第二十話 推して参るも、戦の機微よ
ルデキヨ男爵の援兵第一陣の合流を待って、我らは進軍を開始した。潜伏したルデキハ伯爵の部隊と合わせると、総勢二百名ほど。もっとも潜伏出来ているかはわからぬが。
ハルキの砦町のような城を落とすには厳しい人数だが、平城ならば充分戦える。
「ザッコ様の領主町コーザは、造りとしてはデリーの町と変わりません。人口はハルキよりもおりますが、その大半は非武装の町民です」
コバンがザッコの本拠地の町について、細かな説明を行う。我らはザッコの旗を掲げ、領主町コーザにある領主邸へ帰還する予定だ。
賊徒や魔物に襲われぬように、町は木材と土で固めた塀に囲まれておるとの事。オーガは別として、よく出るオークや熊や狼達への対策のためだ。
焼け落ちた別邸から逃げて来たもの達がいるかもしれない。しかしザッコの死や、死因が拐われた人々による反乱などと口外すれば、自分達の生命が危ない。
「船頭を失った船の鼠どもが逃げ込む先は、弟か中央か。北に来るなら伯爵が正直に伝えるだろうかの」
受け入れるとは限らない。少なくともルデキハ伯爵が、ザッコの元騎士やら門兵やらを抱えて、後に我への企みに使う理由はない。
そのような周りくどい真似をするくらいなら、ノコノコと自領へやって来た時に捕らえるなり首をはねるなりしただろうからの。
領主町コーザまであと僅かな所まで来た時、我は進軍を止めた。
「誾千代さま、どうしたんですか」
アカネも何か察したように我にしがみつく。
「百名近い部隊が近づいてくれば、誰何する偵察の一人や二人現れてもおかしくない。ラッハルトよ、伯爵の手のものはコーザに何名入り込んだのじゃ?」
部隊の進軍が止まった事を訝しんで、ラッハルトが疑問の表情でやって来た。
「五名です。コーザに入り、領内を回らせる予定でした」
「連絡役は全て引き上げたのか」
「おそらく……としか」
我と共にいたので伯爵との間に、情報伝達に齟齬が生じているようだ。
我の危惧をラッハルトも悟ったようだ。あちらは既に事を構えるつもりで動いていたようだ。
「どういうことなのですか?」
ヒイロめ、わかって聞くな。まあ良い、皆に説明が必要なのだな。
「アーガス!!」
「はっ!」
「サフィらを連れて先行し偵察を行え。ルデキヨの部隊から馬を借りて行け」
多勢に囲まれてはアーガスらが逃げ切れまい。
「オーガ達に関して引っ掛かっておったのを覚えておるか? 誰が呼んだのか、コーザを占拠せしものが答えじゃ」
領主町コーザは、大きな町と聞く。元ザッコの守備兵や住民の抵抗なしに制圧するとなると、進軍して来た数はかなりの数となるはず。
「戦うのですか?」
ネヨーカもやって来て、進軍の止まった理由をすぐに察した。兄弟感の事、そこまで強引に動くとなると東の公爵とやらに上手く動かされたな。
「ラッハルトよ、仲間は諦めよ」
ラッハルトが項垂れる。向こうは魔物を使った作戦を始めた時点で強襲も視野に入れて動いていたのだ。
我のせいで計画が早まったものの、予定通りザッコが亡くなったので問題なかったようだ。
「ネヨーカ、傭兵共の信頼はどれほどある?」
ルデキハへ入り、補給を済ませてすぐに踵を返しておれば、先に制することが出来たのだろうが後の祭りというわけだな。
焚き付けた我のせいで駆り出された男爵の部隊は問題なかろうが、傭兵は別だからの。
「報酬を釣り上げれば、踏みとどまるくらいは約束出来ます」
同軍からの援軍のあてもあるので、よほどの敗走でもしない限りは戦いに参加するようだ。
「まあ、最悪の予定よりほんの少しマシじゃったな。そう考えるとおぬし等皆ついておるぞ」
跡目争いに他所の勢力を頼る時点でザッコもザッマも悪手。我も人の事は言えぬが、我自身他所者だからのう。
「誾千代樣、予想通りコーザはザッマ子爵の旗が翻っております」
アーガスが戻って来て偵察の様子を告げる。これで敵が確定した。
「いかがされますのですか」
