第十六話 誾千代さま、誑し込む
ザッコの死を確認するために、ルデキハ伯爵が自らデリーの町までやって来た。護衛の部隊と調査の部隊も含めて四十名はいよう。そのうちの半数近くが焼け落ちたザッコの別荘へと調査に向かった。
「本邸へ逃げた兵が我々を追って来るとしたのならば、ルデキハ伯爵の調査隊とかち合う可能性はあるのですよ」
ルデキハ伯爵との面会の場の前で、コバンがボソッと呟いた。他領に許可なく兵を派遣した以上、旧ザッコの部隊とルデキハ伯爵の調査隊との間で問答無用の戦闘になるやもしれんという事か。
ルデキハ伯爵も、あえてそう仕向けて介入を望んでおるように見える。我らは何も知らないまま逃げ出して来たうつけを装い、兵共々ザッコ領へ返してもらうのが一番だろう。
面会の時間になった。場所は兵達の駐屯宿舎の会議室だ。会議の場に呼ばれたのはザッコの側仕えをしていたコバンに、隠し子扱いの我。それにヒイロとアカネが我の世話役としてついて来た。
デリーの町の兵どもの宿舎は男っ気が強く、むさくて臭う。思わずアカネに風の魔法で臭気を一掃せよと命じかけたわ。
会議室は南蛮風の、テーブルというものが中央に置かれていた。床机のような腰掛けが個別に設置され、上座に年老いた白髪の老人が座っていた。
中々に眼光は鋭いようだ。国取りを企む派閥の主ならば当然か。
物々しい騎士どもがその背に並ぶ。広めの部屋も、白銀色に揃えた具足に身を固めた十人の騎士が並ぶと狭く感じる。
部屋のテーブルの上には天井から燭台が吊るされ、明かりが灯されていた。臭うのはオークとやらの脂が燃えているからだったようだ。
「わざわざお越しいただきありがとうございます、ルデキハ伯爵様」
入口から全員部屋に入った所でコバンが深々とおじぎをし、口上を述べた。
「久しぶりだな、コバン。それに不幸だったな。さて、皆の者。わしがこの地を治めているルデキハ・ゲルーデキンだ」
ルデキハ伯爵がコバンの顔を見て少し頬を緩ませた。コバンめ、ザッコに隠れてルデキハ伯爵と繋がっておったようだの。これだから公家連中は油断出来んのだ。
簡単に挨拶を済ませ、伯爵の合図で全員腰をおろした。いまこの会談の主導権は完全に伯爵が握っておると言いたいのだな。
ルデキハ伯爵の機嫌を伺いながら、コバンは何が起きたのか説明をしてゆく。我は面倒な説明は全てコバンに任せた。
ルデキハ伯爵と繋がっていたようだが、我への忠心はあるようだ。コバンは、ザッコの死因は一部の兵の裏切りと反乱で片付けた。
焼け落ちた跡を丁寧に調べると、他の遺体は集められていたというのに、ザッコの遺骸は地下牢で見つかるだろう。
逃げた反乱者がどこの勢力に属するのか、いちいち調べるのは骨が折れよう。始めから潰すつもりだったルデキハ伯爵が、そこまで手間をかけて調査するはずはないと我もコバンも読んでいた。
「ザッコ殿の良くない噂は耳にしていた。しかし、そこまで大掛かりに事を運んでいようとは思わなかったぞ」
ある意味……自領の経済基盤を揺るがしかねないくらい、人が攫われていた。伯爵にも心当たりがあったようで、囚われた人々の帰還には協力すると約束してくれた。
「本題に入るとしようか」
ルデキハ伯爵はそう言うと我を見た。狸か猿が、いたようだ。差詰狢か狐か。コバンを出しに観察しておったのは、我も気づいておったぞ。
「ザッコ殿の隠し子と言われたが……証明するものは、全て燃えた屋敷の中で灰となっておるわけだな」
はじめからそのようなものがある訳ないとわかっていように。こやつは、ネチっこいようだのう。
伯爵には肯定も否定も出来まい。ザッコの一番の家臣であるコバンが証言している上に、ザッコの身に付けていた指金を我が身に付けておるからだ。
いまならヒイロやアーガスら騎士も我の側に立つからの。
それにわざわざ価値のある指金を、そこらの童子に持たせる訳には行かぬ。
我の予想通りならば、ルデキハ伯爵にとって我の存在は、邪魔な反面有用な価値もあるので簡単には始末せぬ。
「コバンを信用し、ザッコ殿の身内としてわしも話を進めよう。避難した者共も我が領で受け入れるから安心するといい」
自領に新たに集落を築き、我を長としてかこってもよいと提案してきた。我は大義の旗頭として身柄を確保し、ザッコ領の実権は伯爵が得る事になる。
穏便に話してはいる。しかし護衛の必要以上の物々しい出で立ちが、伯爵の事実上の決定を否と言わせぬ圧力をかけていた。つまらぬ児技に等しいものだ。
指金の示す能力を見る限り、兵としてはザッコ達の兵の方が強いようだ。領内から強者を集めただけある。
