七空学園と会議の時間
「星を効率的に搾り取るため。また我々の間で過度の争奪戦が起きないため。ここに少女会議を開く」
無機質な声でレムがいった。
「ま、今回は熾烈な取り合いが起きるような美男子ではないがのう。ハゲとるし」
カッカッと年寄りっぽく笑うヤコ。
……そっかー。他の娘の目にはそう見えるのかー……。
じゃあ私も嫌いなフリをしないと。
いくら自分の目にはイケメンに見えたって、周りと同じ意見じゃないなら、価値も半減するってものよね。
私の個人的な好みより、大勢の好みの方がはるかに重要で尊重されるべきことだから。
「まあっ! ヤコさん、ひどいですっ! そんな言い方ってないんじゃないですか? 顔や性格や品性や毛根や生い立ちや将来性が劣悪だからといって、男の人をゴミみたいに見下すのは間違っています……」
はい。ここでセーレさんの、自分は良い子&他は悪者コンボが入りました。これに対しヤコ選手は、あくまでも可愛い感じをキープしつつ舌をべーっと出して応戦です。
両者のすさまじい女子力の攻防に、私はさながら雑魚モブ状態です。
「ふわわ……。ケンカしないでほしいの~」
ウルルはうろたえるだけで役に立たないな。いつものことだけど。
「てんにゅ、せえええ、きぃた。きたああぁ。キラキルルァアほしぃいい」
ヘドバンさながらにザンビナが激しく頭をガクガクいわせている。うん。いつものこと。
「転入生くんはゴブリンなんだって! なんだかお似合いな二人だよね」
人懐っこい笑顔を浮かべながら、ラブリは私を見てきた。
やめろ、話を振ってくるんじゃねえ。
「え、ええ~……? そ、そうかなぁ?」
「そうだよ! ね? ラブリ、そう思うもん!」
そんなこんなで、今回の転入生をメインで担当するのは私に決まっちゃった。
私、情けない愛想笑いで誰かの言いなり。これも、いつものこと。
最終的に星が手に入るのなら、どうでも良いけど……。
「うむ。異論もなく決まったところで、いつものアレをいただくとするかのう」
「ふわーい。お菓子ー」
少女会議の終盤では、必ずモンブランと苺水が振る舞われることになってる。この組み合わせは絶対で、間違ってもショトケーキやメロンソーダが少女会議のオヤツに出ることはない。
「……」
私はもそもそとモンブランを口に運んで苺水で流しこんだ。
メイン担当になったからには、転入生とは積極的に関わっていく必要があるわよね。最初の接点を作ること。出会いのシーンは特に重要。どんなシチュエーションが有効かしら? 私は頭をフル回転させる。
ラブリみたいに自信満々な娘なら、こんなこと気にせずにすぐに相手の懐に飛び込んでいけるんだろうな。ほぼ間違いなく自分はターゲットから好意を寄せられるって確信してるから。
私はそうじゃない。メインを任されるのも久しぶりのことだし。行動を起こすなら少しでも自分に有利な展開に運びたい。そう思うのは当然でしょ?
