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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第二部

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18/115

ゴブリンと発見

「外に出たい」


「却下する」


 同じやり取りを何度くり返したことか。

 バザウがコンスタントの邸宅にきてだいぶたつ。

 樹上での暮らしにも少々飽きた。


「外は危険だ。ここにいろ」


「自分の面倒は自分で見る」


 バザウは短剣の柄にちょんと触れてみせる。


 コンスタントは不機嫌な顔でそっぽをむいた。

 彼は明らかにバザウをここに引きとめようとしている。


(……悪意はないらしいが困ったものだ……)


 バザウは心にしまっていた思い出を一つ取り出した。

 ハドリアルの森に小犬が捨てられた時の記憶だ。




 まだ幼い犬だった。

 産まれてすぐ捨てられたのだろう。

 ボロ布がかけられたカゴからは人間の町の臭いがした。

 カゴの中に横たわるその体は、まだ母犬の体液がこびりついている。

 五匹のうち、すでに四匹は冷たくなっていた。


 バザウがカゴに手をいれると、一匹だけがよちよちと近づいてくる。

 まだ目も開いていない幼犬が。

 兄弟の死体を踏みこえて。

 小さな口で懸命にバザウの指に吸いついた。


 その当時、すでにバザウの母は死去していた。


「……」


 子供の頃のバザウはその犬を育てることにした。

 そう決めたのだ。


 すぐにサローダーの家へとむかう。

 あてにしているのは、アホな友人ではなくその母親だ。


「ヨッホーッ、バザウ!! なんだ、それれれ? 雑巾か?」


「犬の子、ひろった。育てようと……思って」


 どっしりと太ったサローダーの母親が小犬を一瞥した。


「やめておきな。悲しい思いをするだけだよ」


 小犬はバザウの指を吸い続ける。

 そこから乳など出ないのに。

 ひ弱な力で、力の限り、バザウの手にしがみついている。


「ソイツを助けたいなら、せいぜい温めてやることだね」


 ため息まじりにサローダーの母がいった。


「寒さは死を呼ぶからね」


 けっきょく数日もしないで犬の子は死んでしまった。

 小さな体は土となり、記憶だけがバザウの中に残っている。

 生きていた時のぬくもりも、死んだ時の冷たさも。

 バザウはどちらも覚えている。




 追憶にひたっていたバザウは目を開ける。


「……この小屋は寒いな。外の方がまだ暖かい」


 有無をいわさず立ち上がる。

 と同時に、少年の手を引っぱる。


「うわっ、な、なんだというのだ!」


「ほら、立って。じっとしていたら、病気にでもなりそうだ」


 コンスタントの手はいつだって死にかけのように冷たい。




 足の裏で大地を踏みしめる。

 湿った土と下草が、バザウの足をしっかりと受け止める。


「やはり樹上より地上だな」


 いくら森育ちとはいえ、ゴブリンにはエルフのマネは無理というものだ。

 村から離れているのでここでは人の姿はめったに見かけない。

 それでも人の臭いと気配には注意しておく。

 人間の子供とゴブリンが仲良く歩いているところを目撃されれば、厄介なことになりかねない。


「ここは気持ちが良い……」


 木漏れ日がバザウの緑肌をまだらに染め上げる。


「少しだけ、俺の故郷の森に似ている」


 くつろいだ気分でいるとコンスタントの視線を感じた。


「なんだ?」


「太陽の光をあびるゴブリンとは不思議な光景だな。洞窟に住んだり、闇夜にうろつく印象があるが」


「たしかにゴブリンは暗い場所を好む。だが寒いよりは暖かい方が良い」


 つかず離れずの距離を維持しながら、二人は奇妙な組み合わせの散歩を続ける。




「バザウ。そっちにいくではない」


 進めていた足を止める。