我を呼び出したのは、自領から募るのは限界もあったのだろう。召喚が生命取りになったわけだが。ザッコに代わり、我が立花の者として覇を唱えてみせよう。
手始めに我らを御するつもりでいる目の前の老人に、我との格の差をみせてやるとしよう。
「最初にルデキハ伯爵殿は、我が民の帰還に協力すると仰られましたな。一部のものはそちらへ行きたいと望むのでお頼み申す。だが我が民は我が領内への帰還を望む。なれば我は亡き父の汚名をそそぐためにも、我が民を無事に元の地へと返さねばなりません」
我が意見を通す事など考えていなかったのか、ルデキハ伯爵は明らかに顔色を変えた。童子、それも女子と侮ってどいつもこいつも我を舐め過ぎだ。
我は立花である、そう名乗りたいのを我慢する。誇りを掲げる事が出来ぬ状況というのは心労が嵩むのう。
「な、何を言うておるのだ。わしの領地におればザッコの子女として認め、生家と近隣諸侯に働きかけてやると言うておるのだ」
「勘違いされておるようじゃの。我は我の力を持って、世継ぎである正当性を自ら勝ち取らんと思うておる」
「────なんだと?」
「それに我が貴殿に助力を望むのは、それら諸侯らに対してのみ。手出し、口出し無用と告げてもらえば充分じゃ」
ルデキハ伯爵自身にも向けた言葉であると、伯爵も理解したようで言葉を失う。
どこの馬の骨ともわからぬ童子にやり込められ、ルデキハ伯爵は次第に怒りに顔を赤く染める。
「どうしても我に協力したいと申すのならば、伯爵自身ではなく、子のルデキヨ殿の助力で充分じゃ」
「────!!」
伯爵め、鈍いやつだ。そしてコバンにヒイロ、そなたらが何故怒りに震えておる。ザッコの子女ならば、ルデキハの子との話が出てもおかしくなかろう。
「我はいずれ旧ザンス侯爵領をまとめあげる。盟友に手柄の一つもあれば、婚姻も口添えもしやすくなると思うが……いかがかのう?」
契を交わす気などないが、我の立場を最大限に活かすのならば、ルデキハ伯爵の顔も立ててやらねばなるまい。
凡愚とは言わぬが、コバンの話しでは、ルデキヨ男爵はよほど良い縁談に恵まれぬ限り、将来性は見込めない様子。
ルデキハ伯爵が伯爵連合などと言う茶番に乗っかったのも、上は無理でもせめて同格の立場の貴族達から嫁を……そういう考えがあったようだ。望みは薄かったようだが。
「ルデキヨに使いを出す。騎士一小隊、衛士二小隊を我が領地へ派遣するように、と」
伯爵は側に控えていた伝令役の衛士に命令の書かれた文を持たせた。
「なるほど……コバンと、剣鬼ヒイロが目をかけるだけある娘のようだな」
コバンはともかく、ヒイロめ、中々傾奇めいた名をもらっておるのだな。ムラがあっていまだに底がわからぬやつだ。
ルデキハ伯爵の気が変わったため、護衛の兵士達の半数が退室した。
「調査隊の状況次第では、わしからも支援用の部隊を出す。後ろ盾ではなく、盟友あるいは義父としてな」
調子の良いやつだが、意図が伝わって何よりだ。一度察すれば話が早いのは有能な証よ。これで北部と西部は我の味方についたようなものだ。
「ザッコ殿め、恐ろしい娘を呼んだな。名を聞いても構わぬか」
嘘だろうが何だろうが、ルデキハ伯爵は我に賭ける気になったようだ。そして召喚に関して、知っていたな?
「我が名は立花 誾千代じゃ」
ふぅ、ようやく堂々名乗ることが出来てスッキリした。やはり偽りの名や立場よりも、我は立花の者として恥じぬ生き方をすべきだと改めて思うたわ。
「召喚されたもの達は、変わった習慣や名前、知らぬ道具や魔法を使うと聞く。誾千代殿は幼子にも関わらず、駆け引きが上手な様子」
伯爵が知りたいのは、我のいた世界の人間が、我のような者ばかりなのかどうかだろう。
「皆が皆、我のようなものとは限らんよ。この世界で伯爵殿のような方ばかりではないのと同じように」
「なるほど、それは確かにその通りだ」
まあ異国だろうと異界だろうと、人だろうと獣だろうと、集団の営みに大差はないと我は思うておる。
肝心なのは、知恵と力量が他を上回るかどうか。それにより栄えもするし、滅びもする。
大内や大友を見ておればわかる。あれほど権勢を誇っておきながら、驕った瞬間に毛利や島津に食われて没落していったのだから。
己を律しておれば、地力が違うのだ。毛利や島津や猿めに出し抜かれる事はなかっただろう。
ルデキハ伯爵には、我が大人であった事は伏せておいた。童子の姿ゆえに舐めてかかってもらう方が、我には都合が良いからの。