ラブリとヤコとセーレは実力者。彼女たちがこの学園の人気トップ3。
ウルルも設定や属性に恵まれてる方なんだけど、キャラの幼稚さが悪い方に作用しちゃって、いまいち上位三人の人気についていけてない。
私とレムは大勢の好みには合わないけれど、たまにニッチな需要を満たせることがある。そういうのはレアケースで、たいていは他の娘の引き立て役とか影のサポート役についてるんだけど。ザンビナも前はこのポジションにいた。
少女会議の後、私はレムに転入生のデータの取り引きを依頼した。
レムはちょっと特殊な立場にいる。レムは七空学園のヒロインの一人であると同時に、この歪な世界を成り立たせるシステムの一部でもあるわけ。
どういうことかというと、七空学園への転入生は初日に必ず、レムから学園生活案内を受ける。これはこの世界の仕組みとして決まっていること。例外はない。
で、その時の転入生の印象だとか有益な情報をレムから買うの。料金は星の結晶。少女会議での転入生の評判があまり良くなかったおかげで、今回はお得な割引料金。手持ちの星が少ない私は助かっちゃった。
戦う前には攻略に不可欠な基礎データがほしい。
その日の深夜。約束した時間に私とレムは再び温室にきていた。この温室は中立の場で取り引きにはうってつけ。
七空学園には色んな部屋や施設がある。場所によっては特定のヒロインの影響力が強かったりするの。ザンビナの保健室や、セーレの音楽室とかがそう。私のエリアは図書室ね。
そういう場所は会議や契約には適さない。もっとも、簡単なことなら手紙やメモを回して済ませちゃうこともあるけど。
私はスカートのポケットから手の平サイズの小さな本を取り出した。本当の書籍じゃなくて本の見た目をした小箱だけど。七空学園ヒロインの必需品、星の入れ物だ。
「本当にこの値段で良いのよね?」
転入生の情報の価値は、星4。一番高いデータの値段が星12ってことを考えると、かなりお得。最低価格の一歩手前だし。最低価格は1じゃなくて2。星3は存在しない。
レムは星をスライド式の缶ケースにしまって、さらに制服のポケットにしまった。
「たしかに」
支払いが済んだところで、淡々とした声のレムが告げる。
「転入生番号2657。名前はバザウ」
転入生番号2657目。へー。ていうことは私たち、こんなことをもう2656回繰り返してきてるんだ。まあその人数の内、私がお相手を務めたのは本当に少しだけなんだけど。
転入生一人を溶解完了するごとに七空学園の娘たちは全員一度消えてなくなる。でも怖いことじゃない。
古い体は破棄され、新品の血肉を得て活動を再開する。木々が役目を終えた葉を落として春になったらまた新芽を出すように。次の転入生を歓迎するために真新しい精神と肉体と絵柄で備える。
それぞれの設定を元に私たちは再構築される。ヒロイン設定は普通の生き物にとってのDNAぐらい大事なもの。だからもしなんらかの理由でこの設定が大きく変わってしまうと、大変なことになってしまう……。
さあ、頑張らなきゃ。
ティモテ学園長が作ったこの世界をさらに強固なものにするには、もっと養分になってくれる命がたくさん必要。
「肉体はゴブリンの成人男性。……のはずだけど、正確な年齢は不明。外見観察から得られたデータでは、骨格は成長しきっている割に皮膚の状態は非常に若々しいなど、彼の肉体には不可解な部分も多い」
「あー、たしかに肌キレイだったかも。ああいうの赤ちゃんみたいなツルツルの卵肌っているのかな? 羨ましーよねー」
「……」
レムは一瞬だけモノアイをキュルっと向けて、それから何事もなかったかのように。
「彼が身につけてきた習慣や文化は複雑だけど、学園の校則で無事に上書き済み。最初は制服や革靴に抵抗感を抱くも、すでに問題なく馴化完了」
女子トークスルーされた。まあ、レムってこういう娘です。慣れてます。
「あ、そういえば今の言語設定はどうなってるの?」
普段私たちは自分が何語でしゃべってるかはあまり意識していない。何をしゃべっても、この世界の言語調整システムが転入生に合わせて自動調整してくれる。ただし難解なシャレや語呂合わせに対しては、たびたびエラーで誤動作を起こす。
「現在この世界の基本言語として設定されているのは、西方大陸共通人間語」
何それ。びっくり。
「えっ? ゴブリン族にも独自の言語っぽいものはあるでしょ? っていうか、転入生それで言葉の意味が理解できてるの? 教科書の文字、読めないんじゃないの?」
「この設定で彼に支障はないわ。……話を続けても?」
こくっと頷く。
「観察に基づいた私の分析だと、転入生2657番は好奇心が強い模様」
ああ。女子のスカートの中身とか? って、つい皮肉が出そうになるのを抑える。
レムはあてこすりや嫌味をいったりしない。なんでも率直だ。そういう点ではつまらないけど嫌ではない相手。
必要な伝達事項以外のささいなおしゃべりとかたわいない雑談とかは無駄なノイズとしか感じてないようで、レムとのコミュニケーションはすっごくドライで無機質。
「学園で自由な時間ができたら、おそらく彼は図書室に足を運ぶ。85%の確率で。10%が食堂および購買。残り5%が学園内のその他のエリアのいずれか」
頭がくらくらした。ちょっと待ってよ! メイン担当は押し付けられたけど、まさか向こうからやってくるなんて! よりによって、なんで並ゴブリンが図書室にやってくるのよ!
