表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/216

4 種を撒く



 それから数日、俺はずっと宮廷にいた。昼は書類仕事をし、夜は妃たちと三人で食事をとる。仕事に支障をきたさない範囲で二人との時間を作り、あと本当にたまにヴァレンリールとかイルミーノの所に顔を出す。そんな生活ルーティーンになっている。

 ちなみにヴァレンリールは研究が良い感じに進みそうならしく、俺が話しかけてもまともな会話にならなかった。まぁ、楽しそうで何よりである。

 そんな彼女には密偵を監視に付けているが、突拍子のない行動をいきなりする彼女と、人に溶け込むことで存在感を消す密偵の相性は最悪らしい。突然窓から侵入してきたらするからなぁ、あの女。


 あと、帝都周辺の治安維持についてはマルドルサ侯が自ら名乗りを上げ、治安維持に乗り出した。彼の軍勢はワルン公やチャムノ伯の軍隊ほどではないが、数・質共に野盗狩り程度なら過分なくらいである。

 その間、レイジー・クロームに酷評されたアーンダル侯軍については現在、ジョエル・ド・ブルゴー=デュクドレーに訓練を任せている。今まで皇帝直轄軍の訓練や指揮を任せていたから、訓練くらいなら問題なくできる。問題はその後、どう扱うかだよなぁ。


 彼は先代皇帝の時代に帝国軍の指揮官として活躍した男だ。しかし、彼は皇国からの亡命貴族の一族出身だった。それ故、宰相や式部卿の元には居場所がなく、長い間ゴティロワ族の所に身を寄せていた。 

 その後、俺が実権を握った頃にゴティロワ族の元から俺の元へ出仕してきた。俺もその実力は評価していたんだがな……しかし今回、皇王の亡命によってその辺りの事情が変わった。

 自分たちと同じ皇国からの亡命という境遇が気に入られたのか、彼は皇国貴族として叙されてしまった。皇王一行の暴走による、二重契約みたいなものだ。


 そしてジョエル・ド・ブルゴー=デュクドレーの方は、「皇帝や皇王の言葉に逆らうなんてとんでもない」という考えらしく、これを断らなかった。だから俺は、もう彼に皇帝直轄軍には関わらせないことに決めた。二重契約になっている以上、信用できないからだ。



 まぁ、彼の考え方も分かる。皇王の事実上の命令に等しい発言を、断れないという気持ちもね。でも、彼が今仕えているのは皇帝だったはず。だから、そこは絶対に断らなければいけなかった。本人は引き抜かれたつもりなどないだろうが、俺は引き抜かれたという判断を下したのだ。

 ……彼は軍事指揮官としては優秀だが、自分の行動が周囲にどう思われるか、という点において、自身を客観視する能力が乏しい。これはラミテッド侯家の遺臣との因縁からも分かることだ。彼は、悪い言い方をすれば空気が読めない男だった。

 

 彼にはもう、皇帝直轄軍の指揮は任せられない。だが、だからと言ってあからさまに冷遇すると皇王一行が何言ってくるか分からない。だから今回の、アーンダル侯軍の訓練というのは、ちょうどいい仕事ではある。期待してない部隊だし、問題起こしたらそれを理由に処罰できるしな。



 さて、いよいよロコート王国の外交団が帝都に近づいてきているらしい。念のため、国内に野盗が出没しているという情報も伝えたので、帝国兵が護衛について丁重に連れてくるようだ。

 あと数日もすればロコート王国と講和交渉が始まってしまう。俺はそれに向け、今のうちに少しでも有利な状況を築き上げておかなければならない。講和会議もまた、戦争の一部だからな。やれることは最大限やらせてもらう。

 前線の戦況以外で、間もなく始まる講和交渉を有利にする方法……それは本来中立なはずの仲介役を味方につけることである。


 俺がまず話し合いの機会を設けたのは、元ダロリオ侯アロイジウス・フォン・ユルゲンスだ。元の身分的には皇国から来た連中の中ではナンバースリーだが皇王と元皇太子(上二人)がアレだからな……。

