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平定作業


 シュラン丘陵での戦いから二週間後。俺たちは、ラウル地方をひたすら行軍していた。


 ラウル軍の主力を壊滅させた上に、宰相の跡を継いだ一人息子、ジグムント・ドゥ・ヴァン=ラウルをシュラン丘陵にて戦死させた。やはりこれが大きかったと思う。

 そもそもこの戦いは、宰相を罪人として彼の一族から爵位を取り上げた俺と、それに反発した宰相の息子との戦いだ。そして俺はこの戦いでラウル僭称公を討ちとり、また彼には正式な子供がいなかったことで一族が断絶。これにより、仮に爵位を没収していなかったとしても、爵位の継承者は俺になる。

 一方、通称『ラウル大公国』の貴族たちには、この発表を否定する材料はなく、『大公』を失った彼らは、急速に瓦解を始めている。もはや彼らの抵抗に大義名分は存在しないからだ。


「その結果、ここまでラウル領のあらゆる都市が無条件で降伏している。そうなると思ってわざわざシュラン丘陵に誘い込んだのだから、当たり前なのだが……」

 それにしたって、サクサクと占領作業が進みすぎている。あまりにも簡単だ。

 現に我々は、ラウル公の領地では最も東側にあるもう下ラウル公爵領にまで到達してしまった。



 ちなみに、たとえばワルン公はワルン公爵領を治めているからそう呼ばれる。しかしラウル公が治めてきた土地に、「ラウル公爵領」という土地は存在しない。あるのは「下ラウル公爵領」だけだ。これは帝国の領地称号に関する長い歴史が関係する。

 かつてロタール帝国の時代、帝国本土は九つの公爵領に区分されていた。アフォロア公爵、トロダウ公爵、ヘアドア公爵、アキカール公爵、上メッシェン公爵、中メッシェン公爵、下メッシェン公爵、上ラウル公爵、下ラウル公爵である。その後、ロタール帝国の繁栄と拡張の中でテアーナベ辺境伯やブングダルト方伯といった領地が成立したのだが、まぁ置いておこう。


 それからロタール帝国の崩壊、再興、再びの滅亡、そしてブングダルト帝国成立という歴史の中で、これらの土地は分配や再編が何度も行われ、古い名称も消滅していった。しかし下ラウル公爵に関しては現在までほとんど領域が変わらなかった為、今なおその当時の名称が残っている。

 ただ、宰相はかつて上ラウル公爵領と呼ばれた地域もほとんど手に入れており、この「下ラウル」と「上ラウル」の両方を治めているという意味で、同じ派閥の貴族から「両ラウル公」と呼ばれていたわけだ。

 ちなみに、ここでいう「上」「下」は当時の帝都から見て近い所を「上」遠い所を「下」としていたらしい。日本の「越前」「越後」と同じ感じだろう。 



 閑話休題、つまり我々は今ラウル公の本拠地と呼べる地域を進撃しているわけだ。それなのに、抵抗がほとんどないのというのは違和感を感じる。

「陛下は『兵の先頭に立ち突撃し、弱兵で二倍のラウル軍を打ち破った将』ですから!」

 隣に並んでいた近衛大隊長のバルタザールが、嬉しそうにそう話す。降伏した都市では、そう噂されているらしい。


 ……うん、ハードル上がりすぎじゃないかな。俺の努力がほとんどカットされている。それだけ聞くとマジでヤバイ皇帝だな。

「宮中伯? 噂が独り歩きしている気がするのだが」

 何か余計なことをしたのかと、隣で馬に乗るヴォデッド宮中伯に目を向ける。

「何もしていません……それだけ、あらゆる人間の想定を上回る、派手な勝利だったのでしょう」


 実のところ、本気で各都市が籠って抵抗するようだと、こちらとしてはかなり不味かった。勝利はしたものの、皇帝軍もかなり消耗している。

 シュラン丘陵で右翼を担当した諸侯軍はどこも四割ほど、マルドルサ侯軍などは五割の損失を出した。つまり、元の半数しか戦力として動かせない訳である。ちなみにこれは、死傷者や逃亡者の合計であり、死者数でみるとそれほど多くない。


 そして直轄軍の新兵については、元は二〇〇〇の部隊で残った兵は一五〇〇。ちなみに、消えた五〇〇の内、半分は怪我や戦士だが、もう半数は行方不明である。それも、シュラン丘陵での戦闘後に敵兵からはぎ取っていた連中ばかりが消えている。おそらく、戦利品を手にして逃亡したのだろう。本当に、頭が痛くなってくる。