最悪な光景が嫌なリアリティで私の頭に広がった。静謐で神聖な図書室が、無作法者のゴブリンによってめちゃくちゃに荒らされる場面。サーッと血の気が引いた。
「だっ、ダメダメ! そんなの絶対許さない! 図書室は私が支配するエリア! 聖域なのに!」
「事象を決定するのは私ではないわ。転入生の挙動と反応からの計算を伝えたまで」
あくまでも冷たく切り捨てられる。クールさに定評のあるレムなのだった。
乱暴狼藉には注意しなきゃ……。どんなに見た目は良くてもしょせん中身は並ゴブリン。最悪のケースまで想定すると、注意した私に怒って殴りかかってくるかもしれない……。
うう、怖いよー。逃げたいけど、図書室の平穏を守れるのは図書委員たる私しかいないのよ!
この場合私的にベストな対応は図書室を閉鎖することだけど、それは不可能。転入生はシステムで侵入が禁止されている場所以外、自由に移動することができる。そして自由移動範囲にこの図書室はふくまれている。
「どーうしーよーうー!」
叫んでみても返事なんてない。もちろん私も救いの手なんて期待してない。
レムに限ったことじゃないけど、この学園で心からの相談事ができる相手なんていないんだから。
次の日。私は始業前から図書室にこもった。
「こうなったら籠城よ! かかってきなさい!」
勢いでそういってみるけど、できればこないでほしいんだけどね……。
ホームルームや授業をすっぽかすことになるけど、別に怒られたりしないから平気。授業も先生も学園生活を彩る舞台装置でしかない。
虹色のヒロインが持つ特権は、色を持たないモブの一般生徒や教師陣とは比較にならないくらい大きい。ティモテ学園長以外の教師はハリボテみたいなものだ。
朝のチャイムが鳴るのを聞きながら、私はカウンターで読みかけの本を開いた。
転入生が現れたせいで読み損ねた本をこうしてじっくり読める機会に恵まれるなんて、なかなか皮肉めいた展開よね。
ずっと読書しながら警戒してたけど、今のところゴブリンは図書室にはきていない。
別のところにいってるのかも。
安堵したら体から緊張感が抜けていった。
「……」
19世紀のパリという都市と著者パラン・デュシャトレの功績に思いを馳せながら、私は本のページを閉じた。
おもむろに図書カウンターから立ち上がり、そそくさと移動する。
どこへって? トイレよ。
……なんということなの。
私が図書室を空けていたのは、ほんの五分ほどの出来事だったのに……。
そのわずかな間にゴブリンに侵入された! 気配がする! 油断も隙もないわね! 運が悪いってレベルじゃないわ!
落ち着くのよ、私。そう。まずは冷静になりなさい。
廊下から壁に耳を当てて室内の様子を探ってみる。……うーん、静かね。紙をビリビリ破く音だとか、並んだ本棚の上をジャンプする音とかは聞こえない。
それにいつまでもこうしていても埒が明かないし。
わずかなためらいの後、恐怖を振り払って、私は図書室の扉を開ける。
いた。
整然と並んだ本棚の一つの前に、彼は静かに佇んでいた。
熱心に、魅入られたように。彼は書物の世界にその意識を投じてた。
手元の本に落とされていた彼の緋色の眼差しが、ゆるりと動いて、私のいる方へと向けられる。
「……ああ。もしかして、図書委員なのか?」
私が押し黙っていると彼は怪訝な顔で尋ねてきた。
「……勝手に入ったのは問題だっただろうか? 教員からの許可は得ていたんだが……」
彼がバザウ。
2657番目の転入生。
私が消化するべき、創世樹の養分。




