第二十二話 変態剣鬼の使い道とコバンの決断
後半、ザッマ子爵の状況となります。
コーザの町は血の海に染まった。敵兵の戦死者は、優に千を超える。我が方は深い傷を負ったものが数名ほどいたが、死者はゼロだ。
喜んでばかりはいられない。コーザの民がいない事、後始末に頭を悩ませそうな事、まだ敵将の首をあげていない事があるからだ。
「まだ町の中心部には敵兵がいるはずだ。コバン、領主邸に案内せよ」
残存兵の討伐はネヨーカの部隊に任せた。略奪は禁止するかわりに、後ほど敵兵の遺骸を片付けがてら使えるものの鹵獲を許可した。
「よろしいのですか?」
「構わぬ。領主としてこの地を治める気があるのなら、例え傭兵どもでも我なら厳しく取り締まる」
戦果も譲った。ネヨーカの部隊の合流で大半の敵は逃げ出した。目を瞑っていても、槍を振るえば敵を打ち倒せただろう。
「本音を言えば、略奪はして欲しくはないのじゃが、今はやつらの力がいるからのう」
部隊を率いるネヨーカに掛かっている。まあ、戦果と宝を前に興奮した連中を抑えるのは難しかろう。
あまり派手にやるようなら、いずれ我が討伐に赴く事になるから構わぬのだがな。
「誾千代樣って腹黒いですよね」
「何も考えぬおぬしに言われとうないわ」
まったく我の槍の見せ場を奪いおったくせに、たわけが。それに略奪するのはこちらと決まったわけではないのがわからぬか。
「五千の兵に百やそこらで仕掛ける誾千代様には私だって言われたくありません」
ヒイロめ。こやつ、阿呆のようで無駄に口が回るのだな。
「我ら立花のものにとって、五千が一万であろうとも、勝ち筋が見えれば戦ってみせるだけのことよ」
いったい我ら立花のものが、いくつ不利な戦場を戦って来たと思っている。
我に窘められたと言うのに、ヒイロのやつは何故か興奮した笑顔をしている。
「アカネ、阿呆は放っておいて邸へ乗り込む。つわものどもがまだいるやも知れぬから離れるなよ」
「はい、誾千代さま!」
アカネを側仕えにしたのは正しかったのう。頭のおかしなだが、ヒイロも一騎当千の武者ではある。もう少し落ち着けたのなら立花の名をくれてやるのだが。
「誾千代樣。東の公爵が介入しているとなると、ザッコ邸の本陣には魔法の使い手がいると思うのですよ。お気をつけ下さい」
コバンが敵の戦いぶりを見て、そう忠告した。
「門扉を守る兵は、しょせん寄せ集めの烏合の衆か心体に害なす魔法もあるのじゃったな」
バラバラで行動すれば各個撃破されやすく、集団になると魔法が来る。勝手の違う手練れとの戦いだ。
大鬼と先に戦っておいて良かったやも知れん。魔物と申せども、あやつは我に異界の戦い方を学ばせてくれたからの。
コーザの町の造りは簡単だ。東西南北の街道を門扉からそのまま通し、町の中央に市場や役所やギルドなるもの達の建物を集めている。
「我らを警戒し北に兵を募ったにせよ、各門に残兵もおるのじゃな」
「町の住人は役場やギルドなど大きな建物へ集められているようですよ」
「支配のために、一応保護はしているようだのう。我らを反逆者扱いしているのなら、助け出した所で逆効果じゃな」
町のものどもの世話を考えると、総数は一万近くはいたようだ。北門の戦闘と崩壊はすでに伝わったはずだ。
まさか童子を交えて百やそこらで落とされるなどと、考えてなかったのか逃げ出す前の略奪騒ぎがあちらこちらで始まっていた。
「ネヨーカ達では手が足りぬの。シロウとクロナよ、大人と童子を連れて町の人間を解放し、自分達の町を守るよう説得せよ」
傭兵らも妙な気を起こす事はなく、義侠の心を持つとよいの。
「解放すれば攻撃されませんか?」
率直な疑問をシロウが口にする。町のものは、我らが反逆者と思いこまされているのだから、反感はあって当然だ。
「童子を率いた反逆など聞いたことなかろう。やつらの、筋書きをそっくりそのまま返してやるのじゃよ」
真の反乱者は占拠を行ったザッマ子爵と東の公爵の派閥軍だ。ザッコは彼らに殺され、シロウや童子達も人質として拐われた。
「この際だ、我よりヒイロの名を全面に出せ」
目立ってしまい申し訳なさそうな顔をするヒイロ。何から何まで計画通りに運ばぬのが戦というもの。
「お前も共に行け、ヒイロよ。民を救い、そなた自身の口から立花の名を広めるのじゃ」
「ハッ!」
キラッと輝く目を取り戻したヒイロはシロウや童子達を引き連れ、町の人々の救出に向かう。あやつは救い手こそ向いておる。童子にも慕われておるからのう。
