5 庶子王太子と使節団
それからさらに数日が過ぎ、とうとうロコート王国から講和交渉の使節団が帝都に到着した。
三台の馬車を囲うようにロコート兵、さらにその外側を帝国兵が囲う形で帝都まで連れてきたらしい。そしてこの護衛を担当した貴族が、三台の馬車の一つから出てきた。
「エタエク伯家の旗が見えた時は、エタエク伯が忠告を無視して来たのかと焦ったぞ……ご苦労だった、フールドラン子爵」
ロコート王国から帝国側に入って帝都を目指した使節団の一行は、国境からエタエク伯軍によって護衛されてやって来ていたのだ。
エタエク伯軍はガーフル共和国相手に大暴れした部隊だ。それからさほど時間は経っていないが、短い間でもある程度はその情報が耳に入っているだろう。
そんな連中の護衛というだけで、帝国国内の貴族も、野盗も、そしてロコート王国側の人間も、変な気は起こさないだろうと思ったのだ。
そして、そのエタエク伯軍の護衛を指揮する……というか、責任者としてフールドラン子爵がついてきた訳だ。
そんな彼の最大の役割は、ロコート王国の使節団とエタエク伯軍が問題を起こさないようにするための人質であったようだ。ロコート王国側が用意した馬車は、三台の内一台が空。もう一台に本命の使節団らが乗り、それとは別の馬車にフールドラン子爵が乗っていた。こうすることで、ロコート軍側にとっての人質となっていたのだ。
エタエク伯軍が真面目に護衛せずに、例えば賊が出て、そいつらが守りを突破して馬車までたどり着けば、三分の一の確率でフールドラン子爵が殺される。また万が一、エタエク伯軍がロコート軍の護衛を裏切った場合も、やはりフールドラン子爵は人質として殺されていただろう。
問題は、それだけの価値がフールドラン子爵にあるかということだが……これが、あるんだなぁ。
そこまで事情を把握して馬車に乗り込むよう指示したのであれば、このロコート王国の外交団は相当侮れない相手である。
そういう命の危険すらある役割だったにもかかわらず、フールドラン子爵は特に気にした様子もなく馬車から降りてきた。
「いやぁ、馬鹿で奇行をしがちですけど……陛下の迷惑になることはしませんよ、伯爵は」
いやいや、俺は彼女の奇行で殺されかけたけど……? 薄々感づいていたけど、君もエタエク伯になんだかんだ甘いよね。
別の馬車からまず降りてきたのは、初老の男性であった。次に、彼に促され女性が一人降りてくる。そして最後に、青年が一人で馬車から降りる。
これだけでなんとなく、三人の関係性が垣間見えるな。
「余がブングダルト皇帝、カーマインである。遠路遥々、ご苦労」
俺がそう声をかけると、まさか皇帝が直々に迎えに来るとは思わなかったのだろう……初老の男性は慌てた様子で最敬礼をする。一方、女性の方は冷静に、完璧な挨拶を披露した。そして最後に降りてきた青年は、明らかにワンテンポ遅れて、俺に向けて挨拶する……この男も大丈夫だろうか。
「よい、そのような挨拶は明日にしよう。今日は旅の疲れを癒すがよい。彼らを案内せよ」
***
翌日、俺は正式に使節らと謁見することになった。謁見とはいっても、謁見の間ではなく、普通の広い応接間を用意させた……面倒な立場の人間も同席するからだ。
「おぉ、よく参った。朕が皇王、ヘルムートである。朕を頼るとは中々話の分かる連中じゃ。楽にするがよい」
俺を差し置いて喋るなよ……もういいけどさ。相変わらず空気を読めない奴だ……だが自分を頼ってきたことは嬉しいらしい。本当に単純だなぁ。
さて、問題は俺がどういう態度で行くかだ。ここでヘルムート二世を増長させるのも悪くは無いが……いや、ロコート王国からの使節はまともそうだ。現に、皇王の言葉を受けても尚、姿勢を変えずに皇帝の言葉を待っている。ここは変に愚帝モードでいくより、まともな皇帝として振舞った方が良いだろう。
