突かなくても藪には蛇がいる。
つつかなくても、です。つくとも読めるから日本語って難しいネ
テアーナベ連合討伐軍、壊滅。
この一報に宮廷は混乱に包まれた。噂によると、三倍に近い兵を送って敗北したらしい。
そして諸侯は守りを固めるために、そのほとんどが自領へ帰っていった。おかげで俺に対する監視の目はより一層緩くなった。
だが派閥争いも緩くなったかと言えば、そんなことは無い。むしろ激化している。
今回の敗戦について、責任の押し付け合いが発生しているのだ。
ようは摂政とゲオルグ5世がうるさくなったということだな。正直どっちに責任があるとかどうでもいい。
とりあえず、双方の主張を総合すると、アキカールの軍勢が前線に着いた頃、ラウル軍は予定より遥か後方にいた。
そしてアキカール軍は急進してきた敵の攻撃を受け後退。この時アキカール軍は後退中であることをラウル軍に伝達しなかった。
そこで前進してきたラウル軍が急襲を受け、敗走。アキカール側の補給をちゃっかり略奪していく。
その後、再編したアキカール軍は再び襲撃され壊走。ついでに略奪で足が遅くなったラウル軍も追いつかれ壊滅。これが今遠征の大まかな流れだと思われる。
馬鹿じゃねぇの?
ちなみにラウル軍もアキカール軍も、主力は自領の守備に残し、傭兵ばかりの軍勢を派遣していたとのこと。
馬鹿じゃん。それで勝ってたならまだしも、主力温存して負けるとか……慢心して負けていいのは英雄だけです。
テアーナベ連合が帝国に逆侵攻する気配は無いそうだから、この件については今はどうしようもない。
問題は宮廷内の防諜状況について。
「私がヴォデッド宮中伯より報告するよう承っております」
いつもは直接報告に来る宮中伯だが、今日はティモナが報告するという。
ということは、どうやら宮中伯はティモナを「信用できる」と判断したようだ。
「うむ。頼む」
「はっ。まず宮廷内にいる他国の諜報員についてですが、こちらは前々から宮中伯も感づいてはいたようです。そして結論から申しますと……これを根絶することは不可能です」
ふむ、そんなに多いということかな。
だがティモナから、俺は衝撃の事実を聞くことになる。
「ラウル公はアプラーダ王国と、アキカール公はガーフル共和国と繋がっておりますので」
アプラーダ王国は帝国の南西に接している国で、俺が生まれる直前、帝国から広大な(宰相・式部卿の政敵の)土地を獲得した国家だ。そしてガーフル共和国……おいおい。マジの売国奴じゃねぇか。
もしかして、もう滅亡まで猶予無いか? 帝都を脱出してからの帝国再興となると、難易度が跳ね上がるぞ。
……ん? ちょっと待て。他国と繋がっている連中が、今回は共同して軍を起こした?
「つまり、今回の戦争にその二国は介入していない……?」
「はい。さらに言えば、テアーナベ連合に支援しているのはトミス=アシナクィのみです」
つまり、ラウル公もアキカール公も、そして周辺諸国も、帝国軍が勝つと考えていた戦争に負けた……?
「そして宮中伯からもう一つご報告が。例の侍女と繋がっていたのは『黄金羊』とのことです。ヴォデッド卿曰く『予想以上に【手】が伸びている』とのことです」
黄金羊商会……先帝時代、皇帝の『お抱え』だった連中。そして先帝死去後はあっさりと行方をくらまし……その代表、イレール・フェシュネールはテアーナベ連合挙兵の首謀者と見られている。
その商会が、ナディーヌの侍女と繋がっていただと? ナディーヌ……つまりワルン公爵家は帝国南部の貴族だ。だがテアーナベ連合は帝国北西にある。
なるほど。ヴォデッド宮中伯が見逃していたのも頷ける。普通は南部貴族なのだから、南部の国々と繋がっていると考えてしまう。情報と言うのは速度が大切だ。南部貴族とテアーナベ連合が繋がっている可能性は後回しにもなるだろう。
だがナディーヌは今、帝都に居るからな。テアーナベ連合の手が伸びていてもおかしくは……
いや、おかしいな。ワルン公爵(公爵家)の元に、俺の情報が歪めて届けられていたとしたら、それは帝国南部のワルン公領で起こっている。
「その侍女が『黄金羊』の人間・あるいは協力者なのか?」
「いえ。調査の結果、侍女自身は白。ただ、彼女が報告している『ワルン家の使い』が『黄金羊』の人間です」
「ふむ、その者の身辺調査は?」
「まだ完全には済んでいないようですが……ワルン公領で生まれ育ち、今も暮らす者だそうです」
だからこそ、繋がった「先」が黄金羊商会だとは思わなかった訳か……となると、黄金羊の諜報網は帝国中に伸びていることになるな。
帝国どころか、周辺諸国すら出し抜く商会ねぇ……いったいどこにそんな資金源が?
