第十九話 出来る親子より、鈍いあやつ
ハルキの砦町に滞在して五日が過ぎた。町の探索をするとまた騙されかねないので、我は童子共と一緒に文字を習っていた。
ザッコの服はコバンらにあげてしまった為、いまは屋敷の下働きのものが残した童子の服を着ている。
童子に紛れておれば、我の姿が隠れてちょうど良い。だがアカネとヒイロにはすぐに見つかる。
「誾千代様、ラッハルト殿から連絡が入りました」
童子に紛れる我を当然のようにコバンが見つけて声をかけて来た。コバンは我が授けヒイロと奪い合って破れた服を仕立て直して身に付けていた。
ヒイロは破れた服をさらに裂いて、手首や足首に包帯のようにぐるぐると巻いていた。
こやつとヒイロの性癖に関しては理解が追いつかぬので、もう放っておく事にした。
「ずいぶん急いだようじゃな」
この地からルデキヨ領までの距離を考えると、早くても十日はかかると思っていた。
「誾千代様の性分をわかって、きっと伯爵が急かしたのですよ」
確かに我は行動を束縛されたわけではない。準備が整い次第、急に動くやもしれなかった。
ザッコ領内の動きを含めて、ラッハルトから説明するようだ。
ラッハルトの元へ行くと、ザッコ領へと先行していた兵士と、伯爵の兵とは別な装いをした兵がいた。
滞在中、堅物で生真面目なラッハルトは気が気でなかったのか少しやつれたようだ。なんとなく主たる伯爵に、一部容姿も近づいたように見えた。
「お待たせ致した、誾千代樣。旧ザッコ領内の動きを調べるのに時間を取られました」
ニッコリと笑みを浮かべて嘘を吐くラッハルト。むさい男の微笑みは背筋がゾッとするの。
しかし、ラッハルトの言葉の半分は事実で屋敷の焼失を確認した偵察部隊はザッコ側の部隊がいない事を確認した後、主力は冒険者に扮してザッコ領内と、ザッマ領内へ向かい動向調査を継続中との事だった。
いまいるのは第一報を知らせに戻った偵察兵だろう。もちろん我らよりルデキハ伯爵へ先に知らせに行っている。
我の存在に関わらず、近隣の領主の不意の死は荒れる原因となる。平穏とはいえ、急場の役割をしっかりと熟せるだけで、ルデキハ伯爵は領主たる力量を示したと言えよう。
「お褒めいただいた事、主もお喜びになるでしょう。さて、もう一つお知らせがございます」
ラッハルトは七歳の童子たる我に対して、あくまでも丁寧な態度を崩さないやつだ。本題へ入るまで一度は互いを称賛し合う会話をしないと気が済まないようだの。
この低姿勢……面倒だが、ヒイロあたりには見習って欲しいものぞ。公の場に立つのはコバンでもアカネでもなくヒイロになりそうで頭が痛いわ。
「お初にお目にかかります、誾千代様。私はルデキヨ男爵家の騎士隊第二隊副隊長を務めるネヨーカと申します」
「うむ。我は誾千代じゃ」
眠たげな名前の女侍だ。我に配慮し、女人をあえて先に派遣したようだ。ヒイロほどではないが、腕は達者のようだ。
「ルデキハ伯爵様の要請により第一陣として、私を入れて騎士十三名、衛兵四十名傭兵二十名を連れて来ております」
戦の折には一族郎党引き連れやって参るものもいる。だが領地の守りが薄くなれば、魔物やら賊徒やらが暴れても対処が厳しくなるだろう。
だが降って湧いた好機にルデキヨ男爵は賭けに出たようだ。念のためネヨーカなるものに尋ねる。
「そなた、いま第一陣と申したの。後詰めがおるのか」
「はい。第二陣は騎士五名に衛兵二十名、傭兵十名が続きます。その他に騎士三名、傭兵五名の予備隊がおります」
実に百名以上も集めて送り込んで来たようだ。おそらく領土内から集めていては間に合わぬから、ザッコのように自前の部隊をほぼ投入したのではなかろうか。
男爵自身が来れないのは、まず援兵を送り出し、抜けた穴を各地から募るために残る必要があるのだろう。
「その通りです。出来る事なら共に駒を並べ戦いと我が主は申しておりました」
その無念は少しわかる。我も城主を任されながら、戦場へ出ることは叶わなかった。当時は父上を恨んだものだ。あやつも我に気をつかい、初陣を遅らせておったな。
────あやつめ、普段は鈍くて頑固な癖に不器用に気を遣うあたりが父上そっくりで……むぅ、思いだすと恥ずかしいし悔しいのう。




