臆病な皇帝
歴史考えるの楽しいぃぃぃ
8歳になった。そして宰相と式部卿が、示し合わせたかのように同じタイミングで帝都にやって来た。
はじめは祝いの言葉でも言いに来たのかと思ったが……そっちはついでだったようだ。
……いや、仮にその為だけに来られても全く心は動かんが。二人の忠誠の低さにはむしろ感心するな。心が全く籠ってない媚び程、気持ち悪いものもないけど。
二人が帝都に来たのは、ある計画を話し合う為である。すなわち『テアーナベ連合の討伐』である。
テアーナベ連合として独立した中立派貴族は1侯爵4伯爵。その領域はラウル公爵が直接治めている領地よりも小さい。ガーフル共和国からの侵攻を警戒し続けるくらいなら、「叩きやすい敵を叩く」を目的としているのだろう。
……そう上手くいくとは思わんが。
そもそも散々政争してきた両派が「協力して敵に当たる」なんてできるとは思えん。
まぁともかく、争ってんだか批判してんだか……あるいはもしかすると真面目に話し合ってるのか分からん連中だが、その議題に上がった話が一つ。
それは「皇帝の親征」について。つまり皇帝を「名目上の総司令官」にして軍を動かすという計画である。
これを聞かされた俺は……
***
「嫌じゃ!!」
断固拒否である。
「陛下が指揮なされば必ずや全軍の士気は上がり、勝利は不動の物となりましょう」
「嫌なものは嫌じゃ! 余は死にとうない」
式部卿の説得も拒否する。いや、別に戦場に行くのは嫌だと思ってないよ。むしろ、俺は皇帝として、戦場がどんな場所か、戦争とは何かをこの目で見る義務がある。
俺は前世、戦争を経験しなかった。だからこそ、俺が政治を動かす前に知らなければならない。
だが、今回の話はそれとは別だ。
もし俺が親征して成功した場合、俺は名声を得ることになる。当然、宰相と式部卿からは警戒されることになる。これが大勝だとかになれば、即暗殺される恐れもある。
では負けた場合はどうなるか。命の危険は勿論、その「責任」を負わされる可能性が出てくる。何より、「戦に弱い君主」は市民からの支持を集められない。
そもそも君主が貴族の顔色を窺うのは、貴族が自らの領民に対し「国王支持」を強要できるからである。それは時に武力だったり権力だったりする。だから多くの君主は貴族を押さえられれば民も治まると考えてしまう。
だから貴族の力が増す。より民を締め付ける力を得る。
だがもし、直接民衆の支持が得られるのであれば、貴族の支持が無くとも何とかなる。
もっとも、民衆の支持を得続けるためには、効率の良い統治が必要であり、そのためには官僚あるいは貴族が必要となってしまうのだが。
そんな訳で俺は、貴族連中からどう思われようとも構わないと思っている。別に無くそうという訳ではない。俺が国政を奪還したとき、俺に従う貴族のみを使えばいい。
だが民衆は別だ。俺が実権を握った時、彼らの支持を得られるかどうかで、俺の命運も決まる。民の支持無くして国家は安定しないからな。
そして俺は前世で知っている。どれほど悪政を敷こうが、戦争に強ければ一定の支持を得られてしまうものだ。逆に言えばどれほど良い政治をしても、戦争に弱いと支持を得られない。……まぁ、常陸の最弱大名とか例外はいるが。
ともかく、俺は実権を握るまで戦争に参加するのは避けたいと思っている。
勝っても負けても死亡フラグだからな。
「ですが陛下」
「嫌なものは嫌じゃ! 絶対に嫌じゃ!!」
そもそも宰相と式部卿が揃って勧めてくる時点で怪しすぎる。
「良いではないですか二人とも。陛下が嫌だとおっしゃっているのです。それに戦場に出て陛下にもしものことがあればどうするのです」
摂政が「息子の意見を代弁してます」って母親ヅラしてくる。うぜぇ……
他国だったら何とかなったかもしれないが、この国で初陣に負けると、「六代皇帝エドワード3世の二の舞」とか言われそうだしな。
外聞はあまり気にしない俺でも、それだけは嫌だと思える皇帝。後の世で「歴代無能君主ランキング」があれば10位以内には確実に入る無能っぷりだ。
てかラウル公・アキカール公に「一国並」の土地を与えたのも、帝国を傾けたのもコイツだ。
今の帝国がこんな詰みかけの状況になってる元凶……いわゆる「だいたいコイツのせい」ってやつだな。
***
六代皇帝エドワード3世……在位中から「御輿帝」と揶揄されされたこの男は、19歳の若さで即位する。若くして権力を握ったせいでダメになる人間は多いが、この男に関してはそれ以前から酷かった。
癇癪もちで人を虐げることに快感を得る子供だったという。そして「性」を知ったこの男は暴走する。まず、初めて子供が生まれたのは14歳の時。侍女に無理やり手を出したのだ。その侍女の申告に、周囲の人間がまさかと思い例の魔道具を使ったところ反応。事態が発覚する。