いやそもそもの疑問点として、何故一商会が国を独立させたかが気になる。独立から今回の帝国軍撃退まで、相当な金がかかっているはずだ。
だが商人とは金を稼ぐために動くものである。そう考えると、この商会は『テアーナベ連合独立』により、投入した資金を上回るだけの利益が得られると、確信していると見るのが自然だろう。
「宮中伯は『黄金羊』の目的などについて、何か言っていたか?」
「いえ、それについては。恐らくは調査中かと」
ううむ、困ったな。帝国中に罠が張られているなら、その行動原理くらいは解明しておきたいのだが。
それにしても、まだ「資本主義」の流れが生まれていないこの世界で、国家並みの大商会ねぇ……直接独立した訳ではないにしろ、よくやるよ。まるで東インド会社だな。
……あぁそうか。それだ。
「なぁ、『黄金羊』は海運系の商会なのか?」
「どうでしょう。ですがあのくらいの規模になると、間違いなくその部門も持ち合わせているかと。輸送は陸より海の方が速いので」
あーそっか。「鉄道」か「自動車」が出るまでは圧倒的に海の方が速いのか。それはこの世界の「常識」だな。ちゃんと適応しなければ。
「何か分かったのですか」
ティモナが顔に感情を浮かべずに聞いてくる。まぁ、宮中伯から合格貰ってるみたいだし、別にいいか。
「恐らく、『黄金羊』の資金源は『大陸間貿易』だ。そう考えれば色々と腑に落ちる」
そもそも、黄金羊商会は何故先帝時代に「お抱え」商人だったのか。そこには皇帝が「お抱え」にするだけの理由が存在するはずだ。黄金羊商会が異大陸と交易しているのであれば、この大陸にない商品を扱っているであろう。それは皇帝のお抱えになるのに十分すぎる理由だ。
船が使えるなら、ワルン公領に諜報員がいるのも納得だ。公領自体は海に面していないが、領内を流れている川は海に繋がっている。 ……ちなみにここ帝都も海に流れ出る川が通ってるよ。諜報の手は間違いなく伸びてるな。
そして何故テアーナベ連合を独立させたのか、という疑問の答えにもなる。異大陸……聖一教発祥の地でもあるこの大陸は、ここ『東方大陸』よりも西にある。
テアーナベ連合は帝国の北西部にある。当然、西に海を持つ。だがこれまで、帝国の『海』はアキカール公が牛耳っていた。
アキカール公が牛耳る海では、彼に介入されかねない。ただ港町一つを掌握した程度では、帝国に本気で来られると太刀打ち出来ない。だから自分の思い通りになる国を新たに作った。
それがテアーナベ連合の正体だ。あれはただの反乱軍ではない。世界規模の商会の一拠点だ。つまり、もし仮にテアーナベ連合を討伐し、再併合に成功したとしても、『黄金羊商会』が存続する限り第二第三のテアーナベ連合が起こるだけと言うことだな。
考えを巡らせていると、ティモナが口を開く。
「そんなにも莫大な利益が出るのですか」
それがこの世界の常識か、なるほど。つまり『黄金羊商会』の代表イレール・フェシュネールはその常識を打ち破った人物と言うことになる。優秀な敵は厄介だな……
「出る。それこそ一国を建てるどころか、滅ぼせるくらいは」
地球の大航海時代は「未知への探求」から始まった。だから国家が支援した。結果的に、そこからもたらされる莫大な富は国家のものになった。
だがこの世界では、「既知の再発見」だった。だから『黄金羊商会』は国家の支援を受けることなく、独自で莫大な富を得ている。
これが独占状態だったら尚更やばい。あの『太陽の沈まぬ国』と呼ばれたスペインでさえ、ポルトガル・イギリス・フランス、そしてオランダと争っていたのだ。これが一商会に独占されているとなると……
「『怪物』だな。今のうちから手を打たないと、取り返しがつかなくなるか……」
これは本格的に海の事情と、西にある異大陸の情報が欲しいな。
「ベルベー王国から情報を得たいが……」
ロザリアに頼めるだろうか。いや、彼女をそこまで信用するのはまだ危険か?
「ティモナ。西の大陸についてと、大陸間交易の現状を知りたい。宮中伯に最優先と伝えろ。ロザリアを利用しても良いし、人手が足りないならファビオも使え。ただし、ロザリアを利用する場合は細心の注意を払うように」
まだ打てる手が残されているならいいが……
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