第二十五話 敵の二の矢は、糧道を断つ作戦 〜 終 〜
────逃げてゆく敵兵らによって噂が広まったのか、ザッマ子爵領の主要都市マッザーはあっけなく陥落した。
コーザの市民軍を加えて、誾千代の部隊は兵約五百、当主不在とはいえマッザーの守備隊は三千と数的不利は否めない戦況だった。
マッザーが頼りとするのは白光騎士団の一隊。しかし、本家白光騎士団のウラブルから名義貸しの張りぼて部隊であると知る誾千代の敵ではない。
実際の戦いは一瞬で終わる。誾千代やヒイロの出る幕もなく、アカネの魔法で大空へ打ち上げられた白光騎士の面々。それを見た守備兵が、無駄に抵抗する事なく降伏した。
都市マッザーは元々はザンス侯爵の領都だっただけに、コーザよりも規模が大きく、様々な産業により栄えていた。特に織物が盛んで、豊かな自然環境を利用しての養殖も行われていた。
◇
「良い触り心地じゃとは思うたが、この地で自前で作っておったのだな」
ザッコの着ていた衣服は中々上物の生地に思えたが、少々臭かった。あれはこの地の物だったのだな。肌触りも良く、いまの身体に合う物を仕立て直したかった。
都市マッザーの商人が我らの部隊を出迎え、特産品の絹織物のような生地を献上した。長々と口上を述べ、商業ギルドの役割を得意気に語っておった。
「コバンよ、あやつは結局何が言いたかったのじゃ?」
我は欠伸を噛み殺し、コバンへ尋ねた。コーザの町は冒険者ギルドが中心になって動いている。この都市マッザーは、商業ギルドが中心に動いてるのはわかった。
「貴族同士の対立と同じですよ。王国は全体的に商業ギルドが強いので、贔屓にして損はないと言いたいのでしょう」
コバンは我の意を介して要約してくれた。それにしても全てを商人が取り仕切るのは、感心せぬ。
伴天連どもが立花の主を主と認めぬように、商人共は利によって動く怪物だ。本来、義理堅い商人は商いに向かぬからのう。
「贔屓にせよ、と言うのは領主であろうとも商いに口を挟むなと聞こえるのう」
「そうですね。コーザとマッザーは馬車で一日とない距離ですが、水利はコーザが、食料をはじめとする物流はマッザーが担っておりました。マッザーへは東の公爵から……商業ギルドを敵に回せば干上がりますね」
戦には勝ったが、依然喉元には刃が突きつけられているようなものだ。後詰めもなく、あっさり引き下がったのも次の手立てが用意されていたからだ。
強硬手段で取れなければ二の矢を放てば良いだけ。あの商人はそれをわざわざ告げに来たのだろう。
「私の予測ですが、彼らも力のある公爵領の商業ギルドに頭が上がらない。本心から姫様に期待されているのですよ」
首ねっこを押さえ付けられたままでは利益を吸われ、いいように出来ず面白くなかろう。
「大方バカ息子を領主にすれば、商いの取り引きに関して、見直してやるとでも言われたのじゃな」
コバンが頷く。派閥争いの中、兵糧攻めをされては戦えない。兄弟の争いは、代理戦争のようなものだ。
「敵の狙いは分かったようじゃな。あとは供給を止められる前に自力で立てるよう策が必要になるのう。それとコバンよ、姫様呼ばわりは止めよ」
マッザーまでの道中、アカネとヒイロが我と義姉妹になったと散々自慢した。そのせいでコバンは急に我を姫様呼ばわりし始めたのだ。
「ザッコ様の息女なのですから、おかしくはないのですよ」
コバンめは自分の事は爺やとお呼び下さい、などと抜かしおった。コバンのせいで童子達まで我を姫様呼びを始めた。
大人達も童子達も、そもそも戦についてくるよう命じておらぬのだよ、まったく。
補給に関してはルデキハ伯爵に相談を持ちかけておけば、しばらくは凌げるはずだ。
「…………」
指金が何やら光った。お前に言われなくともわかっておるわ。田畑を広げ収穫を増やすために、役に立ちそうなスキルとやらを付ければよいのだろう。
水は豊富にあるのだ。コーザに戻り、我と相性の良いもの達の中から、農作業に適していそうなものに任せるとしようかの。
────旧ザンス侯爵家の当主の座を巡る争いは、争う兄弟の死という形で終結した。
争いを制し旧領を手中に収めたのはザッコの遺児である我……立花 誾千代である。
しゃしゃり出てきた商業ギルドの者に、さっそく頼りにしている振りをした。我がザッコ、ザッマ領をまとめ新ザンス侯爵領を継承したと王家に使いを出させたのだ。
どのみち奴らは自分達の伝手を辿り、知らせて回るだろう。予想通り、贔屓にした事を喜び領土名をタチバナとまで変えてくれた。
