典のパレード以来の姿であった。あの頃と比べると成長した少年は、どこか皇帝らしい威厳を纏っていた。


「余は皇帝として宣言する。ワルン公は反逆者に非ず。真の反逆者はラウル公カール、並びにアキカール公フィリップの両名である」


 広場に集まった民衆に、衝撃が走った。これまで政治の実権を握っていた宰相と式部卿を、皇帝本人が名指しで「反逆者」と言いのけたのだ。

 騒めく市民たち。彼らに向け皇帝は、それまでの語り掛ける口調から一転、力強く言葉を発していった。


「諸君! 我が祖父にして先代皇帝エドワード4世は、諸君らを愛していた。帝国を愛し、慈しみ、そして国土の守護者たらんと戦っていた。これは我が父、前皇太子ジャンも同じである。我が父が諸君らを守る為、自ら剣を取り戦場へ赴いたことは、諸君らもよく知ることである」


 前皇太子ジャンは、帝都の市民から熱狂的な支持を受けていた。自ら戦場に赴き、そして勝利を収める姿は正しく英雄であった。

「しかし父は……諸君らを守るべく戦った皇太子は殺された」

 英雄の死に、帝都の市民は深く悲しんだ。あの悲劇から、まだ十年ほどしか経っていない。それは彼らに、未だ印象深く根づいている出来事であった。


「それは敵国にか? ……否。否だ、諸君。勇敢なる皇太子を殺めたのは敵軍に非ず。他でも無い、ラウル公カールである!!」

 喧騒に包まれる広場。しかし臆することなく、皇帝は言葉を続けた。


「そしてその悲しみの最中! 先代皇帝を殺め、帝国を支配せんと欲した者がいる。そう、アキカール公フィリップである!!」

 もはや群衆の声で広場は埋め尽くされた。それでも皇帝は声高に叫んだ。

「彼の売国奴共は私欲の為に皇帝、皇太子を殺めた! そして己が利益の為に国土を売り渡し、諸君らの同胞を見殺しにし、そして帝国の政治を不当に専横した! 国を乱し、諸君らから不当に税を徴収した!!」


 怒り。それは人の、原初的な感情である。それは単純であるが故に、百の理屈よりも分かりやすい。

 英雄の暗殺に激怒した者、自身の貧しさを顧みて私欲を満たした為政者に怒りを覚えた者、他国に割譲された領民の無念を知る者、専横に対し義憤に駆られた者。一人一人が抱いた怒りは、恐らく異なる物であっただろう。だがそれらは等しく「怒り」であった。

 今、広場に集まった民衆の気持ちは一つになっていた。


「そして奴らは余を殺め、簒奪せんと常に機を窺っていたのだ!! 許されざる専横! 許されざる簒奪! 許されざる大罪人である!」

 大衆の怒りの声が、広場に響き渡った。誰もが怒りの声を上げた。


「奴らの支配によりこの国は破壊された。帝国の尊厳は踏み躙られ、他国の侵攻に怯え、農民は貧困に喘いだ。それどころか我が親愛なる諸君を、余の愛する諸君らを嘲笑い、私欲の為に踏み躙った!!」

 悪だった。ラウル公、そしてアキカール公は、もはや許されざる悪となった。


 そこでカーマインは、広場に集まった市民たちをゆっくりと見回した。

 怒りに染まり、人の声など通らぬであろう広場を、皇帝は静かに見ていた。民衆の怒号に臆することなく、堂々とした少年の前に、やがて潮が引くように騒々しさは収まっていった。

 誰もが、皇帝の次の言葉に耳を傾けた。彼は一度目を瞑ると、カッと見開き、そして叫んだのだ。

「だが諸君、もうこの悪逆に耐える必要は無い。何故なら今日! 大罪人は倒れたのだ!!」


 皇帝の言葉と共に、大聖堂の前に二つの箱が並べられた。そして近衛が、そこから二つの首を取り出した。

「諸君らを守らんと戦った我が父を殺め、先代皇帝を暗殺した大罪人、ラウル公カール。そしてアキカール公フィリップ。この両名は余が……8代皇帝カーマインが! この手で粛清した!!」

 そう言ってカーマインは、剣を高らかに掲げた。


 二つの首も、剣についた血も、恐らく最前列に近い者にしか見えなかったであろう。だが広場に集まった誰もが理解した。悪は放逐されたのだ。それを為したのは目の前の少年……小さくも勇敢な皇帝、カーマイン。

「余は、勝利した! 悪の支配は終わったのだ!!」

 広場は歓喜の声で満ち溢れた。悪は打倒された。帝国を食い物にする奸臣はもういない。この国の未来は明るい。広場に集まった誰もがそう思った。


「親愛なる帝都の民よ! 8代皇帝カーマインが、偉大なる先祖の名を冠するこの帝都で、誇りある諸君らの前で宣言しよう!」

 皇帝を讃える声が、広場に響き渡った。

「帝国は、生まれ変わる! 余が、この国を再び大陸の支配者へと導こう! 必ずやこの国に、勝利をもたらさん!!」

 この皇帝なら実現してくれる。広場の民衆はそう思った。本来であれば不安を感じるであろう幼さも、まるで帝国の明るい未来の象徴だと思えば自然と喝采が湧いた。


「帝国に栄光あれ!!」


――帝国に栄光あれ!!


――皇帝陛下万歳!!


 広場はしばらくの間、熱狂に包まれた。



――我らが希望!! 我らが光!!


 あの日、カーマインが皇帝として生きようと決めた歓声。それは今、帝都中に響かんとしていた。



 それから数日、帝都の封鎖は続けられたが市民は驚く程に協力的であった。

 こうして帝都の新たな支配者は、市民から熱狂的に迎え入れられることになる。



 『血浴の即位式』……カーマインによる治世の始まりとなるこの事件は、市民に向けた演説も含めて語られることが多い。彼の治世の特徴は、幾度となく市民に向け演説を行ったことであろう。それは貴族の反発を生むことにはなったが、彼の治世の間、市民の反抗は一度として無かったという。



すみません。感想全てに目通せてません……次話までには必ず。

レビューありがとうございます! 本当に感謝です!

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― 新着の感想 ―
この『血浴の即位式』だけは何回も読みに来てしまいますわ。数あるWeb小説中でも指折りの爽快なシーンですね。
感動した!素晴らしい!
[良い点] 涙が止まらない。
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