「その先は木々が少なく開けているのだ。時々村の子らが遊びにくる」


「お前はまざらないのか」


 コンスタントは偉そうに鼻を鳴らした。


「私はもう無邪気な子供ではないのだ。幼き頃は、いっしょに遊んだりもしたが」


「俺も小さい頃は色々遊んだ」


 意外そうな顔をしてコンスタントがバザウを見た。


「お前の小さい頃というのは想像がつかん。まあ背丈は、私の方がわずかに高いが」


 俺がこの姿のまま産まれたとでも? といおうとしてバザウは口を閉じる。

 何もコンスタントの導火線に自分から火の粉を散らすことはない。

 代りに幼少期の話をする。


「小川で泳いだり、ザリガニをつかまえたり……。思い返してみると、あまり大勢では遊ばなかったな。たいていは……自分一人で何かしていた気がする」


「一人きりとは悲惨だな」


「うん? 俺は一人でも楽しかったぞ。たまに、もの好きなお調子者が声をかけてきたが……」


 バザウは幼い日々を回想する。


「大勢で遊んだことも、なくはない。かくれんぼ……、というのをしたことがある」


 誰もバザウを見つけなかったのだが。


挿絵(By みてみん)


 一人きりで息を殺し、じっとしたまま。

 幼いバザウはずっと同じことを考えていた。


「かくれんぼは、いったい何が楽しいのか」


「お前は変なことに思案をめぐらせるな」


「……俺が思うに、隠れることはあの遊びの本質ではない。見つけてもらうために、隠れる。発見されることで、自己の存在を確認する遊戯だ」


「そんなことをいちいち考えているのか。お前と遊ぶのはつまらなそうだな」


「そうだな。実際、つまらなかった」




「いずれにせよ、幼稚な娯楽にふける時間はすぎた。私はいそがしい身だ」


「そうなのか。俺の目には、お前はヒマでヒマで、ヒマを持てあましているようにしか見えないが……」


「書物による学習。剣術の鍛錬。詩吟に絵画。弁論術。あらゆる特訓をしている!」


 それはウソではない。

 共に過ごした時間の中でバザウは見てきた。

 コンスタントは独力で、様々な教養を身につけようとしている。


 が、その努力は散漫だ。

 何か一つに打ちこむのではなく、自分の能力をこえて幅広く手を伸ばす。

 けっきょくどれも中途半端に終わる。

 しかも独学なので間違っているところを訂正してくれる者がいない。

 おかしな手クセばかりが増えていく。


(これではとても……、実にはならない)


 ゴブリンのソーセージ栽培が幾度も失敗を重ねてきたように。


「コンスタント。お前は何を目指している?」


 彼が必死にもがいていることは、誰の目にも明白だ。

 しかし、どこへむかっているのかはハッキリとしない。


「どういう意味だ?」


「お前は色々な分野を学ぼうとしている。その中で、どの道を……進みたいのかと思って」


 コンスタントはしばらく沈黙した。


「なんでも良いのだ。真にやりたいことなど私にはない」


 意外な答えだ。

 バザウはてっきり、彼はやりたいことが多すぎて興味の対象を決めかねているのだと予想していた。


「夢中になれるものも、興味を持てるものも、求めてはいない。私を有名にする何か。私の存在を広める何か。それを探している」


 多くの人に存在を認めさせる。

 それがコンスタントの歩きたい道だった。


 バザウはそれを肯定も否定もしなかった。

 自らの生の道程を決めるのは、本人の判断だ。




「……ん」


 視界の端にチラチラと動くものを見つけた。

 バザウはひそかに舌なめずりをすると、シャッと素早くそれをとらえる。


「何をつかまえたんだ? 虫か?」


「ゴブリンのオヤツだ」


 逃がさないよう注意しながらそっと手の中をのぞかせる。

 コンスタントは絶句した。

 それを口に入れようとするバザウを全力で阻止する。


「バカッ! 食べるな! それは食べものではない! どれだけ価値のある生きものか、わかっているのか!?」


 バザウがつかまえたのはトンボの翅を持つフェアリーだった。


挿絵(By みてみん)


