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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第二部

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17/115

ゴブリンと家族

 心の内側にたまったドロリとした思いをコンスタントは忌々しげに吐き捨てた。


「貴族の屋敷に下働きに出ていた女が、腹に宿した子供が私だ。それでこうして一人この邸宅で暮らしている」


「貴族……?」


 バザウが故郷の森にいた頃。街道をいく人々の間で、ごくたまにその単語が出てきた。

 たいていは貶し言葉といっしょに使われる。

 かと思えば貴族に憧れる者も多い。

 貴族という単語はバザウを混乱させた。


「特権階級の人間だ。広大な土地を所有し領民を支配する。道楽と社交も欠かせない」


 コンスタントの簡潔な説明ではバザウの好奇心を満たせなかった。


「貴族は、どうやって産まれてくるんだ? 群れの中の貴族の数が減ってくると自然と産まれるようになっているのか? 妊娠期間中の母親が何かを服用することで、意図的に貴族を誕生させるのか? あるいは交合の時点で特別な儀式を……」


 バザウは慌てて口をつぐんだ。

 興味のおもむくままの質問は、少々慎みを失っていた。


「あ……。んん、すまない。失礼だったな」


 気恥かしさからバザウは顔をふせる。


「別に」


 赤くなった耳の先に、コンスタントの指が触れた。

 その冷たさに、耳が驚いてピクリとはねる。

 そして走る痛み。

 つままれている、から、つねられている、に変化する。


「気にせずとも良い」


 子供のおふざけというには、執拗で陰険なつねり方だった。


「私とて」


 バザウは学習した。

 大ざっぱにぐいっとつねるより、皮膚をちょっとだけつまんでねじり上げた方がより痛いと。

 こんな風に!


「コウノトリやキャベツ畑を信じられるほど、無垢ではない」


「いっ……」


「もっとも、そうであれば良かったのだがな」


 ひときわ激しい痛みの後でようやく耳が解放される。

 コンスタントの指がわざとらしく、バザウのピアスをかすめてゆらしていった。嫌な性格をしている。

 冷たい表情をしてコンスタントは続ける。


「貴族とは、かつての戦乱で武功を立てた者の子孫だ。続く血筋が特別なのであって、お前が考えるような奇怪な儀式などは関係ない」


(産まれ……に対して、そうとう屈折した思いを抱えているようだな……)


 ヒリヒリする耳を押さえながら、バザウは冷静にコンスタントの内面を分析した。


「その高貴な血が村女に入りこんだ。あってはならないことだった。私の存在は認められていない。私はそういう子供なのだ」


 コンスタントはそうしめくくった。

 聞きたいことはたくさんあったが、これ以上痛い目をみるのは嫌だ。

 バザウは神妙な顔をして沈黙を守る。


「丸々ふくれた腹をして、あの女はこの村に戻された。そうして股の間から、誰にも認められない子を吐き出す」


 コンスタントがギリリと歯を噛む。


「私の父の名は未だに母から明かされていない。おそらくこれから先も、しることはないだろう」


 膝を抱え少年が丸くなる。

 なんと言葉をかけるべきか、バザウは戸惑う。人間の価値観はバザウにはよくわからない。

 その上、複雑なコンプレックスを持った少年にどう接すれば良いというのか。

 あらゆることを考えてきたバザウの頭を、今はこの不安定な少年が独り占めしている。


(父親がわからないことが……、コンスタントの不満なのか?)