苦々しい顔でコバンがまだ見えぬザッマの旗を睨む。
「戦闘は民の様子を見てからにしたい所じゃが、我らはおそらく数で劣る」
平城を数で圧倒的に劣る軍で攻める道理はない。搦め手から複数で攻めるが上策。
「左右に兵を伏せ、我が中央から正面突破を行う」
「危険ではないですか?」
危険と言いつつも、望む所とばかりヒイロが気合いを入れる。脳筋め。
「我は囮じゃ。敵の人数を見て機を見て引く」
「なるほど、逃げた所を追わせてはさみ撃ちにするのですな」
動揺から立ち直ったラッハルトが感じいるように呟く。
「違うぞ? 我は突き進む。ラッハルトよ、お前たちは敵の姿を見たあとすぐ引け」
「…………はぁぁ??」
何故だ。皆、声を揃えて疑問の声をあげおった。
「荷馬車は三つに分ける。童子と大人も分散し兵車とするのじゃ」
ラッハルトには四台預けた。戦力はラッハルトの衛士のみにする。物資を守るためにも、あまり前に出ないように忠告する。反転するのが一番難点になると思われるからだ。
「追いつかれて荷馬がやられるようなら、徒士で逃げよ」
ラッハルトらは、作戦に協力してくれるだけで充分だ。報告も兼ねて伯爵の所まで逃げても責めはせぬ。
「セイドーとオウドよ。その方らはワドウとホーネをそれぞれ連れて、荷馬車を一台使え。馭者は大人達に任せ、童子達は短弓を放て」
敗走するラッハルトらと入れ違うように矢の雨をぶち込むのだ。弓の練習を少ししてみたが、狙う必要がない状態なので戦える。
「ヒイロとアカネは我と敵陣へ突っ込むぞ」
ヒイロの目が輝いた。アカネも死地へ飛び込むのに笑みを浮かべておる。
「我々はどうするのですか」
コバン達は不安そうだ。まあ采配を一度伝えるのは無理だ。順に指示するから待て。
「アーガス、そなたらはゴルドンとシバールを加えて、左翼へ回れ。子爵の兵の半分を連れて伏せよ」
「わかりました」
「ネヨーカ、そなたらは残りの兵と傭兵を連れて右翼じゃ。コバン、シロウとクロナと大人半数を連れ共に補佐せよ」
「誾千代様の命令、引き受けました」
「アーガスは、ラッハルトらに釣られた敵が引く機会に合わせて突入せよ」
余力のある敵は無駄な犠牲を嫌がる。短弓の威力はさほどないが、ワドウらが風の魔法の補助をするので多少は威力が上がるだろう。
数を頼みに退がる所を追い立てるとどうなるか。生命惜しさに奴らは必死に逃げる。町中の敵兵は敵の大軍が来たと勘違いして慌てるはずだ。
「ネヨーカらは、再び敵兵が姿を見せた時に突入だ。それまで待てるか?」
兵どもを御することが出来るのかどうかにかかっている。ネヨーカは自部隊の待機している様子を見て頷く。
「ならば任せた。ラッハルト、セイドー、オウドはネヨーカらの突入に合わせて共に進め」
アーガス、ネヨーカ達が指示通りに部隊を率いて、左右二手に分かれて進んでゆく。
「それで誾千代樣。我々は敵陣に突っ込んで、どうされるおつもりなのですか」
残ったヒイロとアカネ、ラッハルト達が我を見る。
「なに、簡単なことよ。近づくものは全て斬る。ただそれだけじゃ」
不利を覆すには戦意と殺意の高さを見せつけるに限る。夜闇に乗じて忍び込み、混乱を引き起こせば勝てる確率は高まるだろう。
だが民がまだ残っている様子。混乱を起こせば無駄に生命を奪われるのは民だ。勝つためには止むなき犠牲は付きものだ。
しかしそれは今ではない。他に取れる手段があるのなら、立花の者として、困難であろうとも最善を尽くすのみ。
それに数合わせとはいえ、部隊の質を把握出来ていない中で、乱戦に挑むのは余計な被害を生むとわかっておる。
「さすが誾千代樣。ならば我々の武威を見せつけ、民衆にどちらが主として相応しいか見せつけてやりましょう」
ヒイロめ、わかっておるのう。こやつは脳まで肉の詰まった女子だが、戦いの機微をようわかっておるのだよ。
アカネよ、ため息をつくでないぞ。立花のものとして武を見せし舞台で、尻尾を巻いて逃げる選択は、初めからないのだからのう。




