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ワルン公との会談

短めです。



 ラウル公領の巡遊も順調に進んだ。特にやることも無かったってのが正しいが。


 その帰り、ラミテッド侯領にてワルン公との会談は執り行われた。



 やはりラウル公は軍人として名高いワルン公を警戒しているようだ。自領で、多くの宰相派貴族がいる場で、ようやくわずかな謁見を許可する程度なのだから。



 そう……彼らはワルン公を非常に警戒している。軍事力だけならラウル公に匹敵するとまで言われる歴戦の軍隊を抱えたワルン公を。だからこそ、普段警戒していたものに対しての注意が疎かになっていた。


 これはまぐれとも幸運とも言えるだろう。狙ってこの地を会談場所に設定したわけではない。決めたのは宰相だ。



 ここラミテッド侯領は現在、()()()占領されている領地である。本来の所有者は……ファビオ。


 何とも幸運なことに、ラミテッド侯家の生き残りである彼らを、このタイミングで潜り込ませることに成功したのだ。


 彼らには領内で潜伏してもらい、挙兵の準備をしてもらうこととする。丘陵の実地調査で扱き使った直後だが……頑張れ。



 そして俺は、謁見の為にゴテゴテとして派手な衣装を着せられ待機中。これもワルン公に対する『圧』なんだろう。

 実権握ったら絶対にこの正装は廃止する。何で服に金の装飾するんだよ。重すぎ。



「第八代皇帝、カーマイン・ドゥ・ラ・ガーデ=ブングダルト陛下のおな~り~」


 例の献上品はグァンデ草と呼ばれるものを乾燥させた「グァンダレオ」と呼ばれるものらしい。

 その煙を吸っているヘルク・ル・ディッフェを観察して知り得た症状……思考能力の極端な鈍化、そして無気力化。禁断症状としては唐突なイライラ。それも段々とでは無く、極端かついきなり来る。

 今回はその演技を徹底しようと思う。



「お久しぶりです陛下。リヒター・ドゥ・ヴァン=ワルンに御座います」


 幼い頃、ワルン公は何度かナディーヌを伴って顔を出していたが……その時は本当にご機嫌伺い程度の短い挨拶しかなかった。

 ほとんど帝都には寄り付かない典型的な武人。共に戦場に赴いた前皇太子(父上)を敬愛し、苦手な政治から自ら距離を取るような人物。


 そんな人が、貴族の人形と化した盟友の息子(皇帝)を見てどう思うか。それを見せつける。



「だれじゃ」

 焦点の定まらない目で椅子の背にもたれ掛かり、ぼーっとする。この巡遊を通して少しずつ()()させてきたこの姿、宰相たちは少しも不思議がらない。自分たちの『献上品』が効いていると思い込んでいるからな。


「……は。ワルン公爵を頂いております。娘が御迷惑をかけておりますようで、申し訳ございません」

 どうもワルン公は俺が不貞腐れていると思ったらしい。早いとこ気づいてくれないかな。


「ワルン公、陛下は長旅でお疲れなのです」

 宰相のそれはフォローのつもりか? 邪魔だなぁ。


「ラウル公……ならば何故今まで、我々の正式な申し入れを「あぁ、ワルン公か。久しいの」」



 その場は静まり返った。ワルン公の話をぶった切る、虚ろな様子の皇帝。誰だって違和感を覚えるだろう。



 ワルン公が大きく目を見開いた。気づいたな。


 根っからの武人であるワルン公にとって、皇帝は支えるべき主君だ。そんな彼にとって、今の俺の姿は許せないはず。



「……わかりました。陛下の御気分が優れないとあれば、また日を改めさせていただきます」


 ……あれ、引き下がった? 気づかないようなら禁断症状の演技をするつもりだったし、気づいたなら激昂するかと思ったんだが……まさか失敗した?


 ちらり、とヴォデッド宮中伯の方に目配せをする。しかし彼は首を小さく横に振った。


 後押し(フォロー)の必要が無いだと?