 ともかく、シュラン丘陵の戦いから二週間の間、俺たちはラウル地方を順調に平定していた。

 奇襲される可能性や都市に籠城される可能性を考えて、それほど部隊は小分けにしていない。それもあってか、都市を取り囲めば即開城、それどころか軍隊が近づいただけで敵は降伏していく。

 おかげで、ほとんど移動しっぱなしである。まぁ、シュラン丘陵でこちらもかなりの兵力を消耗したからなぁ。ありがたいと言えばありがたいか。


「ところで……シュラン丘陵から逃亡した敵兵たちの行方は?」

 これは当たり前の話だが、シュラン丘陵で戦った敵兵の多くは敗走……つまり俺たちから逃げ切っている。その中には、ラウル僭称公が死んだ後も、まるで彼が「生きている」かのように戦わせた将もいる。まだまだ油断はできないはずだ。


「大半は地元に戻り、そこで我々に降伏しているようです。特に民兵の多くは我々が寛容な態度を取っていることを知り、続々と降伏しております」

 俺は、皇帝として降伏した都市での略奪などを固く禁じている。既に一部の兵士は、略奪を働いたため処刑し、見せしめにしていた。

 確かに、この世界の常識として勝者は敵だった都市で略奪をするものだ。だから俺は、他国の土地で兵が略奪を働いても、場合によっては許すかもしれない。俺個人の心理的に抵抗があろうとも、俺は皇帝としてどうするべきかで判断する。それが皇帝として見逃すべき行為なら、俺は非道な人間になろう。


 だから今回も、皇帝として許すべきではないから許さない。なぜなら、独立を宣言していたとはいえラウル地方は帝国の領土だ。帝国の君主として、今までもこれからも、俺は帝国の領土を守るために行動する。だから帝国領を荒らす人間は、同じ旗を掲げていても帝国の敵だ。


「ですが、一部の将兵は北東へと逃れていったという情報を得ています。行先はおそらく、ガーフルかと」

 ガーフル共和国……貴族共和制の国家であり、そしてガーフル人は帝国にとって幾度となく戦ってきた宿敵のような存在である。そんなところに逃げ込むとは……俺のところに降伏したら、命を取られると思っているんだろうか。ちゃんと寛大な処分を下してるんだけどなぁ。



「陛下! 両ゴティロワ族長ゲーナディエッフェ殿から使者が参られました」

 するとそこで、前方から伝令が走ってきた。都市から都市へと行軍を続けている内に、ゴティロワ族の軍勢の近くまでたどり着いていたらしい。

「用件はなんだ」

 俺がそう聞き返すと、伝令ははっきりと報告する。

「救援要請です! セウブ市の抵抗が苛烈とのこと」

 独立を宣言したラウル領には、帝都カーディナルのように「首都」と呼ぶべき都市はない。宰相はいくつかの大都市を転々とし、そこから領地を統治していた。セウブはそのうちの一つであり、ここからかなり近い。

 それにしても、ここまでろくに抵抗がなかった中、急に抵抗する都市……もしや敵の指揮官はそこにいるのか。


「目標を変更! 急いで向かう。宮中伯、念のため頼むぞ」

「承知致しました」

 罠の可能性もあるから、宮中伯には密偵を使って探ってもらいつつの進軍だ。さて、鬼が出るか蛇が出るか……。



※※※



 ところが事態は、想定外の結末を迎えた。なんとセウブ市は、俺たちが近づくとすぐに降伏したのである。包囲していたゴティロワ族の軍勢を突破し、ボロボロになりながら使者が差し出した手紙には、ほぼ無条件で降伏する旨が書き留められていた。

 ただし、唯一の条件があった。それはゴティロワ族を都市に入れさせないことである。


 なんでそんなにゴティロワ族は嫌われているのだ……何か過去にやったのだろうかと俺は疑問に思ったのだが、諸将は何も驚いていなかった。どうやら、これが異民族に対する一般的な反応のようだ。

 完全な民族差別ではあるが、法律で禁じればすぐに改善される……という問題ではないよなぁ、差別云々は。皇帝としては国内での民族対立とか差別とかって、百害あって一利なしなんだけど。