「余がブングダルト帝国八代皇帝カーマイン・ドゥ・ラ・ガーデ=ブングダルトである。直答を許す、楽にせい」
俺の言葉で、ようやく彼らは名乗りはじめる。
「では誠に失礼ながら私の方から紹介させていただきます」
そう言って初老の男がまず最初に名乗る。
「私がビリナ伯爵の貴族号を頂いておりますオタ・ビリナにございます。こちらの女性はマリアナ・コンクレイユ。コンクレイユ公爵の孫娘にして王太子妃にございます。そして最後に、こちらにおられるのが王太子ハロルド様にございます。何卒、お見知りおきを」
事前情報によれば、ハロルド王子は平民の母を持つ庶子だ。普通に考えれば、位の高い王太子から順番に自ら名乗りを上げるところだが、あえて最も位の低い伯爵が、二人を煩わせないように代わりに紹介したという体だろうか。だが実際は、平民嫌いで男尊女卑な皇王に対する配慮と考えるべきだろうか……。
とはいえ、それは皇帝や皇王に対する王太子の態度としてはやや失礼。上位者を敬って、自らの口で挨拶すべきだからだ。故に、挨拶と紹介を短くシンプルにすることで失礼をする時間を可能な限り短く……といったところかな。
まぁその配慮、たぶん皇王には伝わってないけどね。だってコイツ、王太子が庶子だってこと知らなそうなくらい上機嫌だし。
何の為に、実際に謁見するまで一日空けたと思ってるんだ? こっちが事前に接触する時間ではあったが、同時にアロイジウス・フォン・ユルゲンスが彼らに接触したり、皇王に話をしたりする時間でもあったはずだが。
……いや、逆か。王子が庶子ってことを握りつぶして、皇王には最後まで伝えないつもりなのか。確かに、その方が話は早く進みそうだが……あんまり皇王本人と王太子が仲良くなられても困る。あとでニコライ・エアハルトにこっそり伝えておこう。
次に、皇国からアロイジウス・フォン・ユルゲンスが挨拶する。ニコライ・エアハルトについては今日は会議から外されている。その方が、ユルゲンスに対して攻撃的になりそうだからな。
一方、帝国の外交担当は俺だ。そして護衛のティモナは挨拶しない。だから挨拶自体はすぐに終わった。
さて……こうして顔を合わせる前に、実は宮中伯やフールドラン子爵からこの三人についてはある程度の情報を貰っている。
まず密偵が調べた情報だが、そもそも、ロコート王国には二つの派閥がある。一つは反帝国でアプラーダ・ベニマとの同盟を堅持する方針だった一派。主流派と呼ばれていた彼らは、今は主流ではなくなりつつあるからな……便宜上、抗戦派と呼ぼう。
もう一つは親帝国の講和派。今回交渉に来るのも講和派だ……しかし問題は、なぜ「親帝国」なのかが分かっていないところ。別に帝国に恩があるとかではないので、必ず何かの思惑がある。それが分からないうちは慎重に行きたい。
俺たちが会戦で抗戦派貴族たちに大打撃を与えた結果、相対的にロコート王宮での発言力を得たのが講和派だ。ただし、この講和派の代表と目されるのは公爵であるウード・コンクレイユである。
かつて帝国相手に善戦した将軍で、その後隠居していたはずだが……数年前から政治にかかわるようになり、そして今回の帝国との戦争で本格的に表舞台に戻ってきたという。
かつて帝国を苦しめた将軍が率いているというのが、まず講和派の警戒すべき部分だろう。彼が活躍したのは前回の戦争、つまり先帝や皇太子が死んだあの戦争だ。
宰相らによる計略の一面もあったが、一応は前回の戦争で「帝国に勝利した」将軍だ。それが何故、講和派なのか。むしろ「帝国恐れるに足りず」と抗戦を主張している方が自然ではなかろうか。
そこで疑問に思い、さらに詳細に情報を集めてもらった。その結果わかったことは、講和派は寄せ集めに過ぎないということ。帝国との戦争で利益の薄い連中をかき集めただけ。つまり、コンクレイユ公によるワンマン経営に等しいのが講和派の実態だ。
