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皇王亡命編5


 皇王らに幽閉されるだけの理由があったことが分かったところで、俺は次の話題に移る。

「さて、派閥決めも終わったところで」

 実はこの派閥分け、他にも狙いはあるのだが……それはまぁいずれ分かるだろう。

「まずはシャルル・ド・アキカールの帰参を認める。その上で、領地称号についてしばらくは待ってもらいたい」


 俺は式部卿や反乱を起こしたアキカール家の人間から、称号を取り上げる宣言をしている。そしてシャルル・ド・アキカールは式部卿の生前に領地称号を譲られた訳ではないので、領地を持っていない現状は何らおかしなことではない。

「待つも何も、某は……」

「分かっている、継承の話ではない」

 むしろ、仮にアキカール地方に封じるとしても、もうアキカールの名前は名乗らせない。彼にはアキカール家ではない、新しい分家の初代になってもらいたい。その方が、互いにとって都合がいいはずだ。

「卿にはいずれ土地持ち貴族に復帰してもらいたいが……しばらくは宮中貴族として仕えてくれ。官職は法務卿……後日正式に任官する」

「謹んでお受けいたします」

 そして俺は、今度はシャルル以外の諸侯に向けて、さらに続ける。

「その初仕事として、エタエク伯の問題を処理してしまいたい」


 エタエク伯は女性である。ただし、生まれた際に家臣らが西方派教会を買収し、性別を男としてしまった。これを今まで隠していたが、もう隠すのにも限界がある。

 だがエタエク伯は功績も立てているし、今のところ皇帝に対し忠誠を誓っている。どうにか「法解釈」の範囲で黒を白にできないかという話だ。

「シャルル・ド・アキカール、解釈は可能だろうか」

 法の専門家……というより法律オタクに近いこの男は、俺の言葉にはっきりと答えた。

「それにつきましては事前にお話を頂きましたので、調べさせていただきました。法の解釈の範囲で、彼女については現状のままで問題ないと断言できます」

「ほう、聞かせてくれ」



 それからシャルル・ド・アキカールが述べ始めた法解釈はこうだ。

 一つ目、彼女の出生時の性別について。西方派には子供が誕生した際に行われる儀式があり、性別はこの時に判別され宣告される。

 しかし、実はそれ以外にもこの儀式の際に決められることがある。その代表例が、双子や三つ子だった場合の「兄弟の順序」だ。

 基本的に長男が継承するこの国において、双子などにおける「どちらが兄か」は極めて重要である。なぜなら、ここで兄と判断されたものは家を継げるが、弟と判断された方は継げないのだから。

 たとえそれが双子であっても。


 当然、弟と判断された方はこの判定に不満を持つだろう。しかしその不満を聞き入れ、兄弟の順序を変えていたら法律としては話にならないので、西方派においてはこの誕生時の兄弟判定は「不変」で「何人たりとも疑ってはならない」とされている。

 ところが、この法律の書き方が曖昧で、この『不変かつ何人たりとも疑ってはならない』が果たして兄弟順序の判定だけを指しているのか、誕生時の儀式全体を指しているかは解釈の範囲である。

 つまり、誕生時にエタエク伯は男性と判定されており、それは『不変かつ何人たりとも疑ってはならない』ので男性としてエタエク伯を継承しているのは何の問題もないと。


 二つ目はエタエク伯の体が女性であることについて。これについても魔法があるこの世界において、きっちり該当する法律が存在する。それは性別を変更する魔法に関する法律だ。

 俺は前世の日本人的感覚からすると、性転換は「そういう人もいるよな」と思うだけだった。だがこの世界の倫理観からすると、「神から与えられた性別」を「自分で変える」のはアウトだという。そしてそれを禁じている法律もある。

 ところが、ここで重要なのは「自分で変える」のがアウトなだけで、第三者によって変えられるのは「本人にとってはどうしようもないこと」なので罰則などは無いとのこと。


 この辺は魔法のある異世界なだけあって、そういう魔法がある「かも」で法が作られてる。他人の性別を変える魔法なんて聞いたことは無いが、かといって無いとは言い切れないからな。これは悪魔の証明ってやつだ。そしてエタエク伯の性別について、当時エタエク伯家に仕えていた複数の「魔法が使えない人間」が、一歳時点で体は女性だったと証言した。


