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 馬具には、拍車と呼ばれるものが存在する。靴の踵の部分に装着する小さな突起がついたこの馬具は、騎手から馬への推進の合図を強化するために用いられる。

 ガーフル人にとって、これは貴族の象徴だった。元々騎馬民族だったガーフル人には、「馬に乗れなければ貴族に非ず」という考え方があった。よって、貴族はみな騎兵となれるし、だれもが騎兵に憧れる……それが、ガーフル騎兵の強さの根底にあった。

 拍車、華美な装飾のついた派手な鎧、そして軍旗。これらがガーフル人の、貴族を表す三要素だった。


 そのすべてが地に臥せっていた。転がっていた……死体とともに。


「まさか、ここまでとは」

 増水した川の水量が戻った頃には、日も暮れ始めていた。だから俺がこの光景を目にしたのは、翌朝になってからだ。

「……敵の生き残りは?」

 俺の質問に、宮中伯が答える。

「東西の城壁前で、退路を断たれて降伏した兵、約一万二〇〇〇……それだけです」

 それはつまり、残る約一万八〇〇〇の敵……敵軍全体の半数以上が、死体になってしまった可能性が高いということだ。

 ここから見える範囲でも、死体が……死体の山が、ずっと北へと続いている。



 あの時、川は予想以上に増水していた。それは濁流となり、北壁側を攻撃していた敵や、東壁を攻撃していた敵の一部がその濁流に流されて死んだ。

 そしてその濁流を前にして、東壁や西壁を攻撃していた敵軍は、退路を断たれたことを理解して降伏した。

 ……ここまではいい。それでも、川の北側に敵はまだ一万以上の兵力を残していた。彼らは敗戦を悟り退却しようとしていた。そして帝国軍も、橋もなく濁流となった川は越えられない為、追撃はできない……そこで終わるはずだった。

 ただ唯一、その時点で川の北側にいた部隊がいた……エタエク伯軍である。僅か二五〇〇騎の彼らは、敗走中とはいえ四倍以上ガーフル軍を、殲滅してしまった。


 俺たちはその様を、遠目でただ見ていた。突撃し、西から東へ突破したかと思えば、また突撃し今度は東から西へ突破。また突撃し西から東へ突破し、また突撃……突撃と突破を、ずっと繰り返していた。本当にずっと繰り返していた。たぶん夜通し繰り返していたし、それは恐らく今も続いている。


「本当に、同じ人間か?」

 そう思ってしまうほどの、一方的な戦いだった。確かに、騎兵が最も戦果を挙げるのは追撃の時だと思う。

 だが敵だって死にたくないと必死で抵抗したはずだ。敵は武装している兵だ。実際、エタエク伯軍のもの見られる死体も混じってる。

 何度も言うが敵はエタエク伯軍の四倍以上の兵力で、騎兵だって残ってた。

 それを、いとも簡単に……ナイフでバターを切り分けるように、切り裂いていった。濁流を越えられない俺たちは、それをただ眺めることしかできなかった。


 もちろん、エタエク伯のこの活躍は追撃時のものだ。彼女の成果は「勝利」を「大勝」にしたに過ぎない。

 今回の戦いの「勝利」の要因は別にある。それは……ガーフル軍が、ずっと自分たちが奇襲する側だと思っていたことだろう。

 川をせき止めることに成功し、罠に嵌めた安心感から、相手も同じ場所に狙いをつけていたことに最後まで気が付かなかった。

 自分が奇襲する側だと思っているときこそ、最も効果的に奇襲の被害を受ける。俺はそれを身を持って体験した。

 あれほど一方的に攻め寄せられ、防戦一方だったのに……ここまで敵が総崩れになるとはな。


「それで、エタエク伯は今どこに?」

「もうすぐ国境にたどり着くそうです」

 未だにずっと敵を追撃して狩り続けてるとか、ガーフル人に恨みでもあるのか?

 いや、もちろんこれが戦術的に正しいことなのは分かっている。敵が崩れたのならば、徹底的に追撃するべきだ。目先の勝利に酔い、その先の勝利を取り零した例は歴史上枚挙に暇がない。

 だが分かっていても、途中で止めてしまうのが人間だ。それを、夜通し戦い続けるとか……エタエク伯軍は噂通りの連中らしい。

「やべぇな、あいつら」



 その後、ガーフル貴族の軍旗は皇帝軍が回収した。ガーフル貴族が身に着けていた華美な鎧や装飾のついた鎧は、地元の人間が売り払おうと漁っていった。

 残ったのは死体の山と、同じく山のように積み上がった拍車のみ……拍車も少しは金になるはずなのに、あまりに多すぎて乞食ですら拾うことはなかった。そんな伝説が残ることになるこの戦いは、後に『拍車山の戦い』と呼ばれることになる。