「皇帝陛下、お話というのは……」

 俺は小さめの応接室を用意してもらい、そこに彼を呼び寄せた。まともな人間だから、当然の如く俺を警戒している。

「少し、意見のすり合わせを行いたいと思ってな。まぁ座ってくれ、ユルゲンス卿」


 ロコート王国から来る使節団。彼らは帝国との一対一の話し合いではなく、間に亡命してきている皇王一行を挟むよう要求してきた。だが国家間の外交における仲介役というのは、決して善意では終わらない。仲介役にも利があるから仲介が成立する。

 まぁ今回の場合、本来皇王としては仲介役として名を連ねるだけで利がある。彼らは今、国から逃げ出し亡命中の立場だ。そんな状況でも仲介役として講和を成立させたとなれば、皇王の威信と名声は再評価される。


 つまり、「亡命中の皇王」の価値が高まるのだ。亡命以前と同じくらいの政治的影響力、発言力があると周辺国は判断する。そうなれば今後、帝国以外の協力も得やすくなるだろう。

 だが……あの皇王と元皇太子がそれで満足するとも思えない。馬鹿で強欲な連中は絶対に余計なことを言う。だからこそ、そうなる前にある程度は、このまともな人間と話し合っておく必要がある。



「まず、これは既に聞いているかもしれぬが……ロコート王国が間もなく、帝国と講和交渉を行うために帝都にやってくる。その際、皇王陛下を仲介役にと御指名だ」

 ロコート王国の狙うはなんだろうな。ある程度推測はできるが、そもそも皇王がどんな人物か把握しているのかすら分からないからなぁ。

「余としても、これは歓迎すべきことである。ぜひとも皇王陛下には、その威光が健在なものであると示していただきたい」


「それは……何故でしょうか」

 アロイジウス・フォン・ユルゲンスの視点からすれば、帝国が皇王をどうしようとしているのか……それが分からないうちは全面協力も難しいだろう。彼らは皇国の政治に復帰したい。帝国も協力するとは言っている。だがそれがどのくらい本気か分からない。だから警戒するのだろう。


「余としては、皇王陛下には皇国の正統な君主としてお戻り頂きたい……いや、お戻ししたいと思っている。もちろん、相互不可侵条約や貿易特権などの見返りは求めるがの。そのためには、商人や周辺国家の協力が必須……彼らの協力を得るためにも、皇王陛下には旗印として十分な『実績』を作っていただきたい」

 これは嘘と本音が半々だ。皇王の身柄を大義名分に皇国へ侵攻したいし、周辺国を味方につけるためにもある程度は旗印になってくれた方が楽。そのために帝国主導で動くつもりだし、皇王に復帰させることを目標にするつもりではいる。

 だが、不可侵条約とか(一時的な停戦は別として)結ぶつもりなんてないし、貿易特権も別に必要ない。わざわざ皇国から輸入したいものとかほとんどないしな。輸出先だって、皇国である必要がない。


 けど、この男は貴族としてまともな人間だからな。そういう「協力の際に帝国が求めるリターン」が目に見えてないと信用できないだろう。

 もしかすると、帝国は皇王を利用して皇国を征服するつもりか……くらいに思ってそうだしな。

「何せ、皇王にお戻り頂いた後、すぐに同じようなことを起こされてしまっては、貿易特権などが無駄になってしまうからの。そうならない為の実績である」

 ……これは完全に嘘。俺も最初は色々考えていたのだが、皇王と元皇太子をしばらく宮廷において確信した。


 こいつらを皇国に戻せば、放っておいても問題を起こす。絶対に同じことを繰り返す。皇王と元皇太子に皇国の政治を握らせれば、勝手に皇国は弱体化する。だが普通に身柄を返せば、即継承させて即殺されてしまうだろう。それでは勿体ないからしばらくは帝国で飼うのだ。

「なるほど、そちらのお考えは理解致しました。ですが、その見返りは……」

「もちろん、今すぐに決めるつもりはございません。実際にお戻り頂く際……我らが兵を()()()する際に決めましょう」

 その内容はどうでもいい。正直、見返り無しで派兵したっていいくらいだ。



 目標は皇王の復帰である。だがこちらの本当の目的は、皇国の国力に対し帝国の国力が相対的に有利となるようにすることだ。ちなみに国力とは、領土の大きさだけでなく、軍事力、経済力、技術力など総合的な観点から見た国家のパワーである。