 そして現在、一歳未満で魔法を使った例は確認されていない。

 つまり彼女は「一歳未満のどこかのタイミングで第三者の魔法を受け、男性から女性に変わってしまった」ので、無罪という理論が成り立つ。



 そして三つ目、爵位の『維持』について。女性の体で男性として爵位を持ち続けていいのかという問題。これは俺にとっても馴染み深い法律で解釈可能とのこと。それは他でもないこのシャルル・ド・アキカールが、コパードウォール伯の領地を皇帝預かりとするよう言ったときの法律だ。

 帝国法において、「爵位継承者が確定しておらず、当主が貴族としての義務が果たせない場合、継承者が定まるまで君主がその爵位を『預かる』ことができる」という法律が存在する。

 これはつまり、「爵位継承者が確定している」または「当主が貴族としての義務が果たせる」場合、君主はその称号を預かることができないということになる。

 この法における「貴族としての義務」とは主に「子供を作る能力」のことであるが、ここでポイントなのは、「男性貴族は男性として子を作る」とは一切指定されていないということ。つまり、エタエク伯は男性貴族でも、女性として子供を作る能力があれば皇帝はその称号に介入できない。


 そして、それ以外にエタエク伯から称号を取り上げることができるのは、両者合意の下の称号の交換、もしくは罪を犯したことに対する処罰としての没収。

 しかしここまでで分かる通り、エタエク伯は一度も罪を犯していないので、エタエク伯は法律上、今のままで何の問題もない。

 これが、シャルルの導き出した答えである。



「美しい……」

 なんて完璧な解釈なんだ。これをひっくり返すには西方派が賄賂で嘘を吐いたと認めさせるくらいしかないだろうが、そんなことすれば権威が揺らぐから西方派は絶対にしない。

「法の悪用でまさかこれほど感動させられるとは」

 レイジー・クロームはあまりの美しさに拍手している。法律を新たに作ったり破ったりせずに、この結論を導き出せる人間が何人いるだろうか。


 しかもこの解釈、今後も使えそうだぞ。これをやってのけるのが次期法務卿だ。頼りになるなぁ。

「残念ながら、結婚関連だけはどうしようもありませんでしたが」

 それに対し、フールドラン子爵はどこか安堵した表情で彼に感謝する。

「いや、十分すぎるだろう……ありがとう」

 フールドラン子爵の言う通り、エタエク伯の問題はこれで一段落つくな。


 その後、他にもいくつか必要な話し合いを続け、それらも落ち着いたところで解散を宣言した。


***


 こうして諸侯との会議を終えた後、俺は久しぶりにレイジー・クロームと二人で話していた。

 ティーカップ片手に世間話……という訳ではもちろんない。

「さっそくで悪いが……」

「アーンダル侯のことだろう」

 ガーフル共和国との戦争において、最前線であるアーンダル侯は大敗。その後、ヌンメヒト女伯の援軍が辛うじて間に合い、敵の突破は阻止できた。

 もし突破されていたら、俺たちはブロガウ市での勝利どころか、講和すら結べていなかったかもしれない。


「お嬢様から陛下に謝っておいてくれ、だと」

 苦虫を噛み潰したかのような表情で、レイジー・クロームはそう言った。少しも悪いと思っていないし、謝りたくもないが、命令だから謝ってます……って感じだろうな。

「謝る必要などないだろう……だが謝罪は受け入れたと伝えておいてくれ」

 実際、ヌンメヒト女伯は何も悪くないだろう。責任はアーンダル侯と、そもそも彼を任じた俺にある。


 それでも謝罪してきたというのは、彼女ならではの配慮だろうか。

 まぁ、この場は非公式だ。公式の場で謝るのはやりすぎだが、非公式の場でなら割と自然である。この国はどこぞの訴訟大国とは違うからな。

「しかし、そんなに酷いか」

 俺はアーンダル侯がどんな人間か、正直分かっていない。ただ彼の父が、皇帝のために戦い皇帝のために死んだ。だからその働きに報いるべく、息子に爵位を与えた。

 実際問題、優秀な人間に責任ある立場を任せるのが、統治するにあたって一番効率的なことは分かっている。だが人を動かすためには、アーンダル侯のような存在も必要なのだ。


 命懸けで戦えば、子孫がその功によって取り立てられるかもしれない。そう思わせることが重要なのだ。

「あぁ、アレは酷い。戦について右も左も分かってないな」

 感情的になったレイジー・クロームを見て、これは相当頭にきているなと思った。まぁ、アーンダル侯は若いからな。経験不足から来る失敗は多少は仕方のないことだと思うんだが。