***


 皇帝親征軍はその後、ニュンバル侯領をガーフルとの国境まで取り返した。もちろん、抵抗は一切受けなかった。

 そして国境付近でようやくエタエク伯軍と合流することになる。


「敵の新手だと?」

 俺は合流したエタエク伯から、そんな報告を受ける。

 ちなみに、独断専行の処罰を……とか申し出てきたけど、もちろん咎めることなく許している。独断専行はそれに見合う成果を上げれば許されるのがこの国のルールだ。

 伯爵はそれだけの功績を上げているし、冷静に考えればあそこでエタエク伯が攻撃しなかったから、敵は後退せずにブロガウ市に固執し、退路を断たれた一万二〇〇〇もの捕虜を得たのかもしれない。全ては結果論の世界だからな。

 ……というか、これで俺が処罰を下したら、俺が批判されること間違いないし。だって皇帝軍内部で噂されてるエタエク伯のあだ名、『ガーフル人殺し』だぜ? ガーフル人と長らく宿敵関係にあったブングダルト人的には、讃えることはできても咎めることはできないだろうよ。


 あとそうそう、ヴェラ=シルヴィについてだが……さすがにあのブロガウ市北の惨状は見せたくなかったので、別行動で南に向かってもらってる。新しい仕事はゴティロワ族領の遺跡調査に向かったヴァレンリールと合流すること。

 そしてヴァレンリールがゴティロワ族に迷惑かけていないか確認し、迷惑をかけていた場合はヴァレンリールと牢にぶち込んでゴティロワ族に賠償する。っていう、極めて重大な仕事を任せている。


 閑話休題、エタエク伯が言う敵の正体は、どうやら新手とは少し違うらしい。

「いえ! 私もそう思って突撃しようと思ったのですが……向こうの使者らしき者が講和を求めているだけだと主張するもので」

「講和だと? ……名前は」

「ステファン・フェルレイ、とのことです」

 アイツか……この期に及んでついに出てきたか。



 そして俺たちは、ステファン・フェルレイから提示された条件に目を通す。

 まず大前提として、「今回の戦いは『暴走した主戦派貴族』による勝手な侵攻であり、これは皇帝カーマインも認めるものである」の一文からはじまっていた。

 普通にイラっと来たが、我慢してそのまま読み進める。


 次に、「しかしそれでは納得できないと思うので、共和国は賠償金と責任者の首を差し出す用意がある」とのこと。

「責任者ですか、もしかして逃がしてしまったのでしょうか」

 そう首をかしげるエタエク伯。今回の追撃で敵の大将を討ち取れなかったと解釈したらしい。

 実際は敵の将は皆討ち取るか、捕虜に取るかしている。討ち漏らしはほぼゼロに近い。それくらい、今回の戦いに参加した敵の貴族は壊滅している訳だが……違うと否定するのも面倒だったので、これも放置。

 どうせ適当な貴族をスケープゴートにするつもりなんだろう。最初っから敵は「暴走した過激派」ではなく、「穏健派以外のガーフル貴族」だったんだから。


 そして最後に……もしこちらが講和を望まないなら「連れてきた穏健派の軍勢も参戦せざるを得ない」とのことだ。

 その数、二万。


「どう思う」

 俺はその場の諸将に意見を募る。まぁ、結果は何となく俺も分かっているが念のためな。

「平地で何の策もなく正面から戦えば、今の我々には厳しいのでは」

「……同じ意見です」

 まぁ、やっぱりそうだよな。

 俺たちは、歴史的な完勝を遂げた。下手したら歴史の教科書に載るんじゃないかってレベルの大勝だ。ただ、その代償も大きかった。

 そもそも、その前の籠城戦が本当にギリギリの戦いだったのだ。大量の負傷兵はブロガウ市に置いてきたし、ここに来るまで各地を解放しながらだったから、兵は最低限しか休めていない。そんな消耗しきった状態で、新しい敵とか……そりゃ厳しいってなるのは当たり前だな。


「エタエク伯は?」

「ご安心ください、我ら最後の一兵となるまで戦い抜いて御覧に入れます」

 エタエク伯のそれ、言外に勝てないって言ってるようなもんだから。実際、エタエク伯軍はこの追撃で無茶な突撃を繰り返していたため、負傷兵なども多く出している。今は元の半数以下の兵しかいない。あの異常なまでの突撃をしたエタエク伯がこの意見だと、まぁ無理か。