 そのパワーバランスを、帝国側がやや有利になるくらいに調整したい。


 だが、帝国と皇国が正面から戦争すれば、双方同じくらいの損害が出る。それでは意味がない。何なら現状は、周辺国と戦争している帝国の方が、皇国に比べて国力的には若干不利かもしれないからな。

 ではどうすればいいか。その答えが対皇国連合軍を成立させること……つまり、皇国周辺の諸国家と共に、皇国を袋叩きにするのだ。

 周辺国家の軍事力を消費して、皇国の軍事力と経済力を消耗させる。そういう意味で言えば、俺の目的は戦争を起こすこと、そのものだ。


 可能な限り俺の兵力を温存して皇国を叩く。それを実現するために必要なことは二つある。

 一つは皇国が国境を接している周辺国とコンタクトを取り、対皇国包囲網を築き上げること。これは、時間はかかるだろうが難しいことではない。国境問題、宗教問題、さらには皇国内の政治的混乱……火種自体はいくらでもある。

 もちろん、その音頭を取るからには帝国も派兵する必要があるが……まぁその損失は必要経費だろう。


 そしても一つ、絶対に必要なことがある。

「余としてはすぐにでも皇王陛下にはお戻り頂きたい。しかし余は危惧しているのだ……背後からの一撃を」

 帝国は、皇国周辺の諸国家を糾合して、皇国に戦争を挑もうとしている。ならば当然、敵に同じことをされる可能性を危惧する。帝国が今、国境を接している周辺国と戦争しているのは、これを防止する為とも言える。

 つまり、帝国が皇国と戦争する間くらいは帝国に刃向かえないよう、その軍事力を削ったり、あるいは帝国を攻撃できない条約を結んだりする必要がある。


「余はロコート王国との講和で、皇王陛下にお戻り頂く際、ロコート王国がその妨害をできないようにしたい」

 俺の言葉に、ユルゲンスは理解を示す。

「……なるほど。できれば協力関係、少なくとも好意的中立……といったところでしょうか」


 帝国は皇国と周辺国を争わせて消耗させたい。皇王は帝国の力を使って皇国の君主に復帰したい。だがそれはそれとして、帝国が皇王を擁して出兵するところまでは、両者の思惑は一致している。帝国は皇国への出兵中に邪魔されたくない。皇王一行は、皇王として復帰できるまでは帝国に手を引かれたくない。

「そうだ。あなた方としても、ロコート王国が皇王陛下に味方するのは良いことであろう」

「分かりました。何とかその方向で皇王陛下を誘導して見せましょう」



 他にも俺は、ユルゲンスといくつか情報交換を行った。例えば、皇王一行が連れてきた妾と侍女の中に、内通者がいることとかな。どうにも心あたりはあるらしく、彼はこの情報をすんなりと信じた。

 そのお陰か、ここで話した内容を皇王や元皇太子に伝えるのは、流石にマズいという認識は与えられたと思う。そのまま皇国にいる貴族の誰かに伝わってしまう可能性が高いからな。

 やはり、彼の方でも皇王や元皇太子は口が軽いという認識らしい。


 あとロコート王国の使節団の情報とかは共有しておいた。王国との交渉の際、仲介役として名目上は皇王が立ち会う。だが実際には、自分が仕切る必要がるとユルゲンスは理解している。彼は自身の名誉とかの為ではなく、そうしなければ皇国に速やかに戻れそうにないという現実をよく分かっているからな。


 ユルゲンスの方からも質問があった。内容はシャルル・ド・アキカールをなぜ皇国に送ったのかというものだった。亡命するつもりではないかと危惧していたから、「こちらには人質がいるから平気だ」と、まるで危機感を覚えていなさそうに答えておいた。