つまり、帝国と講和したいのはコンクレイユ公。そして今回の講和団に、そのコンクレイユ公の孫娘と、腹心と言っていい伯爵が来ている。これは実質的に、帝国を苦しめた公爵との直接交渉だ。警戒しない方がおかしい。
あと、護衛の代表兼使節団一行の人質だったフールドラン子爵にもそれぞれの印象を軽く聞いてきた。
ちなみにフールドラン子爵は脳筋集団であるエタエク伯家で唯一、まともに内政や事務仕事ができる人間なので、あの家においてフールドラン子爵の存在価値はエタエク伯本人の次くらいに重要だ。
その割には軍事系は全くダメらしく、ロコート王国の護衛の際も、彼が名目上は代表なのに、指揮を執っていたのは別の人間だった。まぁ、だから外交団に人質として指名されても問題なく馬車に乗り込んでいた訳だ。
そんなフールドラン子爵曰く、まず目を引くのはマリアナ・コンクレイユとのこと。コンクレイユ公の孫娘だが、その若さに見合わぬ秀才っぷりらしい。下手すると、外交団の実質的な代表は彼女である可能性もあるとのこと。
次にビリナ伯爵についてだが、まるでマリアナ・コンクレイユの従者の様、という印象を受けたそうだ。
そして最後に王太子ハロルド。彼については、ほとんど自発的に何かすることは無く、マリアナ・コンクレイユの言うことを全肯定していると。
それだけ聞くと、マリアナ・コンクレイユの夫として傀儡の王太子なのかと思う。だが、気になるのはマリアナ・コンクレイユ側の態度。二人は外から見た限りでは仲の良い夫婦。しかもマリアナ・コンクレイからは、夫に対する侮りや軽蔑は全く感じられなかったという。
ただ利用しているだけならボロが出てもおかしくないが、そういう類のものが一切なかった……よほどマリアナ・コンクレイユの演技が優秀なのか。あるいはハロルド王子が爪を隠しているのか。
……まぁ正直、女性の言うことを素直に聞けるってだけでまともな気もするけど。
自分より優秀な女性が相手だと、余計なプライドが邪魔して反発したりするからなぁ。ほんと、どっかの馬鹿にも見習ってもらいたい……おい、聞いてるか皇王?
……ちなみにフールドラン子爵は、今朝ニュンバル侯に見つかり、無理やり引きずられていった。仕事を手伝わせるらしい。一応、外部の人間なのにいいのかと聞いたところ、問題ない仕事だけやらせるとのこと。どんだけ人手足りてないんだ。
それにしても元上司に捕まるとか、哀れだなフールドラン子爵。
彼は確か、元々はニュンバル侯の元で、彼の右腕と言っていいレベルでバリバリに働いていた人物だ。しかし、あまりにブラックな労働環境だった故に、辞めて逃げ出したという経歴を持つ。
まぁその後、好条件で雇ってくれたエタエク伯家は帝都以上にブラックな環境だったり、内政できるの自分しかいないから気づいたら出世していたり、気づいたら結婚までしててより一層逃げられなくなったりした……外から見ている分には愉快な男である。あと何より、フールドラン子爵は俺に対する態度が良い。
閑話休題、交渉一日目となった今日は、講和の基本方針について確認して終わった。つまり、これから何を話し合うかを話し合った……ということである。これは面倒くさいと思われるかもしれないが、基本である故に非常に大切な作業だった。
まず大前提として、我々が話し合うのは「講和条約」であることが再確認された。これは「平和条約」とも言われる類だ。同時に、話し合われる内容が「休戦協定」でないこと、ロコート王国側からの申し出が「降伏」ではないことも確認された。
これはそれぞれ説明すると、この世界で「講和条約」や「平和条約」と呼ばれるものは、交戦国同士が「戦争状態」を終了するという合意になる。これらは恒久的な条約となっており、両国が平和な状態になる(はず)だから平和条約とも呼ばれる。だからもし仮に、両国が再び交戦状態になっても、別の戦争と見なされる。
