おまけの追話 初めてのお買い物?
「誾千代様、お住いはどうされるのですか」
「城を築くのなら、水利的にもコーザの方が良かろう」
政治的な話しなどこれっぽっちも興味のないヒイロと、側仕えとして我にべったりくっついておるアカネが残った。
コバンはラッハルトやネヨーカらの手続きや、商業ギルドの対応に忙しい。シロウとクロナは大人や童子達と接収したザッマの屋敷の使用人達の、再雇用の為の面談を行っていた。
アーガスはワドウやホーネも一緒に連れて、マッザーの町に巡回へ向かった。アーガスはつくづく偵察好きな男だが、今回はのんびりしたいのだろう。
「ヒイロよ。暇ならばコーザの町を預かって、新たな兵を募って鍛錬をしてくれても良いのだぞ」
暇そうだからと、皮肉を言ったのではない。ヒイロは阿呆だが、侍としての腕は立つ。頑固なこだわりがと、人を惹きつける力もある。こやつの指導のもとで教練を行えば精強なる部隊が築けるのだ。
「魅力的な提案ですがお断りしましょう。誾千代様のお側、アカネだけでは役不足ですから」
お役御免と言ったわけではなく、ヒイロの才能を認めて、任せようと言うのに面倒なやつよ。
それでも命じればヒイロは従うだろう。凄く嫌そうな顔と態度になるのだがの。
「そなた……我に忠義を捧げたのを忘れてはおらぬよな」
「心外です。忘れてなどおりませんよ。姉としては妹達が心配なのです」
こやつ……義姉ではなく姉と言いきりおった。ニヘッと笑う口元が気味悪いのだよ。
「ならばこの町で良い。使えそうな門兵共を鍛えてやってくれ」
我は散策に出たいのだが、ヒイロがついて来ると目立つ。阿呆と言っているがヒイロは察しが良く、よほどのことが起きぬ限り外すのは無理そうだった。無駄に能力が高い弊害たな。
「敵の雇った暗殺者でもいたらどうするのですか。私は誾千代様の筆頭護衛でもあるのですから外そうとしないで下さい」
ほれ、勘が良い。こういう手合いは侮れぬのだ。
「どうもこうも、諜者がおれば始末するまでよ。アカネ、悪目立ちするやもしれんがいいかのう」
「わかっています、誾千代さま。ヒイロ様は途中で撒くのですね」
にっこりと笑うアカネ。良い笑顔たが、わざわざヒイロのいる前で言うあたり、アカネの肝はだいぶ膨らんだと言えよう。
仲良く睨み合っておるが、これくらい気が強うなければ、この世界ではやっていけぬのだな。童子のアカネと張り合う時点で大人としては問題なのだが。
ヒイロを撒こうと思えば撒ける。スキルに【雷鳴転速】とやらを覚えたからの。問題はこやつの目から逃れられるか……だな。
「ふむ──試してみるかの」
「?」
言い争う二人をそのままに、我はテクテクと歩き、会議に使っていた部屋の窓を開ける。良い風が入り込んで心地良い。そして二人の所へ戻る。
二人は我の様子を横目にしながら、まだ口喧嘩をしていた。アカネは我と同じくらいの年齢のはずだが、口は立つのだな。そしてヒイロ同様に察しは良い。
先ほどのヒイロにわざと行った会話の意味を、こやつは理解しておるのだ。つまり、これから取る我の言動にも。
「アカネ、黙るのじゃ」
我はアカネに近づき、ヒイロを庇うように言う。ニタリと笑うヒイロ。アカネは我に腕を掴まれ泣きそうに見る。
「キリがない。ヒイロ、扉を開けよ」
諦めた……そう見せかけヒイロが背を向け扉を開けた瞬間、我とアカネは飛んだ。我の居室の扉は内開き。風圧が発生し、ヒイロを跳ね飛ばして扉が閉まるのがわかった。
我らは飛ぶ‥‥というよりも正確には跳ねた。窓から我とアカネが飛び出した。窓の下は中庭になっておるが勢いはそのまま、反対の建物の壁に我は着地する。
「──まだ喋るでないぞ」