その後も手当たり次第に侍女に手を出す。次に生まれた、唯一の息子であるエドワード4世と、その二人の妹は全員同じ年に生まれている。
何でかって? そりゃ全員母親が違うからだよ。侍女三人がほぼ同時に皇族を産む様は異様としか言い表せない。
しかし生まれた子供はこの四人だけだ。表向きは性病にかかったことになっている。まぁコイツが暴れまわったせいで、侍女になる事を受け入れる貴族の娘がいなくなり、平民や奴隷を無理やり連れてきて侍女の代わりにしていたからな。そこから性病が移ったとしても不自然ではない。
実際のところ? ……ヴォデッド宮中伯曰く、「子供をできなくする薬」があるらしいよ。
さて、コイツが19歳の時、父親であるシャルル2世が崩御する。長男だったため、本来であれば問題なくコイツが皇帝になるはずだった。
だが問題だらけだったので、異母弟でありシャルル2世の次男であるシャルル=ペトルが反乱を起こす。
そして会戦の結果、なんと大敗する。
帝都周辺を失った皇帝派はシャルル=ペトルを『共同統治者』にすることで講和。事態の収束を図ろうとする。だがその即位前日にコイツは勝手に弟を暗殺。彼を支持していた連中は当然激怒。再び戦闘になる。そして、コイツはまたしても大敗する。
余計なことしかせず、要らぬ口出しをして、従わなかった将軍を処刑する。馬鹿の一言では言い表せない愚か者である。それができてしまうほど、この時までは皇帝の権力が強かったのだろう。
ちなみに指導者のいなくなった反乱『ペトルの乱』は内部分裂の結果自滅する。
それがいけなかった。
その後、コイツは天届山脈の向こう側にあるテイワ皇国を攻撃して大敗し、ガーフル共和国に侵攻し大敗する。そして貴族の不満を押さえられなくなった結果、弟の一人を「ラウル公爵」に任じて、帝国東部を丸投げした。これが今の、宰相の権勢に繋がっている。
ちなみに皇国とは、休戦・停戦を挟みつつも未だに戦争中である。
その後、騎士爵などの『官位』を売りさばいた資金で、当時小国だったガユヒ王国というところに攻めるも、周辺諸国に包囲網を組まれ大敗。ガユヒ王国は『ガユヒ大公国』と名乗る代わりに、帝国から多額の賠償金を獲得する。
これにより再び金が無くなったので、塩の専売や贅沢税を導入し、ガーフル共和国に性懲りもなく侵攻。再び大敗。
ギャグか。
そしてアキカール地方で反乱発生。討伐に向かい大敗する。
……ギャグか。
自力ではどうしようもなくなったコイツは、弟……今の式部卿を「アキカール公爵」に任じて丸投げする。その結果が今日に至る。
またまた金が無くなり、貨幣をやたら発行。当然、インフレが起きただけで大した金は手に入らなかった。
この男がすごいのはここからだ。何とコイツ、「金にならないなら売ってしまえ」と造幣所を競売にかけてしまう。
もうね、馬鹿とか暗愚とかいうレベルじゃない。
慌てたラウル公とアキカール公が大金を払い、これを何とか競り落とす。金貨の造幣所はラウル公が、銀貨の造幣所はアキカール公が現在に至るまで所持している。
そりゃラウル公もアキカール公も皇帝を凌ぐ権力握りますよ。だって造幣権握ってんだから。
……そんな状況下で何とか現状を維持している、財務卿のニュンバル伯には本当に頭が下がる思いだ。
さて、造幣所を売って資金を得たこの馬鹿は、帝国南部に隣接するアプラーダ王国に侵攻。やっぱり大敗する。
帝国が築きあげてきた官僚機構も、常備軍も、皇帝の権威も、国庫も、コイツ一代で無くなりましたとさ。
コイツが死んだのが423年。今からちょうど40年前だ。何が言いたいかというと、未だに民衆はこの馬鹿のことをハッキリと覚えている。
父上とか先帝が民からの評判良かった理由知ってるか? 「エドワード3世じゃないから」だよ。
つい語ってしまったが、ともかく民衆に「エドワード3世のよう」と思われたら、その汚名を返上するのはかなり難しいということだ。それだけインパクトが強いんだよ。
俺も皇帝じゃなかったら笑っていた自信がある。笑えねぇけど。
まぁともかく、俺が参陣する事態は避けられたんだ。良しとしよう。
***
翌月、自領に戻った両公爵はそれぞれ軍を派遣。
尚、軍の司令官はそれぞれが自派閥の将軍を立てた。
……え、司令官二人とか、完全に負けフラグじゃん。何考えてんの?
やっぱり行かなくて良かったわ。「エドワード3世の再来」どころか、戦死してた可能性だってある。
まぁ今回、駄々こねて参戦しなかったことで貴族からは「臆病帝」とか陰口叩かれてるけど、別に何とも思わんな。
ただ、この醜態を聞いたある人物が宮廷に乗り込んでくることを、この時の俺はまだ知らなかったのである。
エドワード3世は「歴代暗君ランキング」の10位以内には入れません。結果的に国滅ぼしてないですからね。誰かさんが立て直しちゃうから。