 華奢な体つき。額から伸びる触覚。

 白目のない大きな眼球が小さな顔のほとんどを占めている。黒目がちでわかりにくいがよく見ると複眼だ。


「まさか、こんな村の近くでフェアリーが見つかるなんて! これは、すごいことなのだぞ! 大発見だ!」


「こんなもの……、探せばその辺にいくらでもいる。ただ人間は、コイツらを見つけるのがものすごく下手なだけだ」


 興奮のあまりコンスタントの耳にバザウの声は入っていない。


「ビンか箱か、何か入れるものを! この発見はぜひ学者先生に見てもらわなくては!」


 バザウのオヤツは没収され、学者先生とやらに公開されることとなった。




 ビン入りフェアリーが学者先生に手渡される。


「へえ! これはすごい。よく見つけたね。コンスタント」


 学者先生はさえない風貌の男だった。もっさりした帽子をかぶっている。

 コンスタントが少年と青年の間なら、こっちは青年と中年の間だ。

 草陰に隠れながらバザウはそんなことを思う。

 ちょっと隠れていて、とコンスタントからのお達しだ。

 命令されなくてもそのつもりだったが。


「これは世界をゆるがす新発見となるだろうか?」


「あはは。村中を賑やかす大ニュースぐらいにはなるよ」


 見るからにコンスタントは落胆する。


「……ところで、コンスタント。まだあの暮らしを続けるつもりかい? 畑仕事の人手が足りなくて、君のお母さんはずいぶんと困っていたよ」


 コンスタントはピクリと眉を吊り上げた。


「私は有名になりたいのだ! こんな小さな村で終わるつもりはない! そのために、自分の才能をみがいている!」


「うん。君の気持ちを否定するわけじゃないんだ。大きな目標を持つ若者は、応援したい」


 だけど、と学者先生は続けた。


「その方法が間違っていると思う」


(この男は、まともなことをいう。問題は……、肝心のコンスタントが耳を貸すかだが)


 コンスタントがきつく拳を握る。

 相手に殴りかかるのではないかとバザウはヒヤヒヤした。

 だが彼の癇癪はギリギリのところでこらえられたらしい。

 バザウはホッと胸をなでおろす。

 

「君以外にも、より高度な知識と教養を望む村の子はいる。その家にお金の余裕がない場合、どうするかは君もしっているね? 村で少しずつ費用を負担して学校に通わせる。でも、それには村の大多数からの信頼がなくてはならない。この子なら大丈夫だ、と認められ……」


「私には閉ざされた手段だな。信頼だと? 私の存在すら認めずして、よくもまあ!!」


 帽子の下で小さな目が鋭く光った。


「存在を認めるって。いったい君をどう扱ったら認めたことになるんだい?」


 さえない帽子の男はそれで今日の話を打ち切った。

 その後バザウは、怒り狂うコンスタントの八つ当たりで散々苦しめられた。




 早朝の林は小鳥の声でさわがしい。

 バザウは窓辺に腰かけて、朝靄にけむる景色を眺める。


 旅に出てから、これほど長く一ヶ所にとどまったのは初めてだ。

 せっかく文字を覚えたのだ。

 置き手紙でも残して、さっさとどこか新しい場所にいこうと、バザウは何度も考えた。


(……そうしてしまえば、楽……なのだが)


 コンスタントを見る。

 ちょっと離れた場所で毛布にくるまり眠っている。

 欠点も多い少年だが、彼を見捨てることができない。


 昔、バザウの指に必死で吸いついた死にかけの小犬のように。

 この少年は死にそうな気持ちで、バザウの手を握っている。

 

(縁とは、奇妙なものだな)


 死のイメージがバザウの脳に青い花の面影をちらつかせた。


「……」


 バザウは目を閉じる。

 自分の心の深い部分に潜っていく。

 そんな感傷的な気分は、唐突かつ豪快にぶち壊された。


「スットコタント!! もうガマンならないわ! 地上に叩き落としてやる!」

「こんなやり方、いつまでも続けるわけにはいかない。お前もそれぐらいわかるはずだ。みんなも心配しているんだぞ」

「まずさあ、自分のパンツぐらい自分で洗えるようになろうよ。いつまで母ちゃんに洗わせるつもりだし」

「おっはよー! コンスタント! フェアリーを見つけたんだってー? 見せて、見せてー!」


 口々に叫んで、数人の子供たちが乗りこんできた。


「……」


 バザウと目が合う。




 かくして樹上の邸宅は、大混乱におちいる。


「ゴ、ゴ、ゴブリンがいるーっ!? 寝てる場合じゃないでしょ、コンスタント!! 非常事態よ、起きなさい!!」

「落ち着け。落ち着け。落ち着け。あれはただのゴブリンに似た緑色のサルかもしれないから、ここは冷静になってバナナをたらふく喰わせてみようと思うんだが、どうだろう?」

「あばばっ、ばばばばっ」

「わーお! 私、本物のゴブリンを見るのって初めてー! キュートでプリティ! あのツルツルした頭をなでなでしたーい!」


 バザウは発見されてしまった。

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