 火山の泉にいた神、シア=ランソード=ジーノームとの会話を思い出す。

 父と母の遺伝子を半分受け継いで子は産まれる。

 認識としての父が、複数いようが一人もいまいと。

 コンスタントには確実に一人の特定の父がいる。


 それだけのことだ。

 それで良い。

 なんの問題もない。

 ゴブリンには。


 耳を握りつぶされる覚悟を決めると、バザウは口を開く。


「コンスタント。たとえ、父の名がわからなくても……、自分の存在はゆるがない」


 冷笑が返される。


「気休めだな、バザウ。自分の名乗り口上を思い出してみろ」


「……ハドリアルの森の産まれ、震撼を呼ぶヘスメの十二番目の息子バザウ」


 ほら見ろ、という顔で。

 教師の間違いを発見した生徒のように。

 コンスタントはこう指摘した。


「お前は自己の礎を父親に根ざしているではないか」


 言葉の刃で切りつけるようなコンスタントの口調とは対照的に、バザウはちょっと小首を傾げただけだ。


「俺の父親……とは、震撼を呼ぶヘスメのことか?」


「そうだ。父の威光にすがって名を述べるくせに、よく私には偉そうな言葉をいえたものだな。ウソつきめ! 偽善者め! 見苦しき二重規範!」


 バザウは少し黙ってから、申し訳なさそうにおずおずと切り返した。


「ヘスメはどう考えても、一般的な女ゴブリンの名前だろう?」




 ゴブリンは父親なんてものを当てにはしない。母親の誠実さも。

 十二という数は、自分と同じ母を持つゴブリンをバザウが数えたものだ。

 あるゴブリンの父親を特定するのは、一流の観察者が適切な調査環境を整えない限り不可能だ。

 平民ゴブリンの色恋は、男も女も自由奔放で自分勝手だ。

 群れの族長が鋭く睨みをきかせている場合はまた別だが、その目もしばしばごまかされている。


 そんなお気楽で適当なゴブリン社会を小さな人間の友に聞かせる。

 お子さまに話すには、不適切な内容であること間違いなし。


(うー……。しかし違う文化の異質な価値観に触れることで……、コンスタントを苦しめている思い込みが軽くなるかもしれない)


 バザウはそう自分にいい聞かせる。

 時々言葉につまったり耳の先を赤くしながら、表現を慎重に選んで、ゴブリンのものの見方を伝える。


 ゴブリンの貞操は節操がない。

 それはもう、しょうがない。


 シア=ランソード=ジーノームが聞いたら、さぞ喜んだことだろう。

 きっと「それこそ遺伝子の切磋琢磨というものさ。ゴブリンくん」だなんて、得意げに笑うのだ。

 だが、コンスタントはそうは思わないらしい。


「汚らわしい! それでは動物と変わらないではないか! なんと下劣な」


「おい。人間は動物にふくまれないのか?」


「高等な……、高等で特別な動物だ!」


「高等で特別……、か。繁殖についての見解が違うだけで、こうまで偉そうに見下してくるとは思わなかった」


「私だって! お前がそれほど不埒な生きものだとは思わなかったぞ!」


 人間は、境界線を作るのが好きな生きものなのかもしれない。

 そんな考えがバザウの脳裏に浮かんだ。

 高等な動物と、下等な動物をわける線。

 自分たちと、動物をわける線。

 大地と、大地をわける線。


(やはりフズの境界線は……、できるべくしてできたのだろうな)


 無邪気に歩み寄ればそれだけで仲良くなれるほど、心というものは単純ではない。

 ゴブリンへの理解など人間の子供に求めるべきではなかったと、バザウは自嘲をこめて反省する。




「コンスタント。そこにいるの?」


 険悪な沈黙を破ったのは人間の女の声だった。


挿絵(By みてみん)


「っ! あの女……」


 身ぶり手ぶりで、黙っていろとコンスタントが伝えてくる。


(……いわれなくとも、静かにしているさ)