 実際は、シャルル・ド・アキカールの妻はかなり自由にさせてるし、二人の手紙でのやり取りは許可……というか、密偵を大量に投入して秘かに、確実にやり取りさせている。

 もちろん、二人の文通内容については一切検閲とかはしていない。それをしたら彼の心証を損ねるだろうからな。一度信用すると決めた手前、彼が失敗しない限りは信用し続ける。

 まぁ、もちろんそんな事実は目の前の人間には教えないけどね。


 ともかく、これでユルゲンスは動くだろう……自分が皇王の代わりに動かなければ、という使命感と共に。


***


 俺が次に話し合いの機会を設けたのは、元皇太子ニコライ・エアハルト。みんなから距離を置かれて不貞腐れていた可哀そうな馬鹿だ。

「へ、陛下は随分と強力な魔法が使えるようだな」

 だが彼は席について早々、顔を引きつらせながらそんなことを言いだした。

 ……あぁ、そう言えばこの男に「皇族なのに魔法使えないんだ。ウケる」みたいなことを言われて、初めて天届山脈以東の貴族事情を知ったのだった。



 戦う術を持つ者が、持たざる者を庇護する。その見返りとして、持たざる者は持つ者に支配される。これが貴族と平民の基本的な関係だ……だからどの国も、魔法使いは貴族出身であることが多い。

 そして帝国では「魔法使いが貴族になる」が一般的だ。売官制度で破綻したが、帝国は元来、平民に優秀な魔法使いがいたら積極的に貴族に取り込む国だった。特にブングダルト帝国はその傾向が強く、結婚、養子縁組、爵位の授与などその方法は多岐に渡る。

 貴族と平民の間に格差のある身分制度の社会だが、優秀な平民を貴族として取り込むこと……つまり平民の貴族化には寛容な国だったのだ……まぁ、その伝統を悪用されて「売官制度」が成立してしまったのだが。


 一方で、皇国など天届山脈以東の国では「貴族が魔法使いになる」だ。だから貴族なのに魔法が使えないとそれだけで、魔法が使える貴族と比較すると「劣る」扱いになる。

 元皇太子が宴会の席で皇帝を馬鹿にするように絡んだ、あの行為自体はアウトだ。だが、その考えについては彼が極端という訳ではなく、むしろ皇国や周辺国貴族にとって多数派の考えであるらしい。

 それを俺に教えてくれたのだと思えば、こちらから感謝してもいいくらいである。



 この考え方の差は何だろうな……やはりブングダルト帝国の成り立ちか?

 ブングダルト帝国の皇帝は、元はガーデ支族と呼ばれていた一族だ。元々、ロタール帝国周辺の一異民族でしかなかったブングダルト族の、しかも弱小部族に過ぎなかったガーデ支族。ブングダルト族の社会では頭打ちになっていた彼らは、部族の外に活路を見出した。

 そしてロタール帝国の貴族となり、少しずつ勢力を拡大し、最終的には皇帝にまで成り上がった。


 つまり、ブングダルト帝国は成り上がった一族の立てた王朝だ。そういう勢力というものは、得てして伝統と格式を重んじる保守的な勢力とは対立するものだ。だから実力主義で才能ある平民を積極的に貴族に取り立てていた……と。


 まぁ、そんな成り上がりで皇帝になった一族も、時代の流れと共に保守的な考えに落ち着いてしまう訳だけど。まぁ、これもよくある話か。

 一方で皇国はどうかというと、王朝の交代自体は頻繁に起こっている。だがそれを認可するのは国教である聖皇派だ。そしてこの聖皇派は、伝統と格式を非常に重んじているらしい。

 だから皇国の王朝交代というのは、その時代に皇族より力を持ち、他の貴族とも圧倒的な実力差のある大貴族が、聖皇派に認められて新しい王朝を開く、という流れになっている。元から大貴族だった連中が皇王になるわけだから、社会秩序にそう大きな変動はない。平民が貴族になる機会は多くない訳だ。



 閑話休題、ニコライ・エアハルトは顔を引きつらせたまま恨み節のようなものをぶつけてくる。

「い、言ってくれてもよかったのではないか」

 あぁそうか、この男にとっては魔法が使えない皇帝と馬鹿にしたら、その直後に皇帝が魔法を使ったわけだもんな。自分が嘲笑われているような気がするってことだろう。

 ……いや、皇帝を馬鹿にするなよそもそも。というか、あの時結構酔ってたけど覚えているんだな。

 あるいは別の誰かに後から醜態について教えられたか?