 しかし、ペテル・パールは少しだけ違う意見のようだ。

「籠城戦を選ぶなら可能性はあるんじゃないのか?」

 俺からの無茶な命令を無事に完遂したアトゥールル騎兵は、俺に臣従してから一番の損害をこの戦闘で出している。

 それでも、そのお陰で歴史に残るような大勝を帝国は掴んだのだ。その甲斐はあったと思いたい。

「意外だな……アトゥールル騎兵は籠城戦に向かないだろう」

 彼らはその機動力と騎上でも高い火力を出せる弓のセットで猛威を振るっている。その機動力を生かせない戦場を自ら望むとは思えない。

「あぁ、俺たちはそうだな。だが陛下は防衛戦が得意だろう。少なくとも、見てきた中で五本の指には入る。どうせなら得意な戦場を選ぶべきだ」

 ……なるほど? 言われてみればシュラン丘陵の戦いも今回も防衛戦か。テアーナベ遠征の時は攻撃側だったり、攻城戦だったり……それらの戦いでは何もすることが無かった。

 思い返すと実に情けない。これ、防衛線が得意っていうより、防衛線くらいしか役に立てないとかじゃないよな?


「しかし……敵は手痛い敗戦の後です……警戒するのでは」

「相手を自分が得意な戦場に誘い込むのも戦術だ。俺は思いついていないがな」

 アルヌールにそう返すペテル・パール。まぁ、警戒されてるっていう意味では、今回の戦法と同じものは使えなさそうか。いくら全滅に近い損害を与えたからと言って、生き残りがいないわけではなさそうだし。

「となると、内容は別として講和は受ける方向か?」

「口惜しいですが……やはり隣が」

 アルヌールの不満げな声に、俺も思わず苦笑いを浮かべる。

「若いアーンダル侯には期待したんだがな」

 結局、彼はガーフル相手に一度も勝てなかった。というか、まともな戦いにすらなっていなかったらしい。もちろん、ガーフルの主力はニュンバル侯領に来ていたし、それは俺たちによって殲滅された。それとは比べ物にならないほど少数で、弱い相手に大敗したと。

「ヌンメヒト女伯の援軍込みで辛うじて耐えているようでは、この先が思いやられます」

ヴォデッド宮中伯の辛口評価も入る。まぁ、彼については後で考えないとな。


「しかし当初の目的は達成できたか」

「はい……助かりました」

 そう言って恭しく礼をするアルヌール。俺たちは突出したガーフル軍を殲滅し、突破された戦線を完全に押し返した。それが目標だったのだから、ここら辺が潮時だろう。

 何より、ガーフル相手に講和を結べれば皇帝軍を帝都に戻し、今度はやや押し込まれているワルン公領方面に移動することも可能だ。あるいは敵首都を電撃的に攻撃できそうなアプラーダ王国攻めの準備に入ったっていい。


 となると、講和一択だな。

 そう決めた俺が宣言しようとした時、ニュンバル伯が「あ」と声を上げた。

「忘れていました。条件としてもう一つ……陛下との直接交渉を望んでおられます」

 そういう大事なことはもっと早く言え……まぁ、想定の範囲内だけどね。



***



 本来、講和とはすぐに成立するものでは無い。事前交渉を経て内容を折衝し、お互いの妥協点を探り、相応の合意の上で成立する。

 だが、今回の講和についてはその事前交渉は無しとなった。それがあちらからの希望だ。向こうの魂胆はもう読めてるのに、まだオーパーツを使えると思っているらしい。

 むしろ俺としては手間が省けて有難いと思っているくらいだけどね。


 場所は、帝国とガーフル共和国の国境、ちょうど境にありよく領土争いの種となっている村が選ばれた。

「既に先遣隊が村に向かい、講和会議の場を整えているとの報告が」

 向こうが皇帝を指名してわざわざ呼び出してきたのだ、その分、場所のセッティングはこちらで行えることになった。会議用に部屋を掃除し、封魔結界も持ち込み起動……ここまでは別に、何一つとしておかしなことはしていない。


「陛下。あの講和条件を受け入れるので?」

 会場に向かう馬上で、ティモナがそう俺に尋ねてくる……やっぱり、俺と長いこといるせいか俺の考えが少しずつ分かるようになってないか?

「いや? 全くそんなつもりは無いが」

 そもそも、俺はどうしてもガーフル共和国に認めさせたい条約が一つだけあるからな。


 俺はさらに、信用できる二人にニヤリと笑いかけた。

「バリー、ティモナ。頼みがある」



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― 新着の感想 ―
あれっ 貴族連合軍じゃなくてガーフィール軍じゃん 3国がどうのこうのって国と戦う感じじゃなかったっけって変だなーと思ってたら盛大に勘違いしてたわ… そんで歴史に名を連ねる大勝をしてガーフール軍もこ…
[一言] 騎馬は最も殲滅に向かない兵種で。 書いてある通りの戦場で突撃を繰り返すなら逃走兵が大量に出て離脱していくはずなんですよ。 書いてある内容だと、少なくとも9割は殲滅したように読めますが。敵の統…
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