 ……つまりワルン公は駆け引きができないのではなく、好きではないだけだったということか。


「さぁ、陛下戻りましょう」

 宰相に連れられて部屋を出る。恐らくワルン公の狙い通り、宰相たちは油断している。


 これは期待できそうだ。



***



 少し政治の話をしよう。実は今、帝国国内で反乱が発生した場合、彼らは『帝国に対する反乱』にはなるが、『皇帝に対する反乱』とはならない。


 本来、皇帝は『即位の儀』を経て初めて皇帝として認められる。だが現在、政争のせいでこの『即位の儀』は未だに執り行われていない。本来行わなければならない儀式が、貴族たちの都合で行われていない。つまり、「皇帝権を不当に侵害している」というロジックが成り立つ。


 どういうことかと言うと、実は反乱軍にはある大義名分が成立する。『君側の奸を討つ』というやつだ。


 ちなみにテアーナベ連合の時は「独立」だったからそもそも大義名分とか必要ない。



 今回の目的はワルン公に挙兵を決意させること。「皇帝の為に宰相と式部卿を討つ」という大義名分が成立する以上、あとは本人が反乱を起こすかどうかの問題だった。


 成功するかどうかは俺にとって問題ではない。反乱さえ起これば良い。

 その時、宰相と式部卿はどうするか。この大義名分を成立させなくするために『即位の儀』を急ぎ執り行うだろう。同時に反乱軍に対応するため軍を送り、帝都は手薄になる。


 俺が狙っているのはそのタイミングだ。そこで貴族を粛清し、実権を掌握する。



 だからこの謁見で、ワルン公には反乱を決意してもらう必要があった。


 何故ワルン公なのかと言えば、ちゃんと理由がある。実のところ、反乱を起こしてもらうならワルン公だと初めから狙っていたからな。

 まず、ワルン公の軍事力。宰相らが警戒するワルン軍であれば、反乱が発生した際、宰相たちも全力で対応せざるを得なくなる。

 次に地理的な要因。帝都カーディナルはブングダルト帝国のほぼ中央に位置する訳だが……帝国南部にあるワルン公の領地、帝国西部にあるアキカール公の領地、そして帝国東部にあるラウル公の領地。これらの帝都との距離は、ほぼ一緒なのだ。


 遠過ぎず近過ぎず、俺が行動を起こす時間を稼げる距離にあるワルン公領は絶妙な位置にある。

 俺が帝都を掌握する前に帝都を占領されてしまえば、次はその帝都を占領した者の傀儡になってしまうかもしれないからな。



 だから今回の会談はかなり重要だった。何としてでも、ワルン公に挙兵を決意させなければならなかった。

 はじめはワルン公があっさり下がったのを見て、失敗したのかと焦ったが……ヴォデッド宮中伯の様子から察するに、どうも逆らしい。


 つまり、確実に反乱を成功させるために引き下がった。挙兵を決意したことを、宰相たちに悟られないように。


 歴戦の将軍であるワルン公にとって、その程度の腹芸は容易かったようだ。



 帝都に戻った後、何の動きも感じさせないまま年が明けた。宰相たちもワルン公のことを警戒してはいたようだが、人質になり得るナディーヌが未だに帝都に居るせいで、油断しているようだ。


 だが俺は知っている。ナディーヌがどこか落ち着かないようであることを。


 間違いなく、ワルン公は動く。



 歴史が動くまで、あと少し。



読んで頂きありがとうございます。

ブックマーク登録、感想ありがとうございます。励みになります。


一先ずこの章はここで区切りとします。本当はこの章で消費したかった話が、諸々の都合で次章に行きそうなので……次章は間違いなく長くなります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話の作り込みと文章がとてもおもしろく今一番好きな作品です。 [気になる点] 話しがながすぎる、。。。。 このままだと絶対エタると思うので、 頑張って下さい。 [一言] 期待してます!
[一言] どうしてもワルン公を「ワン公」に空目してしまうw 人間の脳は目に入った文字列を知っている形に再構成して認識すようとするらしいけどさあ…
[良い点] ワクワクする。
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