「何を言っておる、その場で余は魔法を使えると否定したではないか。余は卿の忠告に感謝して……よもや覚えておらぬのか?」

 はい、完全に嘘です。でもあの酔い方をしていたお前には、真偽の判断はできないんじゃないか?

「ん、あぁそうか。そうだったかもしれんな。いや、しかし魔法を使えるなど聞いたこともなかったが……」

 俺の予想が正しければ、この男が泥酔しているときにやった行動を咎めたのは、まともな感性を持ったアロイジウス・フォン・ユルゲンスだ。彼は善意で咎めたつもりだろうが……帝国としては、君たちが仲違いしていると非常に都合がいい。操りやすいからな。


 そして人間、自分に都合のいい情報を真実と思いたがる。俺はニコライ・エアハルトに「忠告」してもらったと言った。ただ馬鹿にして恥をかいたという事実より、自分は忠告していたのだという嘘の方が都合がいい。

 だからこの馬鹿はそっちを信じるだろう。そしてアロイジウス・フォン・ユルゲンスが嘘を吐いたと断定する……ってところまで行ってくれると面白いんだけど。



「そうか? 余としては隠しているつもりなどなかったのだが……」

 もちろん嘘だ。俺は自分が魔法を使えることを意図的に隠していた……特に幼帝時代は。今ではある程度自分の身を守れる力を手に入れたし、密偵もいるから暗殺対策も多少は可能だ。

 まぁ、密偵が裏切ったら流石に殺されそうだけど。流石に寝ている間はどうしようもないからな。

「しかしここは『封魔結界』があるからのう、使う機会がなかったのだ」

 魔法を使えなくする封魔結界。魔法が暗殺にも使えてしまうこの世界において、封魔結界は必需品と言っていい。


 ちなみにこの封魔結界を展開する『封魔の魔道具』はオーパーツとして発掘されたものがたまたま上手く量産できた一例なのだが、これが発掘されるまでは魔法による暗殺が横行していたらしい。

 そんな暗殺全盛期において、支配者として生き残れたのは暗殺者の魔法に対抗できる強力な魔法使いくらいだった……これも貴族とか王族とかが魔法使いだらけな理由の一つだと思う。


「それはさておき、皇太子殿。余は殿下の名声を見込んで頼みたいことがあるのだ」

 俺がそう言うと、ニコライ・エアハルトの態度は一変した。さすがの自己顕示欲である。

「おぉ、それはいったい?」



 ロコート王国は、帝国にかなり有利な条件をチラつかせて講和を提案してきた。だから俺はそれに乗った。だが俺は、連中の目論見が一つに絞り切れていない。

 考えられる可能性としては、大雑把に分ければ「今は帝国に勝てないから講和して、勝てそうな機会を伺うつもり」のパターンと、「いっそ帝国の力を借りてそれ以外の周辺国を攻撃して国力を回復しよう」のパターンだ。

 前者をパターンA、後者をパターンBとしよう。パターンAなら、帝国と皇国が交戦している隙がその機会となってしまう。だからその隙に攻撃されることの無いよう、最低でもその期間の不戦の条約。あるいは「対皇国包囲網」に味方として引き込んでしまうくらいのことをした方が良い。

 しかしパターンBの場合もこれはこれで問題がある。帝国の力を当てにして、東のゴディニョン王国なんかに攻め込んでしまうと、そのゴディニョン王国が皇国側に付いてしまうかもしれない。連中にとっては起死回生の一手かもしれないが、今この状況で余計な戦争に帝国が巻き込まれる……というのは、こちらとしては避けたいのである。


 パターンAの場合は、ユルゲンスに主導させれば問題ないだろう。だからこの男を利用するのは後者の場合だ。

「実はの、もう間もなく帝都にロコート王国の使節団が来る。余はロコート王国とあわよくば同盟を結びたいと思うておってのう。連中の協力を得られれば、天届山脈の南から皇王陛下に皇国へお戻り頂くことが可能となろう」