王家からは他の地へ飛び火させる事なく争いを収めたため、領地については我に任せると通達して来た。
また侯爵ではなくザッコの身分同様の伯爵位となった。しかし、旧領を残らず我の収める地と認めさせただけで充分だった。
また我に協力を行ったルデキヨ男爵は、ザッコ領の一部を委ねる事になり、子爵へと陞爵した。
「というわけで、ネヨーカよ。そなたはルデキヨ新子爵に委譲した領地を収めるために、男爵位を授かっておいたぞ」
ネヨーカ率いる騎士隊と、冒険者からなる傭兵団を彼女に預け収めるように仕向けた。
「子爵どのと我との間に立つに、これ以上ない適任者であろう」
「あ、ありがとうございます誾千代樣!」
喜ぶネヨーカとは対象的に、堅物のラッハルトは苦い表情をしていた。約定は旧ザッコ領を取り戻すまで。ザッマ子爵を討ち、侯爵領を取り戻したとなるとルデキハ伯爵よりも立場が上になるからだ。
身分的には同じ伯爵なのだが、喜びに浸るネヨーカを見て表情をさらに曇らせた。
「忠義者よのう、ラッハルトは。伯爵への恩は忘れてはおらぬ。使いの者には、他家を刺激せぬよう父の位爵を継げるだけで充分と告げておいたわ」
「つまり王家の返答は、あらかじめ誾千代様のお考えが反映されたまでの事と」
「当然じゃ。どちらが上になろうが握った手は離さぬ。帰って伯爵にそう伝えよ」
堅物だが、ラッハルトを返すのは少々惜しいものだ。だが伯爵側の人材を我が取りすぎても、抑えが効かなくなって後で困るだろう。
「……武人は素直で羨ましい限りです。戻ってルデキハ伯爵には、今後の協力を継続するように進言しましょう」
ラッハルトは堅物だが頑固ではなかったようだ。童子の受けも良かったから、根は良い男なのだな。
「これでも顔も知らぬ祖父よりも、義父殿を頼りにしておるのだぞ。中央に変が起きれば、義父殿の連合が外敵からの防波堤になる。それも伝えておくのじゃ」
「!?」
なぜかコバンやヒイロ達まで驚いた。王家の内紛がザッコ達同様に、跡目争い派閥争いから来ると本気で思うておるのかのう。
我ならば、隣国の介入も疑う。猿や狸に島津の常套手段だったものだから。
────それに、あの商人は胡散臭い。誰が上に立つのか、国をまとめる主であっても悩みの種というもの。
大友が衰退したのも、結局は悩みの種ゆえのもの。世継ぎの問題を最後まで解決出来ず付け込まれただけだ。
しかし伴天連の切支丹達に限らず都合の良い教えを説くものは絶えぬ。説法を説くもの、商いの弁の立つもの、謀るものはどこにでもおる。
我は────赤心を貫きたいだけだ。我の力で、父上の眉間の皺が少しでも緩んでくれるだけで良かったのものだ。
でくのようなあやつが意地を張って大勢を見失おうとも、我があやつを見捨てぬのは、あの鈍感男の中にも赤心が根付くゆえだ。
そうか……思い出したわ。
我はあやつが好きで、あやつの大人気ない意地が可愛くて仕方なかったのだな。
戦場では敵を欺き謀りながら、主と己が認めたものにはとことん赤心で持って接する。
そんなあやつに惚れたのが我の一生の不覚となった。あの戦への出立を我がもっと真剣に止めておれば、将来は変わっていたやも知れぬ。
異界に来てからずっと感じていた違和感の正体は、あやつがいないせいかもしれん。
我が道を正してやると悔しそうに応えてくれるあの優しき笑顔が懐かしい。
魔法とやらがどこまで可能性を広げてくれる力なのか我にはまだわからぬが、呼んだ以上は戻せるのが道理というもの。
城督ではなく、土地持ちの領主となった我の姿をあやつにも見せてやりたいものだ。
────あやつには迷惑をかけとうない。たが……我が元気にやっておる事をどうにか伝えてやりたいものだ。
いや……いまはまだ会えぬな。たかだか城ひとつ手に入れた程度、誰でも出来る。
我の力を見せるには、あやつを超える国を切り拓いて見せねば笑われるだろう。
それに、まだあやつとの決着はついておらぬからのう。
「────我とそなた、どちらが立花の主にふさわしいか目にもの見せてくれようぞ!!」
……まずは異界の国一つ、こやつらと共に手に入れてみるとするかの。
〜 おわり 〜
最後までお読みいただきありがとうございます。
元々はなろうラジオ大賞5にて投稿した、千文字の作品をベースにしてます。
誾千代さまが領土を得た所でキリがよく終わらせました。反応があったり、気が向いたりすれば、次は国盗り合戦に行くでしょう。