「お弁当、ここに置いておくからね。あと、新しい着替えも」


 バザウは声こそ出さなかったが耳だけはそばだてていた。

 コンスタントを挑発するように、声のする方へと耳を大げさに動かす。


「何か他に必要なものがあったら……」


「何もない!」


 樹上の邸宅の窓から洗っていない衣服がぶちまけられる。


「……ねえ、コンスタント。気が向いたらで良いんだけど、畑の種まきをしてくれると母さんとても助かるの。近頃、膝が痛むのよ……」




 外の気配が消えてから、バザウが口をきいた。


「あのような態度は褒められたものではないな」


 そういった後で多感な少年を気遣ってフォローを入れる。

 彼は自分を認められない子供だといっていた。もしかしたら、この不自然な生活はコンスタント自身の希望ではないのかもしれない、とバザウは思いいたった。


「……このように村から離れての暮らしを……強要されているのか?」


 コンスタントはあっさりと否定する。


「強要? 違う。私は私の意志でここにいるのだ!」


 自信満々の答えはバザウを脱力させた。


「お前……。母親の家には寄りつかないのか?」


「強風の日と厳冬の真冬は、仕方がなくあの女の家を利用する」


 バザウは盛大なため息をつく。


「何がいいたい!? 私は当然のことをしているまでだ!」


「たしかに。産まれたばかりの赤ん坊は、ママに手厚く世話を焼いてもらうべきだ」


 コンスタントの濃紺の目がバザウを睨みつける。

 バザウは深紅の虹彩でそれを受け止めた。


「俺と初めて会った日に投げ捨てたパンは、お前の母親が用意したものだったのか」


「いらないといっているのに勝手に持ってくる。バカな女だ」


「お召しものの交換も母親任せのようだな。……おっと、おしめは取り換えなくて良かったのか?」


「うるさいっ! 私はこの屋敷で、自分の生活を営んでおるのだ!」


「献身的な支援を受けてな」


「っ! 私は何もかもが、嫌なんだ!」


 コンスタントの中の爆弾が炸裂した。


「こんな農村で暮らすのは、嫌だ! 母子二人きりで、ジロジロ見られたり、陰口にさらされて生きろというのか!?」


「嫌な連中に囲まれて生きるのは俺もごめんこうむりたい。……しかしそうなるとお前の母は、たった一人で村の視線と陰口にさらされているのだな」


 コンスタントは一瞬その顔に罪悪感をのぞかせた。

 が、彼の怒りはその程度では鎮火しない。


「この村など嫌いだ! 私の存在を認めようとしない!」


 暴れる子供。


「屋敷の貴族も嫌いだ! 私を自分の子だと、頑として認めなかった!」


 泣き叫ぶ子供。


「世界は私のことなど気にもかけずに動く! 私の名をしる者など、たかがしれている!」


 さみしい子供。


「だから私は刻みつけてやるのだ! 私という存在を! 剣よりも鋭利に! 毒よりも痛烈に! 刺青よりも根深く!」


 思いをぶちまけたコンスタントは肩で荒く息をしていた。

 制御できない激しい感情。


(そばにいる方はたまったものじゃないんだが……)


 コンスタントの癇癪は彼の苦しみから発生している。

 そう思うと、ばっさり切り捨てる気にもなれない。

 バザウは無言でコンスタントの手をとる。


「わっ?」


 ひんやりとしたその手は、誰かにつかんでもらうのをずっと待っていたようだった。


「な、なんだ……。もしやお前は、私の味方になってくれるとでもいうのか?」


 手をつかんだまま、バザウは後ろに倒れ込んだ。

 コンスタントを道連れにして。


「うわっ!? あっ、危ないであろう! いきなりふざけるでない。おい、……バザウ、大丈夫か? どこか、ぶつけなかったか?」


「良かったな、コンスタント。俺の手がすり抜けなくて」


 慌てるコンスタントが面白くて、バザウのノドからククッと笑い声がもれ出す。


「お前の体は、物質としてここにちゃんと存在している。光に当たれば影もできるし、重力はお前を引っぱり続けている。良かったな、この星はお前の存在を認めているらしい」


 木の床にゴロンと二人寝そべって、バザウはコンスタントの背中を一定のリズムで優しく叩く。


「それに俺はお前の名前だってしっている。なんなら、書いてみせようか?」


 与えられた名前とは裏腹に、不安定な心を抱えた少年だ。


(……ああ。赤ん坊の相手は本当に……、手がかかる……)

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