 ニコライ・エアハルトの目的は、ただ皇国に帰還することではない。次の皇王として盤石な地盤を得ること、政治的な発言力を確保してから皇国へ帰ることだ。

 だが現状、それは上手くいっていない。それどころか、自分が必死に集めた帝国の貴族や商人たちも、この男ではなくユルゲンスを亡命組の実質的なまとめ役として見なしている。

 つまり、今帰っても次期皇王になれるかは怪しいということだ。そしてユルゲンスは、この元皇太子から見れば自分の発言力を削いでくる邪魔な存在である。……まぁ、この男にまともな政治センスが無いから、酷いことにならないようユルゲンスは表に立っているんだけどな。


「ユルゲンス殿も同じ認識の様での、これが上手くいけば来春にでも兵をお貸しできるであろう」

 当然、そうなれば兵を実質的に動かすのはユルゲンス……という想像をこの男はしているだろう。目の前で懇意にしていた貴族や商人を横から掻っ攫われたんだし。

「だが懸念もある。どうにも一部の諸侯がの、今回の使節団の目的が、表向きは講和の交渉と言っているが……実は時間稼ぎを狙っているのでないか言うのだ。ロコート王国の主力部隊が今、ベニマ王国に援軍に赴いているようでの。これがロコート王国に戻るまでの時間稼ぎに来たのではないか……と言うておるのだ」

 両者の派閥対立を知っていれば、むしろ彼らがロコート王国に戻ってくる前に講和を結びたがっていることに気が付くけどな。というか、アプラーダ王国やベニマ王国が降伏してからでは遅いと思っていそうだ。それくらい、会戦に大敗してから講和までの判断が早かった。


 しかしまぁ、この男にそんなことは分からん。

「もしそうであれば、余は敵の策略などに踊らされたくないのでな。この講和は破談にしようと思うておる。そこで殿下には、ロコート王国の使節団の思惑を探ってもらいたいのだ」

 破談となれば、帝国の皇国への出兵は延びる。そうなれば、その間にもっと自分の政治的影響力を確保できる……とこの男は考えるだろう。しかも講和推進派のユルゲンスから影響力を取り戻せるチャンスでもある。

「おぉ! そういう事であればお任せください! 必ずや連中の思惑、暴いて見せましょう」

 もうこの時点で、この男の脳内ではどうにかしてこの講和が敵の策略だということにしよう……となっているだろう。同時に、講和推進派のユルゲンスの妨害が、自分が影響力を得る近道だと思うだろう。


 俺はユルゲンスをまともな貴族だと評価している。だが皇国からの亡命組が一枚岩だと、上手く操りにくいからな。内部で争ってもらわなければ困る。ついでに、これでニコライ・エアハルトが目の敵にするのは間違いなく、俺ではなくユルゲンスだ。

 この男は馬鹿だが、一々俺に絡んできても面倒だからね。ヘイト管理ってやつだ。



 ロコート王国が帝国を仮想敵国のまま考えているなら、ユルゲンスを使って皇国との戦争の間は皇国側につけないようにする。帝国に臣従したり、帝国の力を借りようとしたりしているなら、帝国はそこまでは望んでいないので、ニコライ・エアハルトを暴れさせて講和そのものを有耶無耶にする。

 確かに、ロコート王国が提示してきた条件は、俺に講和しても良いと思わせる内容だった。だが帝国としては極論、ロコート王国との講和よりベニマ王国、アプラーダ王国との講和を先に行ってもいいのだ。

 特にアプラーダ王都を落とせてしまっている現状ではな。むしろロコート王国については、ゴディニョン王国やダウロット王国を対皇国包囲網に引き込むための餌にしてもいい。


 敵になるつもりなら味方に、味方になるつもりなら敵に。俺はロコート王国と適切な距離感を確保するために、状況によって使い分けられる武器を二つ用意した。


 あとはロコート王国の使節次第だが……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 前話もそうだけど、(・・・)とか(・・)ってなんだろう?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