 あと聖一教徒は、ゴティロワ族に対しては他の異民族以上に嫌悪感が強いらしい。理由は、彼らがドワーフ族に似てるから。


 ……いや、これが本当に根深い問題なんだよ。



 そもそも聖一教は異大陸で誕生した宗教だ。しかし初期の集団は、その異大陸で激しい迫害を受け、船に乗ってこの東方大陸まで逃れてきた。この苦難の日々は聖一教の聖典に細かく描かれているのだが……どうやらこの時、もっとも苛烈に聖一教徒を迫害したのがドワーフ族らしい。

 そしてドワーフ族の特徴は『女も毛深く、どいつもこいつも髭を生やし、何より短躯である卑しい連中』……いや、本当にこんな風に聖典に書いてあるんだよ。私怨が込められ過ぎである。


 そしてゴティロワ族も大人ですら背が低く、さらに毛深い傾向にある……その共通点が、聖一教徒的にダメらしい。


 これについては『アインの語り部』のダニエルに詳しく話を聞いた。彼は長命種族のエルフであり、実際見てはいないものの、聖典よりも正確な当時の事情を知っている。



 どうやら転生者であるアインは、差別の愚かさや憎しみに囚われる無意味さを説き、ドワーフから受けた迫害も赦すよう諭していたらしい。

 だが事実、当時の信徒はそれはもう言葉にできないレベルで酷い殺され方をしたそうで、彼らの恨みはそのまま聖典へと持ち込まれた。


 聖一教の厄介なところは、転生者アインの言葉を元にその信徒たちが文字に書き起こしたものが「聖典」となっている点だろう。その結果、アインの教えは一部が故意に歪められてしまった。

 つまり、聖一教徒的にはドワーフは「悪」であり、そのドワーフに似た特徴を持つゴティロワ族に対しても嫌悪感が強いらしい。


 まったく、面倒な話だ。帝国は彼らと仲良くしなければいけないというのに。



「いやはや、実に助かりました」

「久しいな、ゲーナディエッフェ」

 セウブ市から少し離れた地点で、俺はそんな嫌われ種族……ゴティロワ族の長、ゲーナディエッフェと会っていた。彼らはここに陣を張って寝泊まりするらしい。どうやら、ここに来るまでのどの都市も、同じように強固に抵抗してきたため街へは入れていないらしい。


 ちなみに俺は、少数の近衛のみを引き連れそこを訪れていた。俺が異民族と交友を深めることに文句を言いそうな貴族は、今率いている軍中にはいない。逆に言えば、ラウル地方を完全に平定してそこの貴族らが復帰したら、気軽に会うって訳にはいかなそうだからな。

 一方で、ゴティロワ族の方は多くの面々が並んでいた。おそらく、ゴティロワ族内での主要な人物が並んでいるのだろう。ゲーナディエッフェは帝国人とそう変わらない容姿、背丈だが、彼らは確かに背が低く、髭を蓄えていた。


「色々と苦労を掛けたな」

 体裁としては、皇帝がわざわざ異民族の宿泊地を訪れたのだ……これだけでやりすぎだという連中もいるかもしれない。

 しかし俺としては正直、ちゃんと言葉にしなければ……いや、言葉にしても足りないくらいに感謝している。



 今回の対ラウルの戦いは、ゴティロワ族が真っ先に戦い敵を引きつけ、彼らが消耗してでもラウル領を我々と挟撃してくれる前提で作戦が練られた。彼らの奮戦がなければ確実に勝てなかった……逆に言えば、ゴティロワ族が損害を請け負ってくれたからシュラン丘陵での勝利という名声を俺は得られた。

 それを分かっているからか、ゲーナディエッフェ以外のゴティロワ族からの視線は決して優しいものではない。だが恨みや憎しみも感じない。敵視はされてないなら良かった。どうやら、一定の評価はしてもらえていそうだ。


 いやほんと、ゴティロワ族には頭が上がらない。それくらい、色々と尽くしてもらっている。それに相応しい報酬を与えられないというのがまぁ、心苦しいのだが。


「何、ラウルなんぞに成り代わられては、儂らが困りますからなぁ」

 今回の対ラウルの戦闘は、ゴティロワ族がもっとも激しく戦い、もっとも損害を出した。最大の会戦はシュラン丘陵だったが、ゴティロワ族は毎日のように小規模な戦闘を繰り返し、ラウル軍と一進一退の攻防を続けた。シュラン丘陵での戦いは皇帝派に限って言えば、戦死者はそれほど多くないからな。


