おまけの追話 現れたのは孫娘
悔しそうな我を見て、針子屋のエミンはニコニコと楽しそうだった。学ばねばならぬが、立花のものが侮れるは恥だ。
「あらあら、凄い殺気ね。人形の服でよければ作るわよ」
強い剣気を叩きつけても、微動だにしない。こやつはかつては名のある兵だったに違いないのう。
「なるほど得心がいったわ。戦の被害が少ないのは、その方らのようなものが守っていたのじゃな」
スアンめが、ここを教えた本当の理由もこれでわかった。商業ギルドとやらの関係もあるのだろう。
「我の陣営にはまだまだ人手が足りぬのだ。我に協力するというのならば、商業ギルドとやらの勢力も追い出してやるぞ」
我につくのなら、我とて無下にはせぬ。コバンめの仕事は増えるだろうが、マッザーの町にはこうした連中がいる。引き上げて──適材適所で使っていけば良いたけだ。
「あらあら、噂に聞いていた以上に聡明な方のようね」
「お主らにらには負けよのう。我に足りぬ知識は、そなたらに補ってもらう。マッザーの民衆には悪いようにはせんよ」
最初の服屋はギルド側なのだとわかった。横柄な態度は、ギルドから顧客が確保されているからなのだな。
先にアカネの服から作ってもらうことにした。人形の服とはいうが、人の着るものとさほど変わったように見えぬのう。
「誾千代さま、見てください。紙の服です」
アカネがはしゃぐ。それは服ではなく型を取るものだ。まあ楽しいのならよかろう。アカネの服を仕立てながら我とエミンは話を続けた。
「先代の御領主様がいた頃は、もう少しまともだったのよ。代替わりしたせいもあるけれど、一番の原因は王都の方にあるかもしれないわね」
エミンはマッザーの商会所属で王都からやって来た新参の商業ギルドは信用していなかった。
「戦うのなら覚えておいて。マケナディア王国の分断をはかっているのは商業ギルド……いえ、アギコナ大商会よ」
この国の商業ギルドはすでにアギコナ大商会により乗っ取られて、機能を失っているのだろう。ザッマを見限り我にすぐに挨拶を寄越したのも、傀儡など誰でも良いという証左なのだろうからのう。
「‥‥つまりそなたらとしては、我ら王国の領主か大商会か、頭は一つにしてほしいわけじゃな」
「ギルドが徴収する割合が戻ってくれるだけでよいのよ」
アカネのあと、我の服を仕立てながらエミンは笑った。
「三割じゃ」
「はいはい、えっ?」
「三割、我へ納める分を免ずるゆえに、浮いた分で商会と戦う分に回せ」
「あらあら、それは御領主様へ向けられる、刃となるかもしれないのではなくて?」
「脱したいというのなら立花の主として、助力する。じゃが、恩知らずにも刃を向けようものなら、まとめて潰すまでよ」
何度目だろうか、この言葉をこうして吐くのは。アカネがキラキラした目で我を見る。傲慢貴族に生臭坊主や悪徳商人が幅を利かせてるようでは、この国はもう崩壊するのだろう。
伝え聞く将軍家の最期も、似たようなものだったからのう。
「フフッ、本当に面白い子ね。免除の分は貯蓄しておきなさい。言わなくてもわかっているのでしょ?」
エミンが不敵に笑う。中々腹の黒い女だ。我は寸法を取り終えた後、あらためてエミンとガッシリ握手を交わそうとした────。
「!!」
交わすつもりの握手がスッと逸れ、エミンに抱きしめられた。
「もう駄目よ、我慢出来ないわ。なんて誾千代ちゃんは可愛いのかしら」
こやつ‥‥殺気がないから好きにさせたが、我を人形と思うておらぬか?