一方、「休戦協定」は敵対状態の「一時停止」だ。だから再び交戦状態になった場合、その戦争が「再開」したと見なされる。そのため、何度か休戦協定を挟んだ戦争は、全体で百年近い期間になることだってある。まぁ平和条約にしろ休戦協定にしろ、これらは全て表向きの話だ。
実際には平和条約を結んでも因縁は残るし、休戦協定が実質的な終戦になることだって少なくはない。
そして最後に「降伏」についてだが、これは一言で言えば負けを認めることである。これにも「無条件降伏」と「条件付き降伏」とか色々あるのだが、まぁ今は置いておこう。
今回は「一時停止」ではなく、完全に戦争を終わらせて平和な状態に戻すのが目的の「講和」をするために話し合うことになる。
あと、「降伏」ではないという認識が共有された。これについては特にロコート王国にとって重要な事実確認だ。
それはなぜかというと、これにより現時点でのロコート王国は、まだ「敗北」していないということになるからだ。
もちろん、帝国は会戦で勝利した。これは揺るぎない事実だ。そしてロコート王国は領土を手放すことを認めている。それでも講和条約であれば「敗北」を宣言することにはならない。あくまで「帝国が優勢」なだけ。ロコート王国にとっては事実上の敗北でも、完全敗北ではない……みたいなニュアンスである。
まぁ、ここまでは正直、茶番みたいなものである。休戦協定だったら前線でそのままやってるし、降伏だったら既にロコート軍は解散している。それでも、ちゃんと両者の認識に齟齬が無いと確認しないと、あとで問題になるかもしれないからな。
そして次に、皇王の役割。これは帝国とロコート王国の間で結ばれる条約の効力を「保証する」役割ということになった。まぁ、婚姻届けの証人欄みたいなものだ……いや、ちょっと違うか?
まぁ少なくとも、皇王がこの条約に名前を貸すのが決まった訳で。そうなれば当然、講和内容について発言する権利も与えられる。まぁ、当事国ではないから内容を決定する権利はないが。
あと、帝国とロコート王国の前線では現在、実質的な休戦状態にはあるが、現状で休戦条約は結ばないことも決めた。帝国としては結んでも構わなかったのだが、こちらはロコート王国側からの要請だった。なるほど……そういう感じか。
ともかく今回決まったのはこれくらいである。
ほとんど何も進んでいないように思えるが、これでも分かることがそれなりにある。
まず第一に、ロコート王国側は焦りを見せてはいない。もちろん、実際に焦ってるかどうかは分からない。読み取れるのは表面的なところであり、内心がどうかは分からない。
だが、もう少し踏み込んだ話し合いだってできた状態で、それをせずに一日目を切り上げたからな。ひっ迫はしていないのかもしれない。
次に、休戦をわざと結ばなかったこと。別に休戦は一時停止に過ぎないのだから、休戦を結んでから講和会議でも問題は無かった。その方が、前線で間違いや事故が起きる可能性は減る。
しかしそれをしなかった理由は、恐らくベニマ王国に派遣している援軍が原因だ。帝国とロコート王国の前線は停戦していても、ベニマ王国に派遣しているロコート兵は交戦を続けるってことだろう。
まぁ、この辺りについては帝国も強硬手段を取ろうと思えば取れる。休戦を迫るとか、援軍の存在を理由に前線での交戦を再開するとかな。ただまぁ、ベニマ王国と対峙するワルン公は現状でも問題なく戦えてそうだし、ロコート王国の防衛ラインを突破するのはまず厳しい。
帝国としては、今後のことを考えると余計な兵力の消耗は避けたいからな。
ともかく、これが講和会議一日目の進捗である。