「ラッハルトと大人達は荷を守りながらついて参れ。セイドーとオウドも我らに加われ。残りのものはアーガスに従い、残兵を退治じゃ」
依然として敵の数はこちらを大きく上回っている。しかし強さの差を叩き込まれた今、出逢えば我が方に分があるだろう。
「町の様子がこれでは、ザッマ樣も逃げ出す準備をしているかもしれないですよ」
コバンの言う通りだろう。接収したザッコの領主邸は、我らが別邸にて行ったように使えるものを運び出している最中だろう。
大敗を喫したとはいえ、数でまだ大幅に上回っておるからと、もたもたしていたのが運の尽きよ。
我と違い、帰る場所も立て直す兵もまだあったというのに、一番大切な生命を敵前に最後まで残した欲深さを後悔させてやろう。
町の中央から少し離れた大路。ザッコが使っていた領主邸は小高い丘の上に建つ。平地の中で目立つように建てられているのは、虚栄心を満たすと同時に、コーザの様子を一望出来るからだろう。
領主邸へと向かう大路には待機を命じられた兵たちが不満や不安を抱えて集まっていた。
いつ我らがやって来るのかわからぬままに待つ不安と、さっさと逃げ出し、略奪に参加したいものとが互いを牽制しあっている。
「アカネ、ワドウ、ホーネよ。風の魔法で奴らを切り裂け」
領主邸の門まで三百はいよう。我らは荷馬車のものどもを入れても十数名。私財を運ぶ為に、荷馬車を調達して来たと勘違いしている奴らは、突然の暴風に恐慌状態になった。
「魔法使いは外にはおらんようだの」
敵兵の数十名が風に巻き上げられ地面に叩きつけられた。我らが何者か気がついたようだ。
「我は立花 誾千代じゃ。お前たちの大将は邸にまだおるのか?」
セイドー達に牽制させながら、我は地に這いつくばる敵兵に槍を突きつけ問うた。
「は、はい。連合軍の盟主は我々の主ですが、この作戦の総指揮はザッマ子爵が直接行っております」
我らの姿を見て一瞬ニヤついた敵兵は、我の槍先に具足を引っ掛けられて吊るされ青くなった。
我も絵面というのは理解しておるつもりだ。大の男を片手で吊り上げる童子など恐怖でしかなかろう。
アカネらが褒めそやすが、おまえ達の魔法の力も恐れられておるのだぞ?
◇ ◆ ◇
「たった百だと……魔法か? 白光騎士達は何をしていた!」
ザッマ子爵は唐突に浮足立ち、自分が手に入れるはずのザッコ邸を荒らしだした部下達に困惑した。
ようやく顔を知った自分の配下を見つけ外の状況を聞くことが出来た時には、既に遅かった。
「敵はザッコ様の遺児を名乗る幼女。剣鬼ヒイロを従えてたった三人で白光騎士含む守備兵を壊滅状態へ……」
報告を聞いて、ザッマ子爵は頭を抱えた。ルデキハ伯爵が水面下で動いているのは、彼も知っていた。
伯爵連合を動かした所で集められる兵など二千も満たないはずだった。それを見越しての大軍なのだ。
そして実際にザッコの遺児を名分に使い、息子に兵を出させてやって来た。しかし、たかが百程。
偵察隊の話では、もう百くらいがルデキヨ男爵領から向かって来ている。しかし総兵数一万を繰り出した東のロクナーデ公爵の思い切りの良さを前に、恐れをなして退散するはず……だった。
「どうしてだ。何故こうなった」
兄ザッコが生きていようと、一万の兵で押し寄せた時点で勝敗は決したはずなのだ……ザッマは何度も信じられとひとり呟く。
中央貴族や伯爵連合が今更動いた所で、王命まで得て動いているロクナーデ公の優位は変わらない。
そこに従って動いたザッマ子爵の彼も勝ち戦に乗じて、正式にザンス侯爵領の全てを受け継ぐ事になるはずだった。
「おかしいと思ったのですよ。ザンス様は確かにザッマ様を溺愛していましたが、ザッコ様の手腕も認めていましたから」
「コバン?! 何故ここに」
「中央貴族と関わらせて反逆者に仕立て上げ、ザンス領を掌握するつもりだったのでしょう。残念ながら作戦を看破し、後手を踏みながらも見事に巻き返しを計った方がいたのですよ」
「ヒイロか、アーガスか。あいつらは父に逆らってまで正統性にこだわっていたからな」
「違いますよ。兄を陥れるために貴方が手を回した指輪……あれは本物だったのですよ」
「馬鹿な?! あれはその辺の露店で買った紛いものだぞ」
「偶然なのでしょうか。私は何者かの意思を感じますよ」
ニコッと微笑むコバンの手にはナイフが握られ、ザッマ子爵の心臓を一突きに貫いていた。
「ごハッ────コ、コバン貴様…うらっぎ……」
「申し訳ないのですが私の可憐なる主の為に、旧ザンス領を献上したいのですよ」