我と違い、跳ねる瞬間のわからないアカネは舌を噛むからの。アカネは我にしがみつき、抱き寄せられなが頷いた。
雷鳴転速とやらの効果は一瞬で切れた。壁に着地出来たはいいが、このままでは二人共真っ逆さまに落ちる。
「あやつに掴まる前にもう一飛びじゃ」
魔力量で、移動時間が決まるようだ。我はアカネを抱えて自力で跳ね、もう一度雷鳴転速で外門へと飛び出した。
さすがのヒイロも雷の如き速度を背中で感じ取るのは無理だったようだ。
雷鳴閃撃との違いは、身体を強めるものではない事だな。こちらは雷に包まれ移動に特化した感じだ。見える範囲、いまは直進しか出来ぬが稲妻の如き動きも可能のようだ。
「それにしても、あやつは化け物じゃからの。街のものの動きや、匂いで手繰って来そうで恐ろしいの」
町中ならば、すぐには見つからないと思っているが油断出来ぬ相手だ。
「後で怒られませんか?」
「大丈夫じゃ。どうせ戻ればコバンと揉めるからの」
あやつらの揉める理由は我にはよくわからぬが、我を咎める前に喧嘩になるだろう。
それよりもだ。異界の町中を、我も好きなように散策したいのだ。マッザーの町は我の部隊が鎮圧し、アーガスらが巡回し町を落ち着かせている。不穏分子はとうに逃げ出している。
もともと戦闘らしい戦闘もないので、普段通りの日常に戻っていると報告があったばかりだ。まあ散策といえど、視察も兼ねる名目くらいはあるかの。
「アカネ、まずは着る物を見てみようぞ。入り用なものじゃからな」
配分した金子とは別に、コバンから必要なものを買うための銭は預かっておる。金貨やら銀貨やらの入った銭入れは、いっぱいで重い。
城に商人が売りに来るのを待って買うよりも、我は町で好きに買ってみたかったのだ。自分の財布から自分の好きなものを買う、今も昔も出来なかった体験だった。
面会に来た商人の店は、貴族御用達で無駄に高そうだ。我とてそのへんは考えておる。立花の当主たるもの、無駄遣いはせぬものだ。
我はアカネと一緒に、町の者が利用するような衣服の店を探して入ってみた。
「らっしゃい!」
威勢のよい店のものが声を上げた。だが‥‥我らを見るなりあからさまに不機嫌な顔になる。
「しっしっ。うちはガキ相手の商売はしてないんだよ」
童子が二人、冷やかしに来たのと勘違いしたようだの。無駄に愛想よくして損したわい、そう呟いていた。無理もないが、露骨だのう。仕立てくらい出来るだろうに。
「我らのような童子の服はどこで買えるのじゃ?」
この店は我らに売る気がないので他をあたることにする。アカネが怯えているので、早々に退散するとしよう。
「んあ? 何も買わずに出ていくガキに何故わしが知らせる必要がある。とっとと出ていけ!」
「短気なやつじゃ。ゆくぞアカネ」
戦の後で気が立っておるようだ。我はアカネを連れ店を出る。良さげな反物の束が飾られておったので、着てみたかったが残念だ。
「先にどこかで聞いた方が良さそうじゃの」
童子と見ると商いにならん──と、毎度毎度追い返されては敵わぬわ。小腹も空いたことだ、食いものでも買うて店のものから聞き出すとしようかの。
「アカネ、匂いは消したか?」
「はい。城とは反対方向に、そよ風で流しました」
魔力とやらを感知されるやも知れぬがやらぬより良い。飛ばした香りがあちらこちらでぶつかって、後で惨事になったようだが、我の預かり知らぬ所。
ヒイロが獣並の嗅覚で追いついてくる前に、買い物を楽しみたいものだ。
お読みいただきありがとうございます。
「D&C media×Studio Moon6×小説家になろう第1回WEB小説大賞」 用に追記としておまけの話を書き加えました。