「あ~っ、駄目ですよ。誾千代さまはわたしの主さまなのですから」
アカネが割って入ろうとするが、このエミン、とても初老の女とは思えないくらい締める力は強い。我ではなく、アカネなら締め潰し兼ねない強さだ。
「────その手を放してもらおうか」
乱れた髪を整えることもなく、狭い店内へズカズカと入り込んだのは、ヒイロだった。
本当にどういう嗅覚をしているのか、いや違う。こやつら親類なのか。どことなく顔つきや、空気感が似ているのう。
「お祖母様、私に気づかせないように、閉店の札まで貼りましたね。そのような手を使おうとも、漏れ出る誾千代様のエナジーは隠しようがないのですよ!」
迎えに来て早々に気持ち悪いぞ、こやつは。エミンが我を抱きしめたままため息をつく。ヒイロから香ばしい匂いがするのに、気付きその広げた両手に目をやった。
「あらあら、あなたってば、スアンのとこで買いでもしたのかい。ドアノブまでベタベタにしてぇ」
すまぬの、エミン。ヒイロにスアンのマナコシ焼きを運ばせたのは我だ。こやつ、マナコシ焼きをどんな速さで運んだというのか。
「さあ、誾千代様。お屋敷に帰りますよ」
置いてきぼりを食らわしたり、嫌がらせの言伝を残したりしたことは、ヒイロの中では問題なかったようだ。
だが、我のせいとはいえ、そのタレでベタベタした手で触られたくないぞ。
「アカネ、洗い場か水場を借りてヒイロの手を洗ってやれ」
まったく、手のかかるやつめ。
「‥‥世話の焼ける娘でごめんなさいね」
我から手を放し、アカネとヒイロに洗い場を案内したエミンが、あやつが汚した場所を拭きながら謝る。
「孫娘だったのか。どおりで我の事を良く知る」
我もあやつの主ゆえに、掃除を手伝った。馬鹿力で壊した扉の取っ手も、エミンが器用に魔法で修理していた。
「ああ見えて、志の高い子なのよ。早くに両親を亡くしたのに、素直で」
ちょっとおかしな趣味は、祖母のエミンの影響なのだとわかって安心した。人形師のエミンが作る人形はどれも可愛らしいのだ。
「連絡はどうやっていたのだ」
「普通に手紙。ザッコ様とザッマ様が仲違いするまでね」
マッザーが戦場になった時に、ヒイロは何も言わなかった。あの頑固者の変態は、身内や親しい知り合いよりも、我への忠義を取ったのだ。
「バカな真似をすると思うわ。でも、けして自分で決めた事は曲げない。だから‥‥辛そうな時は、誾千代ちゃんから折ってあげて頂戴」
ふむ。ヒイロめ、なかなか良い祖母を持っているではないか。
「大商会の件は別として、ヒイロめにそなたらに目を向けるように伝えておくとしよう」
「ありがとうね、誾千代ちゃん。いえ、誾千代様ね」
「私的な場では畏まらずとも良い。どうもあれは我の姉を公言しておるからのう」
「あらあら、じゃあ誾千代ちゃんは私の孫娘になるわけね」
エミンに再びぎゅっと抱きつかれた。アカネを抱えた水浸しのヒイロが我も抱え、エミンと騒いだあと帰路につく。
どうやらヒイロはヒイロで申し訳なさと照れ臭さがあって、あまりじっくりと話したくなかったのだろう。
都市マッザーの町並みは夕日に照らされ赤く輝いていた。スアンの店で買い食いは出来た。服は後日エミンが届けてくれる。
我とアカネはヒイロに抱えられながら、屋敷へと戻った。我らの留守を心配したコバンとヒイロが揉めて騒がしい。
「我はもう眠い。アカネ、ゆくぞ」
我とアカネは二人を放置して、屋敷に入る。口をすすぎ、歯を磨いたあと寝室のベッドへと潜りこんだ。
相変わらず動き回るとすぐに眠くなる難儀な身体だ。だが従者のアカネのみを連れて自由に散策など、前の世界では出来なかった事だ。
「アカネ、次は容赦なくヒイロを縛り付けて、ゆっくり町を探索するぞ」
「はい。その時はわたしもお手伝いします」
次がいつになるやらわからぬが、ヒイロを始末してからでないと、ろくに遊べない事は証明された。
おかげで思わぬ縁を知ることが出来たが、立花の当主がいつまでも過保護なのは民衆に示しがつかぬからの。
お読みいただきありがとうございました。