「だが一番酷いのは家臣だ。何もできない、すぐ逃げる、そのくせ功績だけは求める」

「そこまでか」

 先代アーンダル侯の時はそんなこと無さそうだったんだが。


「まともな家臣は全員アーンダル侯と共に戦死した……ということだろう」

「あー、そのパターンかぁ」

 先代アーンダル侯は皇帝派として戦うことを選んだ。そして彼は籠城し、ラウル派諸侯に包囲される中、最後まで抵抗した。

 実際、彼らの時間稼ぎは皇帝派にとって優位に働いた。端から生還を諦めた、命を懸けた時間稼ぎは壮絶だったのだろう。俺たちに時間を与え、そして敵軍に無視できない損害を与えた。

 そのような生還が絶望的な戦いであっても、多くの家臣が彼に付いて行ったのだ。よほど優秀な人物だったのだろう。

臣下に慕われる良い主君だった……だから家臣たちは主君を庇い、率先して前に出て命を落とした。特に忠義心が篤い人間は率先して当主の盾となり時間を稼いだだろう。

 そういった優秀な人間から死んでいき、その結果がアーンダル侯爵家の現状なのだろう。逃げ出した者や、そもそも戦場に呼ばれなかったような……能力不足だったり、人として問題があったりするやつばかりが残っているのか。

「まぁ、ガーフルと交戦することは暫く無さそうだ。その間に改善……は無理か」

「お前が手を加えなければ、無理だろうな」



 うーむ。若いアーンダル侯の教育か……できたらそれに越したことは無いが、そんなところに貴重な人材を派遣する余裕はないしなぁ。

「なにか考えないとなぁ」

「おい、それより。次の戦場はどこになる予定だ? お前が仮病の間もこっちはずっと待機だぞ」

 あぁーそのことねぇ。まだ確定では無いんだけど、コイツには話していいか。

「西、中央、東のどこになりそうだ」

 まぁ、主戦線である南方のどこかに送られるのは簡単に予想がつく。だがその先はまだらしい。

「まだ決まってないけどな……海だ」

 俺の言葉にレイジー・クロームは驚きの声を上げる。

「うみぃ?」

「あぁ。あとたぶん最初は少数精鋭で行ってもらうから。船酔いしなそうで強い奴選んどいてくれ」

 とはいえ、これはまだ決めた訳じゃない。ただ、俺の予想が正しければ……必然的にそうなるだろうって話だ。最重要課題は船酔いだな。帝国って思いっきり陸軍国家だし。

「いったい何を考えてるんだ?」

「皇王一行が亡命してきたからな」


 俺にとって、想定外の早さでの皇王の亡命……ところが、二週間の仮病で事態は最悪とまではいってないことが分かった。想定より良い状況な部分は、皇国における派閥間の対立が、予想以上に激しかったことだ。

 最初に皇王亡命の報告を受けた時、俺の脳裏に浮かんだ最悪のパターンとは、既に次期皇王の候補がほぼ一人に決まっており、皇王は譲位させられるまで秒読みと判断して皇帝の力を借りに来た……そう思ったのだ。

 その場合、皇国はすぐに動けてしまう。皇王の亡命を受け入れた帝国に対し、すぐさま宣戦布告が可能だ。

 次に最悪な可能性は、この皇国が派閥争いを中断し妥協し、帝国という外敵のために一時的に協力するパターン。こっちは謀略でどうにかできる可能性はあるが、最悪なパターンとほぼ一緒だ。


 帝国と皇国の国力はほぼ同等。他国と戦争しているときに皇国と戦争なんて、悪夢でしかない。

 その次に最悪なのは、皇国のどこかの派閥が、皇王の復帰を望むこと。つまり帝国にいる皇王が派閥争いに口出しできる状況になった場合、亡命を受け入れる帝国も派閥争いに直接まき込まれる可能性が高い。