 そこまでしてゴティロワ族が全力で戦ったのには、ちゃんと彼らなりの理由もある。

 歴代ラウル公は、隣人であるゴティロワ族に対し高い関税を課してきた。特に穀物に対する高い関税は、山岳地帯に住むゴティロワ族にとって死活問題に等しい。

 だからラウル公爵というのは、俺たちにとって共通の敵だった。それに、俺は自分に味方したら関税問題について改善するって明言していたしな。利害関係の一致という奴だ。


 ただ、だからといって胡坐をかくつもりはない。それだけ俺は、この異民族との関係を重視している。

「ティモナ、例のものを」

「はい」

 俺は控えていたティモナに贈り物を持ってこさせる。


「……それは?」

「シュラン丘陵での戦いについて、どのくらい聞いている?」

「敵を引きつけ、大砲の砲撃で以て敵を混乱させ、最後は陛下自ら騎馬を率い突撃なされたとか」

 なるほど、出回っている噂よりかは正確な情報だな。

「余はこの旗を掲げ、敵陣に斬り込んだ」


 持ってこさせたのは、俺が突撃する時に掲げていた旗だった。血や砂ぼこりで汚れたこの旗は、ぶっちゃけ本陣に刺さっていた旗を一本引き抜いたものだから、元々は大したものではない。

 だが俺はこの旗を掲げ、そして勝利した。だからこの旗は、数世紀後にも現存していれば、博物館かなんかに飾られる……かもしれない。実際にそうなるかは今後の俺の治世次第だと思うけど、それくらいの『価値』は生まれたと思う。

 今でもたぶん、西方派とかは欲しがるんじゃないかな。あの生臭坊主どもはこういうの、たぶんこういうの好きでしょ。


「これを卿に贈ろうと思う。これを以て、ゴティロワ自治領は帝国の領邦である証明とする」

 描かれているのは、皇帝カーマインを表す紋章……まぁこれ、俺が生まれた時から決まってた紋章だから、いずれ自分で考えた紋章に変えたいんだが……今は帝国を表すシンボルとして十分だろう。

 居並ぶゴティロワ族がざわつく。同じく動揺したらしいゲーナディエッフェが、口を開いた。

「へ、陛下。これはさすがに……」


 たかが旗ではある。しかし今や世界に一つしかない、シュラン丘陵での勝利の象徴だ。自分で言うのもなんだが、貴重なものである。

「だからこそだ、ゲーナディエッフェ。これが余の覚悟である」

 聖一教から、ゴティロワ族は嫌われている。だが俺は、今の西方派よりゴティロワ族を選ぶ。今回の戦いでの彼らの活躍を見て、彼らにはそれだけの価値があると判断した。

 とはいえ、帝国貴族とゴティロワ族にはまだ隔たりも大きい。いきなり官職を与えれば反発は確実……だからこれは、せめてもの誠意である。


「余は皇帝カーマイン……帝国の守護者である。故に、余は異教徒だろうが、異民族だろうが、帝国の臣民であれば等しく守ろう。帝国に尽くすならば、その働きに酬いよう」

 俺は現代日本を生きた転生者だ。その価値観はこの世界の一般的なものとは異なる。異民族だろうが、異教徒だろうが、女性だろうが関係ない。帝国の民なら守る。帝国のために働くなら評価する。


「全ては帝国のために。帝国の旗の下において、民族も性別も、大事の前の小事に過ぎぬ」

 ……本当は宗教もな。ただ、皇帝としてこれは流石に口に出せない。


 今までの俺は、無力だった。だから自分の価値観を押し付けずに、この世界の価値観を優先してきた。

 でも俺は、今回の勝利で力を得た。まだ押し付けはしないが、自分の考えを押し殺すこともしない。俺は皇帝だからな。

「その覚悟、謹んで頂戴しましょう。これからも我ら、陛下に報いるべく心血を賭して戦います」

 そう言って深々と頭を下げるゴティロワ族の面々に、俺は大きく頷いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新されてる!万歳!
[良い点] 一応ちゃんとした勝利のようですね。皇帝派の幹部は大体も自我評価が実際能力より過大している気がしなくもないですけど… ちなみに種族差別を無くす覚悟は見事です
[気になる点] 越前越後とかの前後、前中後の例より、上総下総や上野下野(上毛野国、下毛野国)の方が近そうです 旧国名で上下は、日本列島内にはここしかなかったような? 旧国名以外も含むなら各地にありま…
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