 ……とまぁ、いろいろと最悪な想像はよぎったのだが、皇国はちゃんと後継者問題で揉めてるし、何より皇国貴族から皇王がしっかりと嫌われているおかげで誰も皇王の君主としての復帰を求めない。

 皇国で派閥争いしている貴族たちがもし皇王の復帰を望めば、その派閥は帝国の力をあてにするし、逆に敵対する派閥は帝国の介入を警戒して強硬手段に出かねない。やられる前にやるは、この世界じゃ当たり前だ。

 しかし、想像以上に皇王が嫌われているおかげで、皇国で派閥争いしている人間にとって、「皇王の復帰」という選択肢は「あり得ない」という共通認識ができている。


 そんな嫌われ者の面倒を見なくてはいけないというのは非常に気の滅入ることだが、まぁ皇国に帝国の戦争に介入されるよりはマシだ。

 とはいえ、予断の許さない状況であるのは事実。具体的に言うと、皇国の派閥争いに決着がつくとマズい。そうなれば当然介入される。

「分かりやすく言ってくれ」

「俺たちは今、皇国が動けるようになる前に周辺国との戦争を終わらせなければいけなくなっている。というより、皇国の次期皇王が決まった時点で、どれだけ不利な戦況でも講和を結ばないといけない」

 そうしないと、帝国は皇国に宣戦布告される可能性が非常に高くなる。そしてその場合、帝国は間違いなく悲惨な状況になる。それが本当のタイムアップだ。


「なるほど。しかし皇国の派閥争いはすぐには終わらなそうなのだろう?」

「それでも、帝国でコントロールできる問題じゃない。しかも仮に次期皇王が決まらなくても、それよりも先に帝国を倒すべしって考えになられるとヤバい」

 そもそも皇王が人気ないから今は皇王の身柄確保より、次期皇王決めの政争の方が優先度は高くなっている。

 しかし情勢の変化や考え方の変化によって、その優先順位が入れ変わるような出来事が起きてもダメだ。皇王を確保している帝国に強硬手段を取ってくる。

「つまりだな、帝国には時間が無いんだ。だから本来は万全を期して着実に勝てる戦いだけをするべきところを、多少のリスクは許容して、素早く勝たないとマズいんだ」

 しかも、俺はアプラーダとロコートに割譲した旧帝国領を取り返すっていう大仕事がある。普通の勝ちではなく、講和の際に旧領を取り戻せるような圧倒的な勝利が必要なんだ。

 そのために、俺はリスクを背負わないといけない。


 ……まぁ何か最近、ずっとリスクを負ってる気もするが、それが効率良いからな。

「なるほど……あぁ、やっとわかったぞ。それで、リスクってことはお前も船に乗るのか」

 急いで南方三国との戦争を終わらすために、黄金羊商会を使いアプラーダを海から攻略する。そして北からチャムノ伯軍の本隊が南下し、アプラーダ王国の主力を挟撃する……この作戦が成功すれば、帝国は圧倒的な勝利を手に入れることができるだろう。

 このアプラーダ王国への計画のために、俺は俺の命を囮にする。


「いいや。もっとリスクを取る」

 普通に考えたら、南方三国の攻略は一か国ずつだ。戦力の分散は愚行となることが多いし、俺も基本的には戦力は集中して運用すべきという人間だ。だが今回は速度……つまり、効率重視だ。

「俺はわずかな兵力でロコート王国と戦う。つまり二か国の攻略を同時進行で行う」

 安全で確実な勝利ではなく、短い時間で最大限の成果を。そうしなければ旧領の奪還も叶わずにタイムアップが来てしまう。

 それを許容できるほど、皇帝の権威は盤石じゃない。……皇王のせいで、こんな戦略を立てるしかなくなってしまったんだよなぁ。


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― 新着の感想 ―
皇国が長いこと派閥争いしてくれると助かるけど… そうもいかないよねぇ、ていう気はする いやでも開戦を遅らせればいいだけだから… うーん、これ皇帝の威信が多少減ってでも聖の称号もらって皇王たちつっ…
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